「初めて、なの?」
水原千雪の唇は艶やかに染まり、ほろ酔いの頬には熱気を帯びた赤みが広がっていた。
頭上のクリスタルシャンデリアが月光のように降り注ぎ、彼女の滑らかな背中を真珠のように照らし出す。
白くしなやかな指先が、無造作に男のたくましい胸元をなぞり、心臓の上で円を描く。
ふん、最近の大学生って、こんなに体が仕上がってるのね。
「大事なこと?」
男の低い声はかすれ、瞳には抑えきれない炎が灯る。彼は目の前の妖艶な女から目を離さない。
「私、潔癖なの。他の人が使ったものなんて、無理。」
「俺は初めてだよ。君は?」
千雪は答えず、手を彼の引き締まった腹筋に滑らせた。
無駄のない筋肉、爆発力を秘めた体つき——
これだけで十分価値があるわ。
「よく聞きなさい、航。千雪を満足させてくれたら、ちゃんとご褒美あげる。」
森川航の目が細まり、危険な光を帯びる。「航、だって?」
ふっと彼は千雪の細い腰を強く掴み、あっという間に体勢を逆転させた。千雪はシルクのシーツに沈み、黒髪が雪のような肌を引き立てる。
森川の視線は獲物を狙う狼のよう。「今夜は、俺に助けを求めるなよ。」
そのまま彼は千雪の唇を激しく奪った。
夜は深く、熱く、そして終わりが見えなかった。
千雪はベッドにぐったりと身を沈め、心の中で痛い教訓をまとめる。
一つ、ベッドで男のプライドに挑戦してはいけない。
二つ、初体験の相手に未熟な大学生を選んではいけない!
危うくこのままベッドで果てるところだった。
体を起こし、黒いワンピースを手繰り寄せる。着替えようとした瞬間、たくましい腕がまた腰を抱き寄せてきた。
「もう一度?」
千雪は彼の腕を払いのけ、手早くワンピースに袖を通す。LVのクラッチバッグから新札の一万円札を十枚数え、布団の中に押し込んだ。
「航、これがご苦労代よ。」
森川航の笑顔が一瞬止まる。「それはどういう意味だ?」
「遊びよ。本気にしないで。ごめんね、千雪には婚約者がいるの。」
布団の下で航の手が強く握りしめられる。
「からかったのか?」
千雪はおかしそうに現金を彼の手に押し付ける。「もう会うことはないわ。」
長い髪を振り、軽やかに退室した。
高級ホテルのフロントでは、昨日の結婚式の騒動がささやかれている。
「高島家と水原家の令嬢の結婚式で、新郎が逃げて、新婦が一人で客を相手にしたって……」
「高島健一と水原千雪って幼なじみじゃなかった? 式に百億円、指輪とドレスに二十億円もかかったのに、どうして破談になったの?」
「式の最中に元カノから電話がかかってきて、そのまま逃げたらしいよ!」
「しかもその元カノって、水原家が最近認知した隠し子なんだって! 千雪の異母姉!」
「信じられない……祖父が亡くなったばかりで、父親は愛人母娘を家に入れて、幼なじみの新郎は姉のために逃げるなんて……」
「私だったら、その場で飛び降りてるわ……」
「おはようございます、5201号室、チェックアウトお願いします。」
澄んだ声が噂を遮った。
フロントのスタッフは、水原千雪の美しい顔に息を呑み、首筋の鮮やかな痕跡に一瞬言葉を失った。手続きを終えながら心の中で呟く。
東京の名門も、なんてスキャンダラスなこと。
結婚式当日に新郎が逃げて、新婦はその夜に他の男とホテルに泊まるなんて……
千雪は運転席に座り、バックミラーで首元を確認する。襟元を下げると、胸元まで赤い痕が残っていた。
あの男、本当に犬なんじゃないの?
千雪は丁寧に痕を隠しながら、決意を新たにする。
高島健一に浮気されたなら、自分もやり返してやる。
だけど、こんな痕を見せびらかすつもりはない。
車が別荘の前で止まると、人影が駆け寄ってきた。
「千雪!昨日どこにいたの? 一晩中、君を待ってたんだ!」
高島健一は新郎のタキシードのまま、乱れた姿で立っている。千雪の顔を見た瞬間、彼の表情が凍りつく。
今の千雪は、以前よりもどこかけだるく、色気をまとっている。かつては枝に咲く薔薇のようだったが、今はたっぷりと潤いを得た大人の女性に変わっていた。特に少し腫れた赤い唇には、昨夜の余韻が残る。
そんなはずない……彼女はあんなに俺を愛していたのに、絶対に裏切るはずがない。
きっと悲しみのあまり、一晩中飲んでいたんだ……
「千雪、君が心配でたまらなかった。」
千雪のまなざしは冷ややかに彼を射抜く。「健一、藤原美穂のところに行けば?今さら何を装ってるの?」
健一の目には動揺が走る。「千雪、昨日はわざとじゃなかったんだ……美穂が……白血病だって診断されて……」
千雪の瞳には冷たい皮肉が浮かぶ。「わざとじゃなかった」——それだけで、結婚式を茶番にされた恥が消えるとでも?
あんたのせいで、私は天城グループの御曹司の妻になるはずが、一夜で神奈川一の笑い者になったのよ!
よりによって、式の日に白血病が発覚だなんて、できすぎね!
「そう、因果応報じゃない?」
健一は目を見開く。「千雪、なんてひどいことを言うんだ!美穂は君の姉だぞ。こんな時くらい、悲しんでくれないのか?」
悲しい?
祝砲を上げなかっただけでも、私は十分優しいわ。
「私は一人娘よ。姉なんていないわ。」
姉?
藤原美穂が?
藤原慶太は、水原家に婿入りした貧乏男で、甘い言葉で水原家の心をつかみ、次第に桜庭グループを手中に収めていった。
水原啓介が亡くなった後、母・可盈を言いくるめて株を譲らせ、すぐに国外に住まわせていた愛人と隠し子を家に呼び寄せた。
その時初めて、藤原慶太が母と出会う前から幼なじみの恋人がいて、母より一日早く娘を産んでいたと知ったのだ!その間ずっと水原家の財産で彼女たちを養っていたなんて!
私が生まれた日も、藤原慶太は「出張」と言って、実は愛人と隠し子に付き添っていた――
「千雪、美穂は無関係だ。親の世代のことで、君まで……」
千雪は手を上げて遮った。「健一、私たちは幼なじみで、高校から付き合ってた。いつ、藤原美穂と関係を持ったの?」
結婚式で初めて婚約者に元カノがいると知るなんて、気持ち悪すぎる!
健一の顔色がみるみる青ざめる。
その動揺が、千雪の心に冷たい影を落とす。「言い当ててあげようか。アメリカに留学してたあの二年間でしょ?」
「浮気、してたのね。」