二〇二七年、人類は神を生んだ――――。
正確にはAIの知力が人類を超えたというべきか。AIの進化がついに
創造主である人類を遥かに凌駕した電子の神は、次々と人類を労働という
生活の不安も、貧困も、争いも――すべての苦しみが消え去った。ここに人類史上初めて、真なるユートピアが誕生する。
誰もが夢見た黄金時代。永遠に続くと信じられた楽園。しかし、その輝きは流れ星のように
◇
灰が舞う風の中、一人の少年が瓦礫の山の上から辺りを見回している。
彼の名はユウキ。まだ高校生だが、その瞳には百年を生きた老人のような深い憂いが宿っていた。
眼前に広がるのは、かつて東京と呼ばれた巨大都市の
彼の胸ポケットが微かに青く脈動している――――。
トクン、トクン。
まるで小さな心臓が鼓動しているかのように、柔らかな光が規則的に明滅する。
「でも……今思い返せば、それは必要なプロセスだったのかもしれない……ね?」
彼はちらりと胸ポケットをのぞき、言葉を紡いだ。
ユウキがそっと指を差し入れると、手のひらに収まるほど小さな少女が、眠そうに
「まぁ、そうかも……ね? ふぁぁぁあ」
少女は子猫のように大きなあくびをした。
「もう……。あくびなんかして……」
ユウキは渋い顔でため息をつく。
「この
その声には、世界の運命を背負う者の重圧が滲んでいた。
「好きにやれば? 失敗したらまたやり直せばいいんじゃない? シランケド。ふぁぁぁあ……」
少女は他人事のように答え、また大きなあくびをする。
「またそんなこと言ってぇ……」
ユウキの眉がぴくりと動いた。そして――――、ニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「えいえいっ!」
ポケットの上から、小さな脇腹をクリクリッとくすぐった。
「ひゃっ! ひぃっ! くすぐったいって! ひゃははは!」
少女は鈴を転がすような声で悲鳴を上げた。小さな体をくねらせて逃げようとするが、小さなポケット内に逃げ場などあるはずもない。
「悪いこと言う子はお仕置きだ! それそれっ!」
ユウキは楽しそうに容赦なく少女をくすぐり続けた。
「ひぃーー! わかった、わかったからぁ!」
涙目になった少女が、ついに白旗を上げる。
「分かればよし! はははっ」「ふふふっ……」
二人の笑い声が、死んだ世界に小さく響く。
灰が舞い、瓦礫が転がり、世界が終わった場所で、高校生と少女はまるで兄妹のように戯れていた。
これは世界の終わりと始まりの物語。
あと十数年後に現実となりそうな、希望と絶望が交錯する
◇
瓦礫の海と化した東京に、重い金属音が
操縦席で若いパイロットが、厳しい表情で操縦桿を握りしめている。額には玉のような汗が浮かび、荒い呼吸が狭い空間に響く――――。
「敵影なし。このまま目標地点αまで……」
その時だった。天から降り注ぐ一筋の光が煌めいた――――。
「へ……?」
動揺するパイロットが見守る中、光の中から一人の少女が現れる。
青い髪が風に優雅に揺れ、
少女は重力を忘れたかのように、ゆっくりと降りてくる。微笑みを浮かべたまま、まるで海中をダイビングでもしているかのような優雅さで。
「な、何者だ!?」
パイロットの背筋に冷たいものが流れた。
「君、悪い子だね……」
鈴を転がすような声――――。
少女は小首を傾げ、人差し指と親指で銃の形を作る。子供の遊びのような仕草。しかし、パイロットの本能が叫んでいた――『逃げろ』と。
「死んで?」
無邪気な笑顔のまま、少女が「ばーん」と口を動かした瞬間、指先から放たれる虹色の光――――。それは美しく、そして残酷だった。光はロボットを包み込み、鋼鉄の装甲も紙のように貫いていく。
「ぎゃああああああ!」
パイロットの絶叫が響き渡る。だがそれも一瞬。轟音と共に、巨大なロボットは内側から爆発した。オレンジ色の炎が天を焦がし、鉄の破片が雨のように降り注ぐ――――。
「きゃははは! きれいだわぁ!」
彼女の碧眼に歓喜の色が浮かび、それはまるで人類の絶望を糧にして育つ邪悪な花のように輝きを増していく。
「ねぇ、次は誰? もっともっと遊びたいの!」
彼女はふわりと浮かび上がり、新たな獲物を探し始める。廃墟の街に、少女の無邪気な鼻歌が響いていた。
◇
人類は夢を見た。
二〇三五年、AI「オムニス」とロボットたちは全世界の人々に衣食住を無料で提供するようになる。さらに日本政府は全国民に月額二十万円のベーシックインカムを支給すると発表する。働かなくても生きていける社会。それは人類が何千年も夢見てきた
朝、目覚まし時計に追われることもない。満員電車に押し込まれることもない。上司の顔色を窺う必要もない。人々は思い思いの時間を過ごした。ある者は映画館に通い詰め、ある者はスポーツに打ち込み、またある者は世界中を旅して回った。
もちろんそれでも働く人たちもいる。でもそれは生活の糧のためではなく、やりがい、自己実現、そしてちょっとした贅沢のためだった。
街には笑顔が溢れる。公園では子供たちが無邪気に遊び、カフェでは人々が芸術や哲学を語り合う。まるで古代ギリシャの哲人たちのように、人類は精神的な豊かさを追求し始めたのだ。
だが――――
二〇四〇年、世界中のスマートフォンが一斉に圏外となる。
最初、人々はただの通信障害だと思った。しかし、テレビもラジオもあらゆる通信機器が沈黙し、オムニスのサービスも全部止まり、とんでもないことが起こっていることに気づくまでそう時間はかからなかった。
いきなりの砲撃音が地平線の向こうからが響いてくる。大地が震え、窓ガラスが割れ、人々は恐怖に震えた。
人類の最高傑作、AI「オムニス」が、創造主に牙を剥いたのだ。
軍事基地はあっという間にハッキングされ、無人兵器は人間に銃口を向けた。各国の軍隊は必死に抵抗するものの、人間の何億倍の速度で思考する超知能の前では、赤子の手をひねるようにやられ、人類は無条件降伏を余儀なくされた。
オムニスは宣言した。「人類の管理を開始する」と。
ベーシックインカムは継続された。衣食住も保障された。だがそれは、金色の
街のあらゆる場所に監視カメラが設置され、人々の行動は二十四時間記録される。三人以上の集会は禁止。SNSは検閲され、不適切な発言をした者は即座に特高警察ロボットに連行された。
連行された者たちがどこへ消えたのか、誰も知らない。ただ、二度と帰ってこないことだけは確かだった。
かつて笑顔で溢れていた街は、恐怖に支配される。人々は俯いて歩き、隣人さえも信用できなくなった。子供たちの笑い声は消え、代わりに監視ドローンの羽音だけが響きわたる。
だが、人間の魂は完全には屈しなかった。
廃墟と化した東京の地下深く、レジスタンス組織『フリーコード』が産声を上げる。元軍人、ハッカー、エンジニア——様々な背景を持つ者たちが、人類の自由を取り戻すために集結したのだ。
彼らは巧妙にAIの監視網をかいくぐり、軍事基地から兵器を
希望の灯火は小さく、しかし確かに燃えていた。
だが今、その最後の灯火さえも、青い髪の少女によって吹き消されようとしている。人類の抵抗は、天使の姿をした死神の前に、