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第8話 刻の彼方へ

 光が爆ぜ、村全体が白い輝きに包まれた瞬間、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲とリナの手を握りしめていた。

 黒い羅針盤の光が、刻の監視者の銀色の時計を飲み込み、クロノハウンドの黒い霧を吹き飛ばす。村の広場が震え、空が青く澄み渡る。


「やった……のか?」


 俺は息を切らしながら呟く。羅針盤の光が収まり、手の中で静かに脈打っている。美咲が俺の横で、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら笑う。


「黒崎くん、すごいよ! リナさんの村、守れた!」


 リナは広場のベンチを見つめ、動かない。そこには、彼女の家族――若い女性と男性、幼いリナが座っている。彼らは穏やかに笑い合い、まるで時間が止まったような幸せな光景だ。


「リナ……これ、お前の過去だろ? 取り戻したぞ」


 俺の声に、リナがゆっくり振り返る。青い瞳に涙が溢れ、彼女は小さく頷く。


「ありがとう、悠斗、美咲……君たちのおかげで、私の時間が、戻ってきた」


 だが、静寂は一瞬だった。広場の端から、ガラスが割れるような鋭い音が響く。空に巨大な裂け目が生まれ、銀色の光が漏れ出す。監視者の最後の個体が、半壊した銀色の時計を掲げて現れる。


「鍵の持ち主……時間の改変は、秩序の終焉を招く。君たちの勝利は、すべての世界線の崩壊を意味する!」


 その声は、今までのような機械的な冷たさじゃなく、どこか絶望に満ちていた。クロノハウンドはもう現れない。監視者の力が、限界に近づいている。


「崩壊? ふざけんな! 俺たちはリナの過去を救ったんだ! お前らの秩序なんかに、俺たちの時間は縛られねえ!」


 俺は羅針盤を握り、叫ぶ。美咲がリナの手を握り、力強く言う。


「リナさんの家族が笑ってるこの世界を、絶対に壊させない!」


 リナが短剣を構え、微笑む。


「君たち……ほんと、馬鹿で、最高だよ。私も、戦う!」


 監視者が銀色の時計を振り、空の裂け目が広がる。時間が逆回転し、村が揺れ始める。だが、俺たちの羅針盤が再び光り、光の壁が村を包む。


「悠斗、美咲、共鳴を! 監視者の時計を完全に壊すんだ!」


 リナの叫びに、俺たちは三人の手を重ねる。羅針盤の光が、監視者の銀色の光とぶつかり合う。空が割れ、時間がねじれる。


「イメージしろ、二人とも! リナの家族が、ずっと笑っていられる世界! 監視者のいない時間!」


 俺の叫びに、美咲が目を閉じ、強く頷く。


「黒崎くん、リナさん、私、信じてる! 私たちの鍵なら、未来を変えられる!」


 リナの声が重なる。


「私の失敗を、君たちが塗り替えてくれた。ありがとう……今度は、私が君たちを守る!」


 羅針盤の光が爆発し、監視者の時計を粉砕する。銀色の光が散り、空の裂け目が閉じる。監視者が最後の叫びを上げる。


「秩序は……永遠に……!」


 その声は光に飲み込まれ、消えた。


 光が収まると、村は静けさに包まれていた。

子供たちの笑い声が再び響き、花の香りが風に乗る。リナの家族はベンチで穏やかに話している。監視者の気配も、クロノハウンドの霧も、すべて消えていた。


「終わった……のか?」


 俺は羅針盤を見下ろす。針は静かに動き、まるで普通の時計のようだ。美咲が俺の腕にしがみつき、涙目で笑う。


「黒崎くん、ほんとにやったんだ! リナさんの過去、守れたよ!」


 リナが広場を歩き、家族の前に立つ。幼いリナが彼女を見つめ、笑顔を見せる。


「お姉ちゃん、誰?」


 その無垢な声に、リナが膝をつき、そっと幼い自分の頭を撫でる。


「ただの、通りすがりの人だよ。ずっと、幸せでいてね」


 リナの涙が地面に落ち、幼いリナが不思議そうに首を傾げる。

俺と美咲は、少し離れてその光景を見る。


「なんか……よかったな」


 俺は呟く。美咲が頷き、静かに言う。


「うん。リナさん、初めて笑ってる。本当の笑顔だ」


 リナが戻ってきて、俺たちに微笑む。


「悠斗、美咲……君たちの鍵は、私の過去を救った。でも、鍵の力はまだ危険だ。監視者が完全に消えたわけじゃないかもしれない」


「じゃあ、どうするんだ?」


俺の問いに、リナが羅針盤を手に取る。


「この世界線を、君たちの鍵で『固定』する。私の過去を、永遠に守るために」


 美咲が目を輝かせる。


「固定? それって、この村がずっと幸せでいられるってこと?」


「そう。君たちの共鳴なら、できるはず」


 リナの言葉に、俺は頷く。


「よし、やってみるか。リナ、お前も一緒にだ」


 三人の手が再び羅針盤に重なる。光が柔らかく広がり、村全体を包む。時間が、空間が、穏やかに固定される。幼いリナの笑い声が、風に溶けていく。


 広場に夕日が差し込む中、俺たちは村の外れに立っていた。


「これで、終わりか?」


 俺の問いに、リナが笑う。


「終わりじゃないよ、悠斗。君たちの時間は、まだ始まったばかりだから」


 美咲がメガネを直し、照れながら言う。


「黒崎くん、リナさん、これからも一緒に、色んな時間を見に行こうね」


 俺は二人を見て、ニヤリと笑う。


「まあ、悪くねえな。次はどんな世界線行くんだ?」


羅針盤が小さく光り、俺たちの新しい時間が、動き出す。

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