「案外、普通なんだな」
アイトは片付けのなか、ルフィナの一般的な反応を示したことが興味深かった。平気で暴力を振るい、人を殺しかけるような人物が、年相応の表情を見せるのが当たり前ながらも不思議に感じていた。
「普通とはなんだ。貴様なんかよりはよっぽどまともだ」
「拷問まがいのことがまともかよ」
ルフィナは少し黙ったあと、発した。
「――それが私の仕事だからな。SI5の保安官としてこなしているまでだ」
「俺はそのせいで窒息死されかけたけどな」
「本当に殺すわけないだろ。暴力は容認されているが、そう簡単に殺せるものではない。貴様を吐かせるためにやっただけだ」
やり過ぎだろ、と思いつつもアイトのゴミ袋はいっぱいになり、ルフィナにもう一枚ないか、と聞いた。数枚持っていたうちの一枚をアイトに渡したルフィナは、申し訳なさそうな態度を示す。
「前日のことはすまなかった。貴様がSI5に所属した以上、私も貴様に対する理解を示そう」
「もしSI5に所属しなかったら、理解を示さない――のか」
「すまないがそうだ。能力ない私がP.G.に対抗するには、相手に対する情など持ってはいけないからな」
P.G.による殺人や犯罪は日常にある。ニュースになり、議論され、P.G.に対しての差別も根強い。能力を持つ以上ただいるだけでも危険視される。五十年以上経ちながらも、解決策はなく、一般市民とP.G.に分けられるのが現状。
アイトはそういうニュースを見るのも嫌になっていた。ルフィナがゴミ回収を再開したときに、ルフィナはアイトに尋ねた。
「
「まあな。月に一、二回ぐらい来て掃除してくれるんだ。俺はあまり人を家に入れたくないが、クオンはべつ」
「なぜだ」
話のリズムに乗るようにルフィナは聞いてきた。
「……元々幼馴染だったんだが、俺の両親が交通事故で亡くなった時にその近くにいたんだ。俺もその近くにいた……」
ルフィナは黙ったまま掃除をしている、アイトは続けた。
「十歳だったかな、公園でクオンと一緒に遊んでたら喧嘩したんだ。よくあることだったんだけど、その時はいつもよりクオンの泣きも強かった気がする。鮮明残ってるせいかそう思えるのかもな。ぐにゃっとした感覚が走ったと思ったら、道路で車が電柱に衝突――劣化してたのか電柱が折れて、車を潰した。俺もクオンもトラウマなんだよ」
「悲しいことだな」ルフィナはひと息置いた「――掃除もこれぐらいにしておこう。私は食事を買ってくる、貴様はそのあいだにキッチンを最低限きれいにしておけ」
「わざわざ作るのか? 俺がいまからコンビニで――」
「黙れ。カップラーメンか何か買ってくる気だろ」
「カップ焼きそばがいいか?」
ピクリと眉をひそめたルフィナはアイトに容赦なく蹴りを入れ、廊下に出た。キッチンの掃除をしてなかったら殺す、と言葉を残して玄関のドアを開けて行ってしまった。痛みを感じながらアイトは言う。
「……少しはわかりあえた気がしたが、冗談通じないみたいだな。いてぇ……」
アイトはキッチンに行き、言われたとおりに掃除をした。やらなかったらタダじゃすまないな、そんなことを考え、空になっている一リットルサイズのペットボトル、コンビニ弁当箱、溜まった洗い物……めんどくさがりながらも片付けていった。
一時間は経たないぐらい、最低限の掃除を終えた頃にルフィナは戻り、キッチンを使い出した。何か手伝うか、とアイトが尋ねると「黙れ、キッチンに近寄るな」と返ってきた。リビングに戻ったアイトは手持ち無沙汰なこともあり、まだ少し残った掃除を再開した。三十分ぐらい経った頃。
「掃除はしてるようだな」
両手に大きめの皿を持ったルフィナがキッチンからリビングにやってきて、皿をテーブルに置いた。載っていたのは米、フライパンで炒めた牛肉、ポテトサラダ、コインのようにスライスしたバナナが一つの皿に入っている。またキッチンに戻ると、オレンジジュースを二つ持ってきて座った。用意されたフォークとスプーン、ルフィナは食べだそうとするが口をつけないアイトを見て、聞いた。
「食べないのか」
「珍しい料理だなって思って、バナナなんて入ってるし」
「バナナではないプラタノだ」
フォークで刺し、食べてみると甘いバナナというより芋のような味に近い。バナナの見た目からイメージする味とは少しかけ離れていたのはアイトには面白かった。
「――そういえば、家に入る時も靴を脱がなかったけど、出身は日本じゃないのか?」
「私は時空地区の生まれだ。国がどうこうはない」
「時空地区がどの国家にも属してないとしても、生まれた場所の国ぐらいあるだろ」
「ないな。貴様は知らんのか」
ルフィナはオレンジジュースをひと口飲んだ。
「時空地区は時空を歪めるP.G.によって作られた場所だ。私たちがいるこの場所とは少し位置が違う、地球であってもその地球から僅かに摘まんだ小さな空間の中に存在している。世界中からアクセスできるが、その場所は機密情報、貴様でもいまは教えることはできない」
「P.G.調査機関のくせに、P.G.頼りなのかよ」
「私たちはP.G.を迫害しているわけではない。協力的なP.G.とは共に行動している。貴様だって、そのひとりだろ」
「そーだな、無理やりさせられたものだけどな」
「文句を言うな、貴様が『事』を解決しなければ、大勢の人間が死ぬんだぞ」
「そんなこと言われてもな。俺自身が発端だとしても、そんなのわかるわけない。ヒントの一つぐらいないのかよ」
水分の少ない米をスプーンですくい、ルフィナの一気に口に入れた。
「なら早く食べろ、情報を整理するぞ」
アイトも釣られて、早く食べた。味は日本の料理とは違い、さらっとした感じだった。テーブルをまっさらにしたあと、ルフィナはバックパックから資料を取り出し、テーブルに広げる。バックパックの中には生活用品も入っていた。
「時のひずみを感知したのは『凋落の輝き』が爆破テロを起こしたあとだ。貴様が『事』の原因の可能性があるのは、その場にいて、今回の実行犯のひとり『清水アキラ』と接触していたからだな」
「アキラって……油を飛ばしてきた奴のことか?」
「そうだ。P.G.でありながらアンチP.G.を掲げる連中だ奴らは。自分たちがこうなったのは社会のせいだと訴えているテロリスト。現場に駆り出されていたSI5の職員も爆破に巻き込まれて三名死亡、一般市民は二十五名、P.G.は十一名――ビル内ではP.G.による社会福祉の展示が行われていたからな、それが狙いだ」
「ひどいことするな……」
P.G.同士全員が協力的であるわけではない。その中でもP.G.によるアンチP.G.も存在する。自らが少数派になったことによる、自傷行為に近いと言われているが、P.G.ではない人間からはどちらも一緒くたにされたり、その
「私は『凋落の輝き』の生き残りのひとりである『久保トシ』が時のひずみの原因だと考えているが、ミズ・ミキコは貴様――
「トシってやつと俺が疑われてるのはわかったが、躑躅キョウってのは誰だ?」
「ここ最近暴れている高校一年生のP.G.だ。識別コードも、毎年の検査も問題なくやってるせいで、警察も確保もできずに手を焼いてる。町の不良と言ったところか、貴様よりは可能性があるとみてSI6は動いてるいるのだろう」
「だったら、しらみつぶしにやっていくのはどうだ。俺はもうここにいるからいいとしても、『トシ』と『躑躅キョウ』ってやつは大してつかめてないんだ。俺も一緒に行動する、それなら監視も兼任できて――えーと、なんて呼べばいい?」
「私のことか? 好きに呼べ」
「ルフィナちゃん」
訓練された素早い動きでバックパックに手を突っ込み、銃――ワルサーPPK/Sをアイトに向けた。
「貴様、すぐにでも死にたいようだな。だったらいますぐ殺してやる」
「わかったって。ルフィナ――呼び捨てで問題ないよな」
「好きにしろ」
アイトは小声で、銃を突き付けておいてなにを言ってるんだが、と言った。アイトは続ける。
「そういえば場所はわかるのか?」
「トシの居場所はいまも不明だ。指名手配されているが、爆破以降完全に見失っている。アキラを尋問した際に、潜伏場所は吐いたがもぬけの殻。躑躅キョウに関しては、隣町にいるのはわかっている」
「なら、その躑躅キョウに会いに行ってみないか。俺と同じ感じなんだろ? 時空地区の連中に勝手に犯人扱いされたかわいそうなP.G.」
ふん、とあしらったルフィナは言う。
「明日、イェウォンさんに車を出してもらう。時間は……」
「学校終わってからにしないか? キョウってやつも学生なんだろ、だったらその時間が一番いいはず」
「そうだな。学生というのはめんどくさいものだな」
「時空地区に学校ないのか?」
「学校という立派な施設はない。私はSI5になるために、小さい頃から専用の教育を受けている。わかりやすく例えるなら時空地区にある教会学校のようなものだ」
アイトは「ふーん」と納得した言い方をした。探るみたいに聞いてもしょうがないな、と思い、会話はそこで終わった。アイトは自分の部屋に行き、ルフィナはリビングで眠りについた。
部屋に行ってから、クオンから貰ったお守りをスマホのストラップホールにつけておいた。ここ以外に身につけて置く場所なんてないし、どこかで無くしたら怒るだろうな、とアイトは考えながら寝た。