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第56話 あの事件の裏 ③

 現場にはアッシュが急行した。

 リバーはかなり遠いところまでクロウを探しに行っていたので駆けつけるのが遅れている。


 野次馬でごった返すのを制しながらクロウとジェシカに部屋から出るように促す。

『おい……。ちょっとばかり迂闊だぞ。教官につけ込まれるような行動をするなよ』

 アッシュが苦虫をかみつぶしたような顔でクロウに専用回線で説教した。クロウは声を出して謝罪する。

「すまない。興味深かったので、つい」

 動機もなければ証拠もない状態のクロウとジェシカが容疑者になるとは思えないが、嫌がらせとして容疑者扱いはするだろう。

 もっと言うなら、裏からアッシュが手を引いていたくらいの容疑をかけてくるのは簡単に想像出来る。


 しかめっ面で悩んでいると、クロウが話す。

『ルージュ・サラブレットがやったとしか思えない映像は、警備カメラで捉えている。警備員もモニターで確認して警察へ連絡済みだ。私たちが廊下で話しているところも映っているし、ルージュ・サラブレットが血まみれで飛び出してきたところに駆けよったのも映っているので犯人に仕立てあげるのは無理がある』

『そういう道理が通る連中だと思う? 下手をするとその映像を揉み消して俺たちを犯人に仕立てあげるくらいやると思うよ』

『映像を揉み消すのは不可能だ。私ももちろん手は打つが、シャム・シェパードとしてもアレはアリバイを示すための映像になる。彼は全力で消すのを阻止するだろう』

 クロウと問答したアッシュはため息をつくと、

「……多少の嫌がらせで済むといいんだけどね」

 とぼやき、まるで犯人であるかのようにこちらを睨んでくる教官たちを、他人事のように眺めた。


 案の定、アッシュが犯人だという噂を教官たちが流し始めた。

 アッシュとミザリー・アレグラが肉体関係にあり、邪魔になったアッシュが殺したのだという下世話な噂を教官たちがあからさまに流していたが、誰も信じなかった。

 明らかに捏造である噂よりも、血まみれのルージュ・サラブレットの「あたしじゃない!」と繰り返し叫ぶ姿を見た、という声の方が信憑性があるからだ。

 そもそも、犯行時刻にアッシュは生徒に囲まれていた。騒ぎを聞きつけてやってきたアッシュを見かけた生徒が多数いるのに、どうやって犯行を行うのか。

 教官は調査官にアッシュのありもしない噂を話し、犯人ではないかと訴えたが、調査官は相手にしなかった。


 ただし、クロウとジェシカ、特にクロウは何度も呼び出しを受けた。

 あの辺りを歩いていたシャム・シェパード、クロウ、ジェシカで、明確な理由がないのはクロウのみだ。

 シャム・シェパードはミザリー・アレグラに呼び出されていた。それは双方のメールから確認できたしルージュ・サラブレットもミザリー・アレグラが『シャム・シェパードとルージュ・サラブレットの隊を交換するように提案してきた』と供述したからだ。

 ジェシカは単にクロウを追いかけてきた。それはクロウの行方を探してジェシカに問い詰められていた生徒たちが証人になっている。

 クロウだけが明確な理由もなくあそこにいたのだ。


 状況証拠は確実にルージュ・サラブレットだし本人も記憶が曖昧で、相手に魔術を使われて揉み合った結果だ正当防衛だと主張しているので、それ以上犯人はいるわけがないはずなのだが、揉み合った結果で喉をかき切るのはおかしいとの見方があるのだ。

 確実に致命傷だった。

 揉み合ったくらいで殺す勢いでやらないとそうはならない傷をつけることはできない、と考える調査官がいて、確かに、と他の調査官もうなずいた。

 そこで、怪しいのがクロウなのだった。


「ふむ。私に彼女を殺す動機もなければ証拠もないはずだし、たまたま人気のない廊下をあるいていたくらいで最も怪しい人物よりも疑いを掛けられるとは思わなかった。――この学園は監視カメラでイジメや怪しげな行為を監視していると聞いたのだが、そうではなかったのか?」

 とクロウが無表情に問いただすと、調査官はその態度がむしろ不信感を煽るんだと内心思いつつ答えた。

「監視カメラの映像は確認し、君が廊下を歩いているだけなのも確認している。だが、そのときは監視カメラの調子が悪く、完全な証拠とはなりえなかった。……君は、本当に理由もなくあの場所にいたのかな?」

「本当に理由なくあの場所にいたのだ。私は神出鬼没なのでな」

 クロウが言い切った。

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