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【第4話】どっちにしろ恋が始まる!?


 下ろされた澪は、あたりを見回す。知らない場所に首を傾げるしかない。


「守りたいのは、ヤマヤマですが……ここはどこです?私自分のマイホームという名のアパートへ行く予定だったんですが……とんだ寄り道ですよ、まったく」


 まるで真次郎のせいだというように澪は他人事だった。


「……いや、おまえが勝手に“寄って”きたんだろうが」


 低くぼやきながらも、真次郎の肩の力が抜けている。あの緊張感の中でこの調子なら、むしろもう何が来ても驚かない、という表情だ。


「……ここは組の倉庫街の外れ。今は俺らのテリトリーみたいなもんだ。敵もここまでは追ってこれない。ちょっと歩けば通りに出られる」


 真次郎は澪の横を歩き出しながら、ふっと振り返る。


「でも、おまえはこのまま俺と一緒」


「ええ?なぜです?やはり、ジロ……私に恋してしまいましたか?手放せない的な?」


「ちげぇわ、ふざけんな。いいか?おまえは、あいつらに顔を見られてた。下手すりゃ、名前や身元も探られる」


 真次郎の声音は淡々とし、その瞳は、出会った時と同じくどこか冷たく、そして優しかった。


「だからこそ、おまえは俺らの管轄に置く。下手に家に戻したって、組が追えないとこで何かあったら、守れないからな」


 真次郎は不敵な笑みを浮かべて、そのまま先を歩く。澪は固まったまま。振り返る真次郎は「おい」と一言。


「こねぇの?」


「いえ、なんだか急展開だなーと」


「仕方ねぇじゃん、あいつらに顔割れてんし」


「敵ですか?」


「そそ、俺らの組とは相容れないやつらね」


「なるほど、まさに極道の世界ですね」


 澪はしばし考えつつ、ポツリと呟く。その顔は真面目。


「ジロが極道の屋敷へ連れて行く流れ。セオリー通りですね乙女ゲーム的にも。ですが、今日初めて出会った人についていくのは、ちょっと……許されるのはヒロインだけですよ」


「……おまえさ、緊張感って言葉知ってる?」


 少し呆れたように眉をひそめる真次郎。でもその足は止めず、澪の一歩前を歩きながら答える。


「乙女ゲームだかなんだか知らねぇけど……現実は、先に選ばせてもらう」


 指を立てて二択を示すように。その目は、どこか試すように澪を見ていた。


「一、俺と一緒に屋敷まで来る。守る。二、勝手に帰る。けど、命の保証はない」


 澪は真次郎の指を見つめ、質問にうーんと頭を悩ませた。真次郎には予想がついた。これはきっと、真剣には悩んでいない。


「一つ目、もしかしたら恋の始まりがあるかもしれない……。二つ目、攫われて、ジロが助けにきて恋が始まるかもしれない……。んー!どちらも捨てがたいですね、どうしましょう」


「……おまえ、命の選択を恋のイベント扱いすんな」


 思った通りの流れ。本気で呆れた顔をしながらも、真次郎の口元が少し緩む。


「選べないなら、俺が決めてやる。──1択目。屋敷行き、決定」


 そう言うなり、ひょいっと澪の鞄を取り、そのまま歩く。


「……いいか、澪。おまえがどんだけふざけてても、俺は本気だ。顔を見られた以上、あの組が本気でおまえを狙ってきたら、もう──ゲームじゃ済まない」


 隣の澪に真っ直ぐな声で告げる。


「おまえを守るのは、俺たち面影庵おもかげあんだ。……だから、信じてついてこい」


 その声は、出会ったばかりとは思えないほど、真剣で真摯だった。


「ジロって、そんな俺様系なキャラなんです?見た目的にチャラくて軽くて、ノリのいいイメージでした。ウェーイ的な?」


「……おまえ、初対面の命の恩人に言うセリフがそれかよ。まずもっと感謝しとけアホ」


「それはもう、感謝感謝大感謝。ですが、仕方がありませんね、ジロ……照れなくていいんですよ。私わかってます」


 澪は、うんうんと頷くと初めて真剣な顔をした。


「私をお嫁さんにしたくて、連れて帰るんですね。よくある展開です。でも私ジロのこと好きとかないので、急な展開はちょっと……」


「……」


 澪の真顔に、真次郎は一拍置いて、無言で立ち尽くした。そして──


「──おまえ、わざとやってんのか?」


 ゴン、と軽く澪の額を自分の指で小突く。力加減は完全に“漫才”のそれ。


「いった!痛いですよ、ジロ。暴力反対です」


「うっさいわ。だいたい、さっきまで命の危機だった奴が、なんでそう乙女ゲー脳なんだよ……」


 深くため息をつきながらも、口元は少しだけ緩んでいた。


「俺がおまえ連れて帰るのは、そういう『嫁にする』とかの話じゃねぇ。……バカが一人で騒動に巻き込まれて死なれたら、寝覚め悪いってだけだ」


「では、ジロの安らかな眠りのために?寝起きのため?まぁ、そんな感じで」


「本当におまえ適当だな。そーいうとこだぞ」


「え?そういうところが好み?」


「ちげぇから!」


「まぁでも、ほら、ね?私、将来の夢シンデレラなんで。王子様を求めてるんです」


「シンデレラ?……ガラスの靴じゃなくて、ルームシューズ履いてそうだけどな、おまえ」


 明らかな嘘。それを真実のように語るのが澪という人間。それに対して真次郎はもう疲れ切っていた。敵から逃げたことよりも、澪の話し相手が今日一番の労働な気がしてならない。


「本当に厄介なやつ……だけど」


 真次郎は、ふっと真顔になる。真剣な目で、澪を見つめた。


「……無理すんなよ。怖い時は怖いって言っていい。頼っていい相手が今ここにいるんだから」


 澪の頭を軽くぽん、と撫でた。優しく、けれど本気で、澪の命に責任を持つ覚悟のこもった手だった。



 ────



 ──信じる理由なんて、なかった。

 それでも、手を引かれた。


 ふざけた言葉に、

 ほんの少しの本音を混ぜながら。


 私はまだ、

 怖いって言えないけど──


 この背中なら、

 きっと、言える日が来る気がした。



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