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第21話 血のつながり


星奈の手首が突然、強い力で掴まれた。「えっ……?」と思わず顔を上げる。


悠真の表情は冷たく、星奈に逃げる隙を与えず、そのまま隣の空き病室へと強引に引きずり込む。ドアがバタンと大きな音を立てて閉まった。


背中が冷たいドアにぶつかり、星奈は悠真とドアの間の狭い空間に閉じ込められた。彼の大きな体が圧迫感を与え、鋭い視線でじっと見下ろしてくる。その目には、複雑な感情が渦巻いていた。


星奈はドアに背中をぴったりとつけ、逃げ場もなく、必死で強がる。「何するつもりなの?」と警戒心を露わに、睨み返す。


ついに怒りを爆発させる気なのか?五千万円のこと?それとも張海のことで怒っている?


悠真は唇を固く結び、黙ったまま。目の前の顔が、六年前の暗闇でぼんやりと浮かんだ輪郭や、指先に感じた熱い涙と重なり続ける。本当に彼女なのか?違うのなら、このどうしようもない既視感は何なのか。


悠真の視線に、星奈はぞっとした。車の中での異変、今の冷たい目の奥に潜む何かが、不安を募らせる。


「……何がしたいのよ?」無理に落ち着いた声を出し、「社長に知られたら大変だよ?」と牽制する。


「……」


「お金なら、今は一円も持ってないわ!悪いのは私じゃなくて、そっちの美月さんがうちの三郎を先に傷つけたんでしょ!」と必死で訴える。


悠真は依然として無言。


「全額払えなくても、少しずつ返すから!私を殺したって無意味よ!」星奈は腹を括る。「それとも、張海の代わりに仕返ししたいの?あれは正当防衛でしょ!」


長い沈黙が、空気を凍りつかせる。星奈はイライラしながら、「何か言いなさいよ!一体、何が目的なの?」と声を荒げた。


ようやく悠真の唇がわずかに動くが、声は出ない。次の瞬間、彼が急に手を上げる。


殴られると思った星奈は、身をすくめる。だが、頭皮に感じたのは、ほんのかすかな痛みだけだった。


「何するのよ!」頭をかばい、怒りと驚きで声を上げる。


悠真は複雑な表情で星奈を一瞥し、何かを確認するように黙ったまま、ドアを開けて足早に立ち去った。


星奈は呆然とその場に立ち尽くす。


廊下から、悠真の硬い声が聞こえた。「健太、彼女をしっかり見ていろ。逃がすな、でも無理はさせるな。」


「承知しました、社長。」


悠真は、さっき抜き取った数本の髪の毛を強く握りしめ、検査室へと急ぐ。そのまま高木に手渡す。「親子鑑定を。急ぎで、君が直接やってくれ。」


高木は密封袋に入った二人分のサンプルを見て、きょとんとする。「最速でも明日午後だ。」


「それでいい。」悠真は声を張りつめる。


高木がサンプルを持って部屋に入った直後、優斗の病室から突然、警報と悲鳴が響き渡った。


「来ないで!近寄らないで――!」


悠真が慌てて病室に駆け込むと、目を疑う光景が広がっていた。


室内はめちゃくちゃで、医療機器は倒れ、薬も床にこぼれている。優斗は窓際に立ち、顔や腕に生々しい傷が走り、手には折れた点滴針を握りしめて、追い詰められた小動物のように全身を震わせていた。目は真っ赤に充血し、必死の叫び声を上げている。


「優斗!」悠真の声が震える。


「もう近づいたら、飛び降りるから!」優斗の声は絶望に満ちていた。


「わかった、パパは動かない。落ち着いて!」悠真はその場に立ち尽くし、背中に冷や汗が伝う。


部屋の隅では看護師が怯えながら泣き出していた。「少し水が飲みたいか聞いただけなのに、急に……」


「だから言ったでしょ!僕にはママしかいらない!」優斗の涙が血に混じり、叫びは痛みと共に響いた。「ママがいい!ママ……うわぁああ――!」


その叫びと同時に、優斗は本当に窓から身を乗り出した。


「優斗――!」悠真は目を見開き、弾かれたように優斗を抱きとめる。


「早く!」高木が医療スタッフとともに駆け寄り、優斗に鎮静剤が投与される。


優斗の体が力なく崩れ落ち、薬の効果で眠りについた。悠真は血まみれの息子を抱きしめ、腕が震えるのを止められない。


高木は治療を見守りながら、重い声で言った。「悠真、もう時間がない。高橋悠斗のことも、優斗も……星奈さんに頼むしかない。」


悠真は目を閉じ、覚悟を決めると、掠れた声で電話をかけた。「星奈を連れてきてくれ。」


星奈は不安な思いで健太に見張られていた。突然、ドアが開き、健太が慌てて叫ぶ。「小野さん、お願いします!うちの若様を助けてください!」


「若様?」星奈は眉をひそめる。


「優斗くんです!高橋家の悠斗くんと同じく躁うつ病で、さっき……もう少しで……」健太の声が震える。


星奈の胸がざわつき、すぐに立ち上がる。「案内して。」


病室には血と消毒液の匂いが混じっていた。悠真はまるで石像のようにベッドのそばに佇んでいる。星奈は彼を一瞥し、小さな体に目を向けた。


優斗の顔は包帯で覆われ、表情はわからない。それでも、星奈がその姿を見た瞬間、胸が締めつけられるような痛みがこみ上げ、心臓が激しく脈打った。言葉にできない切なさが鼻の奥をつく。


彼女はベッドに近づき、そっと優斗の冷たい手首に触れた――


「ポタリ。」


熱い涙が、優斗の手の甲に落ちた。


星奈は驚いて頬に触れる。指先は濡れていた。なぜ涙が?高橋悠斗のときはただ哀れみだったのに、今この胸を突き上げる焦燥や痛みは、どこから来るのか。


「ピーピーピー――!」


心電モニターの警報音が鋭く室内に響き、優斗の心拍数が急上昇していく。


同時に、星奈も自分の心臓が激しく高鳴り、不思議な共鳴を覚えた。


「どうなってる?鎮静剤が効いてないのか?」高木が青ざめる。


「必死で起きようとしてる……」星奈は動揺を抑え、かすれた声でつぶやいた。無意識にバッグから漢方のアロマオイルを取り出そうとする。


「何するつもりだ!」その手首を、再び強い力で掴まれる。悠真の眼差しは鋭く、警戒心をあらわにしていた。


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