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第26話 小学校ダンジョン

「……ここ、マジで学校だな。」


悠真が苦い顔をしながら、校門の前で立ち止まる。

校舎の外観は普通の小学校だが、どこか色褪せたフィルターがかかって見え、空は灰色で風も止まっていた。



市役所ダンジョンを制圧し、西館のボス討伐を終えた直後だった。

まだ息も整わないうちに、対策本部の指揮役が冷たく言い放った。


「悪いが休息は後だ。リミットが迫ってる。次のダンジョンが近い。――小学校だ。」


その一言で、私たちはまた車に押し込まれた。

窓の外では、崩れた街の景色が後ろへと流れていく。

本部の車列に挟まれたバンの中は、やけに静かだった。


志朗は目を閉じて呼吸を整え、大翔は無言で糸を指に巻き付けたり外したりを繰り返している。悠真は座席に沈み込み、「マジかよ……」と、ため息交じりに呟いていた。


私はというと――頭の中が妙に冴えてしまっていた。

あの土地神から受け取った、つなぎ目のない腕輪。小さなパールが埋め込まれた石がひとつ。

もう一つの深い常緑色の石は、あの市役所ダンジョンの土地神――山下神の感謝を示すものらしい。


「土地神の解放、か……。」


私は腕輪をじっと見つめる。

土地神とやらを解放することで得られる“称号”。

そして、ダンジョンで現れるモンスター――あれがかつて人間だった者たちだとしたら?


ゾンビの時、生存者から断片的に聞いた話が頭をよぎる。

腐乱したゾンビたちは、汚職や賄賂、私腹を肥やした役人たち――“まつろわぬもの”だという。

彼らの罪過が、そのまま異形の姿となって現れる……のだろうか。


「じゃあ、今回の教師たちは?」

誰にも聞こえないように、小さく呟いた。




車列が止まり、四人は小学校の校門前で降ろされた。

白い3階建ての校舎はどこかひび割れ、窓ガラスのいくつかが砕けている。


スマホのカメラアプリを起動すると、校舎の輪郭と内部の簡易マップが表示され――

そこには赤い点が、六つ。


「六体、か……。」志朗が画面をのぞき込み、眉をひそめる。


そして次の瞬間、まるで当たり前のように口を開いた。

「で、その……“インキュバス”って何だ?」


静まり返る空気。

大翔が一瞬、言葉を探すように口を開きかけ――閉じる。

説明が妙にしにくいのだろう。


代わりに悠真が、あっさり言い放った。

「簡単に言うと……男のサキュバス。エロい魔物。」


少し空気が詰まる。

その場をつなぐように、陽葵がスマホの画面から目を上げ、淡々と補足した。


「サキュバスは夢に出てきて人の精気を吸い対象を干からびさせてる。いわゆる誘惑系の女の悪魔。その男版がインキュバス。――どっちも幻惑とか夢で相手の恋しい人や好みのタイプに化けるって傾向がある。だけど、強さとしてはスライムの過ぎに弱い。」


一呼吸置いてから、陽葵は軽く肩をすくめる。

「……。」

志朗の目が細くなる。無言の圧がすごい。


一拍の沈黙の後、なぜか三人の視線が陽葵に集まった。

確認されているものはインキュバスつまり捕食?対象は女と推測されるわけで。その空気は、“お前は待機してた方がいいんじゃないか”という無言の圧を孕んでいた。


陽葵は一瞬スマホを操作しながら、肩をすくめる。

校舎の映像に【観察】をかけ、怪しい気配や動きの有無を探りつつ――


【C級インキュバスダンジョン/誘惑対象:男特に12歳以下を好む】


画面から目を離さずに、冷たく言い放った。


「ここ誘惑対象男だよ。私よりも、三人とも……自分のお尻の心配したら?」


ピシャリと言い切る声が、意外なほど冷静でドライだった。

大翔が咳払いをし、悠真が「……はぁ!?まじかよ!?」と苦笑し、志朗はただ小さく息を吐いた。


六体のインキュバスが、校舎の奥でじっと待ち構えている。


くだけた空気の裏に、張り詰めた緊張が静かに漂い始めた

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