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第5話 千歳、会社を設立する。

とにかく、私たちは本当に会社を始めるため、「法人登記」という大きな山を越えなければならなかった。


「法人登記って、結局何をすればいいの?」


私がぽつりと尋ねると、佳苗がスマホを片手に立ち上がる。


「少し調べておいたのです。これを見るのです」


そう言って、彼女はホワイトボード(元・風呂のふた)を持ってきて、すらすらとペンを走らせる。


──さすが元・法学部。頼れる親友だ。



【会社設立のために必要なこと】

1. 商号(会社名)を決める

2. 本店所在地を決める

3. 会社印を作る

4. 定款(ていかん)を作る

5. 公証人の認証を受ける

6. 資本金を払い込む

7. 法務局で登記する

8. 税務署や市役所などに届出



「……けっこう、やること多いんだね……」


「はい。会社を作るというのは、想像以上に準備が必要なのです」


「我に任せよ。定款は“神の御神託”ということで──」


「その時点でアウトなのです」


「では資本金は供物で──」


「だから、儀式ではないのですよ」


「供物って言い方、やめよう!? なんかダメな匂いしかしないから!」


「むぅ……この国、何かと手続きが多すぎるのう……」


「文明社会なのです」


「……世知辛いのじゃ……」


リィナが煎餅をかじりながら、しょんぼり肩を落とす。



「で、会社名は“ピコリーナ・カンパニー”で確定、ということでよろしいです?」


佳苗が念のために確認する。


「うん、求人票にも書いちゃったし……あれ仮だったけど、もう変える余地ないよね」


「我が見た夢の中でも、そう名乗っておったのじゃ。すなわち啓示!」


「適当すぎるけど、まあ語感は可愛いから良しとするのです」


リィナが嬉しそうに、手書きの社名入りボードを大事そうに抱えてくる。


「では、法人登記に向けて──」


と、そこに麦茶を配っていた七海がすっと手を挙げた。


「社印がまだです。印鑑登録できませんよ」


「うっ……そうだった……」


「大丈夫なのです。印鑑は、通販で三千円ほどで作れるのです」


「よかった、現代って便利!」


歓喜する私、しかし七海がリィナに、


「ただし──“魔法陣つき”はやめてくださいね?」


「なっ……なぜバレたのじゃ!?」


「隠すつもりでしたの?」


七海が淡々と、木彫りの印鑑をリィナから没収する。


「神の紋章入り印鑑は、日本の法務局では使用できないのです」


「この国、神を軽んじすぎではないか……!」



──数日後。


法人登記が完了し、正式に「ピコリーナ・カンパニー」が誕生した。


登記簿に自分たちの会社名が記されているのを見て、私は妙な感動に包まれていた。


「……やった……。これで、ちゃんと会社……!」


「次は税務署への届け出と、銀行口座の開設なのです」


佳苗が冷静に告げる。


「現実は甘くないなあ……」


「女神様が空中浮遊してる時点で、十分ファンタジーではあるのですが」


佳苗が真顔で言う。


「えっ……やっぱりそう思われてるの?」


「はい。羽衣、天使の輪、浮遊エフェクト、どれも現実離れしすぎなのです。まぁ非現実すぎて皆本格的なコスプレイヤーとしか見てないのです」


「コ、コスプレ扱いとは……神威が足りぬ……」


「一番怪しいのは“浮いてること”だと思うのです」



──こうして、「ピコリーナ・カンパニー」はようやく船出した。


とはいえ、まだまだ課題は山積み。


次の関門は──税務署。


その後には保健所。


最終的には……パン屋、開店!?


神と死神と、社会人経験ゼロの女子大生ふたりで回る会社。


果たして本当に成り立つのか──?





「……法人登記が終わったからって、はい完了! とはいかないのよね……」


朝のダイニングで、私はため息をついた。


「次は税務署なのです。会社を作ったら、開業届や法人設立届出書を提出しなければならないのです」


佳苗が、落ち着いた口調でコーヒーを飲みながら言った。


彼女は大学で法学を学び、卒業後もずっと私の相談役みたいな存在だ。


「……税務署って、やっぱりちょっと怖くない?」


「怖がる必要はないのです。書類さえ揃っていれば、職員さんは丁寧に対応してくれるのです」


「ふむ。我は神ゆえ、税金などとは無縁じゃが……見届け人として同行してやってもよいぞ?」


リィナが、トーストの上に煎餅を乗せるという謎アレンジで朝食を取っている。


「神って、課税対象外なの?」


「戸籍がないのだから、国民でも法人でもなかろう?」


「その理屈でいくと、納税以前に存在があやしいよね」


「……会社登記のときも“存在しない者は役員にできない”って、佳苗が言ってたし」


「我が名で登録できぬとは、世知辛い世の中じゃ……」


「はいはい。じゃあ今日はお留守番しててね。お賽銭箱のペンキ塗りでもしてて」


「むぅ……神の扱いとは思えぬ雑務じゃな……」



午後。札幌駅近くの税務署。


春の陽射しがまぶしく、スーツ姿の人たちに交じって私たちも入っていく。


番号札を取って順番を待つ間、私はずっとソワソワしていた。


「佳苗……なんか緊張するんだけど……」


「大丈夫なのです。私たちはちゃんと法人登記を済ませているのですから、何も問題ないのです」


「“ピコリーナ・カンパニー”って名前、変だと思われないかな……?」


「少し変わっているかもしれませんが、法律上は問題ないのです。社名は自由なのです」


「でもほら、異世界とか……変な設定が……」


「それらは企業文化というやつなのです。ユニークな社風として受け入れてもらうしかないのです」


「やっぱ“コスプレ仲間が会社ごっこしてる”って思われてるのかな……」


「その可能性は否定できないのです。特にリィナさんのあの格好では……」



「法人設立届出書、青色申告承認申請書、給与支払事務所等の開設届……これで一式なのです」


佳苗がきれいにまとめた書類を職員さんに提出し、丁寧に説明していく。


私は隣でうんうんと頷くだけ。


「す、すみません……代表取締役なんですけど……ちょっとまだ勉強中でして……」


「大丈夫ですよ。書類も整ってますし、必要があればまたご連絡しますね」


優しそうな税務署の人がそう言ってくれて、私はホッと肩の力を抜いた。


──無事、受理。


ついに、「ピコリーナ・カンパニー」は正式に、社会的に、企業として認められたのだった。


けれど、まだまだやることは山積みだった。


・銀行口座の開設

・業種の選定(まだ決まってない)

・売上を立てる手段の確保

・そもそも営業ってどうするの?


「この会社……本当に大丈夫かな……?」


「大丈夫なのです、社長。私たちはここまで進めてきたのです。あとは一つずつクリアしていけばよいのです」


「ううっ……佳苗、頼もしすぎるよ……」


無事に法人登記も終え、税務署にも届けを出し──




「ふっふっふ……ついに、ピコリーナ・カンパニーがこの世に誕生したのです!」


佳苗がホワイトボード(元・風呂のふた)に「祝・設立」の文字を大きく書いて、満面の笑みで振り返る。


「いや~ここまで長かったね……! まだ何も売ってないけど……!」


「“会社”とは、まず形から入るものなのです。土台がないと家も建たないのです」


「名言っぽいけど、売上ゼロだよ!? 資本金、光の速さで溶けていくよ!?」


「むしろこれからなのじゃ。我らが築くのは“神の御業”──理想郷なのじゃ!」


リィナが高らかに宣言しながら、今日もせっせと賽銭箱に金箔を貼っていた。


「それ、いつ使うの?」


「露店に置くのじゃ。参拝者が投げ銭していくスタイルにすれば、自動収益が発生するぞ」


「それ、営業って言うのかな……?」



「ということで、これからやるべきことをまとめるのです!」


佳苗がホワイトボードに、次なる課題を書き出していく。



【ピコリーナ・カンパニー今後の課題】

 1. 何を売るか決める。

 2. 売る場所を決める。

 3. 初期資金の管理。

 4. メンバーの肩書き。

 5. SNS戦略。



「……何故か考えたら普通の会社と違う気がするのは気のせい?」


「“普通”は大抵つまらないのです。うちは“面白さ”に全振りなのです」


「異世界から来た人材を活かして、現代で稼ぐ……それがこの会社のコアじゃな」


「そのコア、わりと倫理ギリギリだよね?」



とはいえ、やることがはっきりした今──


私はちょっとだけ、希望を感じていた。


女神、死神、悪魔、そして法律と常識を持つ相棒・佳苗。


全員バラバラなのに、なぜか一つの方向を向いてる気がする。


「じゃあ、そろそろ名刺とか、作る?」


「作るのです! 専務の肩書きで!」


「我が名刺を渡したら、信仰者が増える予感じゃ!」


「……え、もしかしてこの会社、宗教法人じゃないよね!?」


「違います。合同会社です」


──こうして、なんちゃって異世界企業「ピコリーナ・カンパニー」は、ついに動き出した。


会社の未来はまだ霧の中──でも、少しずつ、形になっていく。ような気がする。

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