「……いや、仏像って」
思わずツッコミを入れた私に、レイシアは静かに頷いた。
「はい。仏像です。ただし、かなり現代風にリデザインされています。通称、“星巫女像”」
そう言ってタブレットを差し出す。画面には、銀髪ツインテールの巫女装束をまとった少女風の石像。背には五芒星を象った装飾──なるほど、星を背負ってるから“星巫女”か。
「……仏像、ではあるけど……なんか違わない?」
「仏像です。アニメ調に彫られていますが、正式に寺院と提携して御朱印帳まで出ています」
「いやいや……宗教的に怒られないの?」
「むしろ地方創生として感謝されているそうです。観光客も増えて、参拝収入も過去最高だとか」
「マジか……」
私はため息をついた。うちの埴輪たち、こんなハイブリッドキャラに勝てる気がしない。
「でも性能的には? 技術力ならうちの埴輪の方が圧倒的でしょ」
「そこが落とし穴です。埴輪は一点特化型なんですよ」
レイシアは近くの埴輪をひょいと持ち上げた。
「これは“炊飯用埴輪”。本当に美味しいご飯が炊けます。ふっくら、もちもち、土鍋超えレベルです」
「……おお、それはすごい」
「でも“米を炊く”ことしかできません」
「うん、まあ、そうだよね」
「一方、星巫女像はまあまあの炊き上がりですが──保温ができます」
「えっ、保温まで!?」
「さらに音声案内・お供え検知・参拝記録の自動管理・顔認識セキュリティ・Wi-Fiルーター機能まで」
「Wi-Fi!?」
膝から崩れ落ちそうになった。
「ちなみに“保温埴輪”もありますが、炊飯埴輪・洗米埴輪・火起こし埴輪……と揃えると家中が埴輪になります」
「……もう縄文時代だよね、それ」
「星巫女像は一体で完結。SNS映え、観光名所化、多機能で高性能、そして可愛い」
私はタブレットをスッと閉じた。
火を起こす埴輪、洗濯物を干す埴輪。失敗もするけど、一芸に命を懸ける子たち──。
でもそれが“時代遅れ”とされるなら……
「……このままだと、“文明の敗北”ってタグつけられそうだわ……」
そこへ佳苗がスマホ片手に戻ってきた。
「千歳ちゃん、スターライトの動画見て。衝撃だよ」
映ったのは、かつてのプレハブ社屋が立派な平屋に変わり、屋根にはソーラーパネルが並ぶ姿。
「うわ……もう普通に企業じゃん……」
「よく見ると、星巫女像が何十体も働いてるの。畑、漁業、建設、水道整備、全部」
目を凝らすと、仏像たちが黙々と労働。その背に星を背負って──。
「……あれ? 埴輪、ゴミ袋に入ってない?」
「燃えないゴミとして処理されたみたい。『役目を終えた』って」
「ひっでぇ……」
「人件費はコマチだけ。星巫女像は無給、無休、無食費、社宅不要。これは……ピコリーナ超えてるかもね?」
「ぐぬぬ……恩を仇で返してないか……? このままじゃ負ける……」
「そんなことはねぇだ」
背後からヨモツの声。振り返ると、壁にもたれていた。
「あの仏像たちはすげぇ。でもな、肝心なとこが抜けてる」
動画を一時停止し、隅を指差す。
「見ろ、ここ。カビが出てるだろ?」
「……あ、本当だ。黒ずんでる」
「海の湿気で木材がやられてる。カビが“コア”に影響すれば制御装置が壊れる」
「制御装置が壊れると?」
「暴走する。自我の制御が効かなくなって反乱を起こす可能性がある。仏像だけど、“心”がない」
ヨモツは真っ直ぐこちらを見た。
「結局な、ものづくりで一番大事なのは、ロボットでも仏像でもねぇ。“人”なんだよ」
私は言葉を失った。
「ヨモツ……今、この作品で一番いいこと言ったよ……」
「43話かけて誰も名言残してねぇのが問題だべ」
そのときスマホが鳴る。【星野リカ】の文字。
──着信。
「……あのー、支援要請です。せっかく建てた社屋、星巫女に壊されました……どうか支援を」
「知らんわ」