○高層ビル・外
報道陣が黒煙が立ち上るビルを映し出す。
周囲では野次馬の声やサイレンが聞こえる。
アナウンサー「こちら、事件発生現場です。避難された方によりますと、犯人は突如として雰囲気が変わり暴れ始めたということで、この事件は近日頻発している、憑き人よるものと見て間違いがなさそうです」
サイレンを鳴らしパトカーを降りる西垣強(42)と宮本静(23)。
現場を見上げ、
西垣「こりゃ派手に暴れたな」
と規制テープを潜る西垣。
他の警官から状況を聞いていた静、西垣の所に来て
静「まだ中に人が……。炎の勢いが強く、入れないそうです」
と現場を見る。
西垣「ったく、漬け物だか何だか知らないが──」
静「憑き人です」
西垣「わーかってるよ! その、憑き人ってのは、暴れるだけ暴れてお終いって、随分とまあ子供みたいだな?」
西垣、胸ポケットから手帳を取り出し
西垣「今年に入って既に6件目だぞ」
とペン先で叩く。
西垣「本人に話が聞けりゃ、最高なんだがな」
静「容疑者はいずれも錯乱状態にあり、精神科で治療中です。今のところ回復は見込めませんね」
西垣「だな」
西垣、勢いよく手帳を閉じてポケットにしまう。
〇同・中
炎の廊下を歩く末崎カズ(22)、頭から血を流している。
袖で口元を覆いながら、辺りを見回す。
意識が混濁し、膝をついて咳き込む。
そのまま気を失い倒れる。
爆発が起き、天井が崩れ落ちてくる。
カズ、雰囲気(目と髪の色)を変え、再び目を覚ますと、瓦礫を避けて歩いていく。
〇タイトル「ガレン」
〇東京の街並み(俯瞰)
T「数ヶ月後」
〇アパート・外観
閑静な住宅街にあるアパートに目覚まし時計の音が鳴り響く。
箒を持った大家の雪(50)、階段を上る。
『末崎』と書かれた表札の前で立ち止まり
雪「ちょっと、カズくーん⁉ 目覚まし! 早く止めなさーい‼」
と部屋の扉を叩く。
〇同・カズの寝室
大の字で寝ているカズ。
枕元では目覚まし時計が鳴っている。
ドアを叩く音と雪の声が聞こえ始め、ようやく起きる。
あくびをしながら目覚まし時計を手に取り、
カズ「うっわ‼ 遅刻だ‼」
と飛び起きる。
同時にサイドテーブルに置いてあった絵本が床に落ちる。
カズ「おっと……」
大切そうに拾い、本棚に戻す。
カズ「よし」
微笑んだカズ、思い出したように慌てて支度を始める。
× × ×
着替えを済ませたカズ、鏡で身なりを整え、鞄を掴んで玄関へ向かう。
〇同・カズの部屋前
扉を叩いていた雪、
雪「ん? 止まったね?
と扉に耳を押し当てる。
雪「起きたのー? 大丈夫ー?」
声を張ると、いきなり開く扉。
中からカズが飛び出して来る。
カズ「あ。おはようございます、雪さん! 今日もいい天気ですね! 行ってきます‼」
鍵を閉めたカズ、走って行く。
雪「い、行ってらっしゃい……」
と鼻頭を抑えた雪が手を振って見送る。
〇渋谷・スクランブル交差点
駅前で演説をしている政治家の花田勝二(48)。
選挙カーの上から、
花田「いいですか、皆さん! 憑き人は悪なんです! 私たちの命が、脅かされているんですよ!」
花田の周囲には『根絶! 憑き人!』と書かれた旗を持った人。
バスから降りてきたカズ、傍聴者たちの拍手に花田を見る。
花田「ご存知の通り、憑き人は私たちが日々感じているストレスから生まれる人格です。その殆どは悪人であり、私たちの体を乗っ取ろうとしている。ましてや、訳のわからない能力まで持っているとなれば、脅威以外の何者でもありません! 自分たちの身を守るためにも、ストレスのない社会を作る! 憑き人が生まれる原因を作らない! これに尽きるのではないでしょうか‼」
再び賛同の拍手が起きる中、カズの元へチラシ配りの女がやって来てそれを差し出す。
『憑き人の覚醒は神様からのプレゼント』と書かれている。
奪うようにして受け取るカズ。
女「私たちを幸福へ導いてくれる存在こそが憑き人なんですよ」
と、チラシを指さす女。
背後では女と同じような服を着た人たちが道行く人にチラシを配り、声をかけている。
カズは食い入るようにチラシを見る。
女「彼らを覚醒させ、自身と融合することで新しい能力を得ることができるのです。生きる意味を見つけられます」
と微笑む。
カズ「生きる意味……」
女「共に幸せになりましょう。そして選ばれし者だけが住む理想的な世界を作るのです!」
女、チラシを握るカズの手を取る。
チラシから顔を上げたカズ、
カズ「あ、あの、これ、実際に融合できた人はいるんですか?」
と尋ねる。
カズ「選ばれし者って……? 選ばれなかった人はどうなってしまうんですか?」
女「そ、それは……」
女が口を開くと、花田の演説がそれを遮る。
花田「よって私が当選した暁には、ストレスからの解放を求め、憑き人排除運動を行って参ります! どうぞ皆様の一票を花田勝二、花田勝二にお願い致します‼」
手を振る花田と傍聴者たちの拍手。
傍聴者1「いいぞー! 花田さーん!」
傍聴者2「頑張れー!」
声援を送る傍聴者たち。
それを聞いた女、
女「はんたーい‼ 憑き人は幸せへの近道でーす‼ 断固はんたーい‼」
と集団に向かって走っていく。
同じ服の人たちも声を上げて女に続く。
カズ「…………」
その様子を見たカズ、チラシを握りしめる。
〇居酒屋・外観(夜)
『酒』と書かれた赤い提灯が揺れている。
賑わいの声が聞こえてくる。
〇同・店内(夜)
両手にジョッキを持ったカズ、
カズ「お待たせしましたー!」
と声をかけ、客の前に置く。
空になったジョッキを回収し、厨房へ戻るカズ。
乾杯した客がまた騒ぎ始め、その内の一人が隅で飲んでいた長沼翔太(25)とぶつかる。
翔太、ビールを自分の服に零す。
ヘラヘラと笑って謝罪する男。
男「ああ、わりィな、兄ちゃん!」
翔太、おしぼりで服を拭きながら
翔太「い、いえ、お気になさらず──」
と、声掛けに答えるが、直後に雰囲気(目と髪の色)が変わり、男の胸倉を掴む。
翔太「…………」
翔太、男を睨んで殴る。蹴る。
周囲の客が驚き、仲裁に入るも暴れ続ける翔太。
騒ぎを聞き、厨房から慌てて出てくるカズ。
カズ「ちょっ! 何やってるんですか⁉ 落ち着いてください‼」
間に入ったカズ、翔太から一発殴られると、
カズ「いってぇ……」
と雰囲気(目の色のみ)を変え、翔太の鳩尾に拳を入れる。
翔太、気絶して倒れる。
カズ「ふう……」
顔を上げたカズの目は元に戻っている。
〇同・外観(夜)
居酒屋の前に覆面パトカーが止まっている。
〇同・店内(夜)
通報を受けた西垣と静、
西垣「なるほど、事情はわかりました。皆さんのご協力感謝します。……宮本、あいつに手錠掛けとけ。また暴れだしたら困るからな」
静「わかりました」
静、倒れている翔太(憑き人の姿)に手錠を掛ける。
客たちは心配そうに、その様子を見守っている。
そこへ、厨房から水を持ったカズがやって来る。
カズ「お疲れ様です」
と気まずそうにテーブルに水を置く。
西垣「おお、ご丁寧にどうも。(カズの顔を見て驚きながら)ん? お前、あの時の……」
男「刑事さん、そいつだよ! 目の色が変わった奴は‼」
と大声を上げる。
男に続いて、自分も見たと騒ぐ客たち。
西垣、カズに向き直り
西垣「……ちょっと来い」
とカズの腕を掴んで出入口へ向かう。
静、西垣を引き止め
静「良いんですか? 彼はまだ、完全に体を乗っ取られていないように見えますが──」
男、静の言葉を遮って
男「刑事さんよぉ。俺たちは確かに、この目で見たんだぜ? 信じてくれないのかい?」
男に賛同するように頷く客たち。
静「いえ、そうではなくて……。仮に彼の中に憑き人が居たとしても、この場合はあなたたちを守ったということになりまよね?」
男「憑き人が人助けなんて、何か裏があるに決まってるだろ! 早く連れてってくれ! 俺はまだ生きたいんだよ‼」
と声を張る男。
カズは悲しそうに目を伏せ、自ら店の外へ出る。
それを佇んで見ていた西垣、ハッとして
西垣「あ、おい! ちょっと待て!」
と追いかける。
〇覆面パトカー・車内(夜)
夜の東京を走っている。
運転席に西垣、助手席に静、後部座席にカズと気を失ったままの翔太(憑き人の姿)が乗っている。
静、手帳を覗きながら
静「まさかあなたが、高層ビルで起きた事件の被害者だったとは……」
× × ×
(フラッシュ)
救助隊が高層ビルに入る。
すぐに壁に凭れて気絶しているカズを発見する。
× × ×
静「世の中狭いですね」
西垣「ああ。あの後すぐに病院行きだったからな。忘れてても仕方ねぇよ」
西垣、バックミラーを覗く。
西垣「んで、さっきお前さんが言ったことは本当なんだな?」
手帳を見つめる静、
静「憑き人は、主人格のエネルギーを源としていること。体を乗っ取るのは、存在が欲しいから。暴れてしまうのは、ストレスから生まれたが故に感情の起爆剤になりやすいことと、体の使い方に慣れていないから」
と、びっしりと書かれたメモをペン先で追う。
カズ、窓の外を見つめている。
もう一度バックミラーを覗く西垣。
西垣「いつからだ? 憑き人が覚醒したのは。事件の時か?」
静、小さく後ろを振り返る。
カズ「…………」
変わらず窓の外を見つめるカズ。
西垣、ハンドルを握り直して
西垣「完全に体を乗っ取られたら、お前はどうなる?」
ペンを構える静。
カズ「(僅かに目を伏せて)……死にます」
翔太(憑き人の姿)を見るカズ、
カズ「僕は──死ぬのが怖い」
と、小さく呟く。
翔太(憑き人の姿)に街灯や街明かりが反射している。
静は手を下ろし前を向く。
カズ、また窓の外を見る。
翔太(憑き人の姿)と同じように街灯や街明かりが反射する。
西垣「…………」
沈黙する車内。
× × ×
警視庁の地下駐車場に入る一行。
西垣「今回の件で、憑き人全員が悪いヤツじゃねぇってことがわかった。……そこで、だ。お前に協力を仰ぎたい」
驚いた顔で西垣を見る静。
西垣、シートベルトを外しながら
西垣「憑き人に関して、厄介なのはソイツらの能力だ。ただ暴れるだけならまだしも、把握できない動きをされちゃたまったもんじゃない。いずれ死人が出る。だがソイツを上手くコントロールできるお前なら、暴走して他人を襲う心配もないし、味方につけたとなれば百人力だ」
静「西垣さん! そんなことしたら──」
西垣「俺たちが黙っときゃいい話だ。それに、憑き人事件は今後もきっと起き続ける。捜査に協力することで、新しい情報も手に入るだろう。憑き人の存在が体を乗っ取るくらいデカくなったとしても、生きていられるかもしれない」
カズ、西垣の言葉にそっと顔を上げる。
西垣「可能性がないとは言えねぇよな?」
カズ「…………」
思考するカズ、胸に手を当てる。
静「そもそも、末崎さんの憑き人が人助けをする理由って何です? それがカズさんの意思だとしても憑き人の人格が前に出ていれば、その意思に従う必要はないんですよね?」
カズ「それはそうですが……」
カズが口ごもると、翔太(憑き人の姿)が目を覚まし
翔太「教えてあげよっか?」
とカズの肩に触れようとする。
カズ「…………」
カズ、一瞬だけ目の色を変化させ威嚇する。
翔太「おおっと。これは失礼」
と笑顔の翔太(憑き人の姿)の手が離れると、目の色が戻ってふらつくカズ。
驚いて振り向く西垣、翔太(憑き人の姿)に向かって、
西垣「お前、起きてたのか⁉ どこから聞いてた⁉」
翔太「ええ、もちろん。こんなに美人な警官さんから手錠をかけてもらえるなんて、なにがなんでも起きるでしょう?」
翔太、ポケットからハート型のサングラスを出して掛け、静に視線を送る。
ギョッとする静。
西垣「あの時からかよ。クッソ、乗せるの苦労したのに」
舌打ちした西垣に向かって、手を合わせる翔太。
翔太「おじさんもご丁寧にどうもね」
西垣「誰がおじさんだ、コラ。せめておっさんにしろ、おっさんに」
翔太「あははは!」
笑う翔太の横で頭を抑えるカズ。
それに気付いた静。
静「末崎さん?」
西垣も続いて、
西垣「あ? おい、大丈夫か?」
声をかけるも返答はない。
カズの視界が歪む。
意識を失うカズ。
西垣「おいおいおい! どうした⁉」
焦る西垣、車を降りてカズの容態を確認する。
静「大変!」
静もシートベルトを外し車を降りる。
翔太「…………」
その様子を横目に見る翔太。
西垣「しっかりしろ‼」
駐車場に西垣の声が響く。
〇警視庁・小部屋(翌朝)
ソファーで眠るカズ。
静がコーヒーを2人分注いでいると、ゆっくりと目を覚ます。
眩しそうに起き上がるカズ。
静「おはようございます。気分はどうですか?」
コーヒーを差し出す静。
カズ「……どうも」
と、それを受け取り、辺りを見回すカズ。
静「西垣さんがよく使ってる小部屋ですよ」
カズ、本棚にある1冊の絵本を見つけ、それに近寄る。
カズ「これ……」
と、手に取って表紙を撫でる。
カズの手元を覗き込んだ静、
静「ああ。その、『ぼくのココロのようせいさん』って憑き人のことなんじゃないかって西垣さんが。知ってます?」
片手に持ったコーヒーを飲む静。
カズ「(優しく笑って)はい。今まで色んな本を読んできましたけど、これが1番のお気に入りです」
静「へぇー、そんなに良い話なんですか?」
カズ「ええ、主人公の妖精がすごくカッコよくて……。主人公はひょんな事から妖精と人間の争いに巻き込まれるんですけど、この妖精と仲良くなったおかげで力を手に入れるんです。向かうところ敵なしなんですよ」
と絵本を眺めるカズ。
カズ「僕はこの本を読んでから、僕の中の妖精に声をかけ続けてきました。……妖精じゃなくて憑き人と呼ばれているのを知ったのは、もう少し大人になってからですが」
カズ、コーヒーを一口。
カズ「う、苦……」
と顔を顰める。
カズ「話していたことと言えば、くだらない話ですよ。今日は何を食べたとか、こういうことがあったとか……日記に書き留めるような内容です」
照れくさそうに話すカズ。
静「(驚きながら)……憑き人と会話ができたんですか?」
と、興味津々の静。
カズ、首を振って
カズ「いえ、彼からの返答はありませんでした。でも、聞いてくれていたとは思います。なんとなくですけど」
静「そう、ですか……」
カズ「最初は、憧れや好奇心に似た気持ちから始めたことでしたが、いつの間にか、それが日課になっていて。彼の存在を認知してからも、友達のように思って──」
微笑むカズ。
カズ「あ、すみません……。話し過ぎましたね」
カズ、絵本をそっと本棚に戻す。
静「いえ、お話聞けて嬉しいです。ありがとうございます」
と再びコーヒーに口をつける静。
カズ、思い出したように静に向き直り
カズ「昨日もとんだご迷惑をおかけして……」
と頭を下げる。
静「気にしないでください。昨日は一日のうちに色んなことがありましたから。疲れて当然ですよ。何もなくて良かったです」
静、カズの手元を指さして
静「それを飲んだら行きましょう。西垣さんに呼ばれてるんです」
頷いたカズ、コーヒーに視線を落として
カズ「あの……、ミルクとお砂糖をいただけますか?」
とはにかむ。
静、数回瞬きをして
静「もちろん!」
〇同・取調室(朝)
パイプ椅子に座る翔太(憑き人の姿)、笑みを浮かべている。
その目の前には西垣が腕を組んで座っている。
西垣「いい加減にしろよ? 暴れてねぇってどういうことだ?」
苛立つ西垣。
翔太「だから──」
翔太の言葉をノック音が遮る。
西垣「ああ」
西垣が答えると
静「失礼します」
と静に続いてカズが入室する。
西垣、立ち上がって2人の元へ。
静「どうですか?」
西垣「ダメだ。暴れたのは自分じゃねぇってよ。なんでも、体が勝手に動いたんだと」
静「体が勝手に?」
静、眉を寄せて翔太を見る。
西垣「オマケに、自分のことをレオと名乗った。完全に体を乗っ取ってからは、主人格だった長沼翔太のフリをしていたそうだ」
静「なぜそんなことを?」
西垣「憑き人のイメージは悪いからな。世間体を気にして、あえて主人格のフリをすることで生きやすくしたんだろう」
翔太から変化したレオ(推定25)と目が合うカズ。
レオ「やあ。よく眠れたかい?」
口角を上げたままのレオ。
カズ「えっと……」
カズの返答に、レオは笑みを深くする。
レオ「急な眠気や起きられないなどの睡眠障害は、憑き人にエネルギーを奪われている証拠さ」
と机に足を乗せる。
レオ「君も大変だね」
カズ「…………」
カズ、レオから視線を外す。
レオ「めでたい話だよ。君の憑き人は無事に成長しているんだからね」
笑うレオに向かって静、
静「あなた……自分が何を言っているのかわかってるんですか?」
レオ「(小首を傾げて)ん?」
静「憑き人が完全に体を乗っ取ってしまえば、カズさんは! カズさんは──!」
レオ「うん。死ぬねぇ」
静、平然と言うレオを睨んで
静「それをめでたいなんて……失礼にも程があります‼」
と近付くも西垣が止める。
西垣「落ち着け」
レオを睨み続ける静。
不安そうに胸に手を当てるカズ。
西垣、再び席に着いて
西垣「話を戻そう。お前の主張はよくわかった。だが、全員一致の目撃証言があるぞ。どう説明するつもりだ?」
と机に乗ったレオの足を払い除ける。
手帳を広げてレオに見せる。
レオ「さあ? 僕は覚えてないから説明のしようがないね」
カズ「おい」
目の色を変えて憑き人の人格になったカズ、西垣に
カズ「防犯カメラの映像は? ちゃんと調べたんだろうな?」
と声をかける。
西垣と静、驚く。
レオ「ほう……」
興味を示すレオ。
カズ「コイツ、暴れた時と目の色が違う。他の憑き人に憑依された可能性がある」
カズ、元に戻る。
ふらついて壁に凭れる。
西垣「……宮本」
静「はい! すぐに!」
静、部屋を飛び出す。
西垣、カズを椅子に座らせる。
西垣「大丈夫か?」
頷くカズ、
カズ「なんとか……」
と頭を抑える。
西垣「他の憑き人に憑依されたって、そんなことできるのか?」
レオ「そういう能力を持った者なら。気配を辿れば見つかるかもしれないね」
レオ、小さく笑う。
レオ「僕の無実が証明できる。そうと決まれば、早速行こうじゃないか」
立ち上がったレオを西垣が止める。
西垣「ふざけんな。お前は被疑者の身だ。外に出すと思うなよ?」
レオ「そうかい。なら何もできないねぇ」
微笑みながら、チラリとカズを見る。
カズ、頭を抑えながら
カズ「僕が……行きます」
西垣「あ? おい、無理すんな! いくら協力してほしいと言えど、命を削ることはない」
ゆっくりと立ち上がったカズ、
カズ「もし憑依の能力がある憑き人なら、次に誰が巻き込まれるかわかりません……。僕自身、あの時は止めることに精一杯で変化に気付きませんでしたし。同じ憑き人として、彼なら、気配を追えると思うんです」
と扉に向かう。
レオ「(笑みを崩さずに)なんで君は、エネルギーを奪おうとしないのかな?」
ドアノブに触れたカズ、振り返る。
カズ「僕に聞かれても……」
レオ「君じゃないよ。中にいるヤツに聞いてるんだ」
レオ、カズを鋭く見つめる。
レオ「まさか、君が表に出ないことで、彼が人格を保っていられると思ってるんじゃないだろうね? 一度覚醒すれば、進行は止められないよ」
カズ「…………」
カズ、部屋を出る。
しばらく沈黙する室内。
動かない西垣にレオ、
レオ「行かせていいの?」
と西垣の手帳の文字を指でなぞるレオ。
なぞった所から文字が消えていく。
西垣、それを見つめながら
西垣「……お前のその能力で人格は戻せないのか?」
レオ「死者蘇生は専門外さ」
西垣「アイツはまだ生きてンだろ!」
机を叩く西垣、レオは手を止める。
レオ「…………」
レオ、また何も書かれていない手帳をなぞると、元の文字が浮かぶ。
〇渋谷・スクランブル交差点
行き交う人々。
目の色を変え、憑き人の人格になって走って来るカズ。
カズ「どこだ……?」
立ち止まって辺りを見回すと、カズのスマートフォンが鳴る。
〇警視庁・中
静、パソコンを弄りながらスマートフォンで通話をしている。
静「宮本です。犯人と見られる憑き人ですが、丁度その辺りでカメラに映らなくなりました。気を付けてください!」
〇渋谷・スクランブル交差点
周囲の人が騒ぎ始める。
男「何だ、あれ⁉」
見ると白いオーブが飛んでいる。
カズ「見つけた」
静の声「え?」
カズがの方へ向かってくる白いオーブ。
逃げる人々。
迫る白いオーブがカズの中に入る。
カズ、スマートフォンを落とし通話が切れる。
〇警視庁・中
静、立ち上がって
静「末崎さん? 大丈夫ですか⁉」
画面を確認して部屋を出る。
〇渋谷・スクランブル交差点
ざわめく通行人。
力なく立つカズ、ゆっくりと顔を上げ、目を開ける。
カズの憑き人とはまた違う目の色に変わっている。
カズ「…………」
不気味な笑みを浮かべる。
〇警視庁・取調室
駆け込む静。
静「西垣さん!」
室内には西垣とレオの他に1人の警官。
西垣「いいな? しっかり見張っとけよ‼」
警官1「はい!」
と敬礼をすると、西垣は静と共に走っていく。
残されたレオ、頬杖をつく。
〇覆面パトカー・車内
車に乗り込む西垣と静。
運転席に西垣、助手席に静。
西垣「そうなると、暴れてるのは末崎の兄ちゃんか」
静「ええ、おそらく」
西垣、舌打ちをして
西垣「憑依の能力……厄介なヤツだ」
エンジンをかける。
シートベルトをしながら静、
静「憑き人は主人格のエネルギーを源とする……。(ハッとして)既に憑き人がいる末崎さんに、さらに別の憑き人が入ったら──!」
と西垣を見る。
西垣「まずいな。急ぐぞ!」
静「はい!」
アクセルを踏む西垣。
走っていく覆面パトカー。
〇渋谷・スクランブル交差点
人だかりができている現場。
草野「みなさん、離れて!」
駆けつけた草野隼人(38)ら数人の警官が人々を避難させる。
スマートフォンを片手に現場を撮影する人々。
道路にはみ出た人が車にクラクションを鳴らされている。
憑依されたカズ、息を荒らげている。
足元には倒れている人。
草野、カズを振り返って
草野「…………」
舌打ちをして睨み、カズに拳銃を向ける草野。
それに続く警官たち。
そこへ西垣と静が到着し、2人が覆面パトカーから降りてくる。
西垣、ギャラリーをかき分けて
西垣「草野⁉ おい、待て‼」
と間に入ろうとすると、大型テレビジョンから選挙に当選した花田のインタビューが流れる。
花田『ストレスのない社会を目指し、憑き人排除運動を開始致します! 皆様のご支援、誠にありがとうございました!』
西垣、それを見て
西垣「マジかよ……」
西垣を見た草野、
草野「政府からの命令だ。事件を起こした憑き人には見せしめを兼ねての制裁を、と」
カズに銃を向け続ける。
静「末崎さん⁉」
静が声を上げる。
振り返る一同。
カズが胸を抑えて悶えている。
直後、体から白いオーブが飛ぶ。
カズ、憑き人と人格が半々になった姿(片目の色と髪色が変化)で目を覚ます。
草野「構え‼」
草野の一言で緊張が走る。
拳銃を構え直す警官たち。
カズ「(脂汗をかきながら)ま、待って!」
カズ、呼吸を整えつつ
カズ「僕は、まだ生きてるよ……!」
驚いて銃を下ろす草野。
草野「完全に乗っ取られたわけじゃないのか?」
静「…………」
静、固唾を飲んで見守る。
カズ「彼は、覚醒した後も僕を生かそうとしてくれた……恩人です!」
辺りに倒れている人々や警官たちを見回して
カズ「(苦しそうに)僕の、妖精なんだよ……!」
静「末崎さん……」
思い当たる静、そっと拳を握る。
西垣、近付こうとして草野に止められる。
西垣「何だよ、離せ‼」
草野「危ないぞ! 近付くな!」
西垣「クソが!」
草野「いいか西垣? 同期の好で教えてやる。今のお前の行動は、政府への背徳行為だぞ!」
西垣「うるせえな! ンなこと知るかよ、納得いかねェ!」
草野「いいから大人しくしてろ!」
カズ、ふらついて膝をつく。
カズ「一度覚醒した憑き人は消滅しないって……。でも、互いに向き合えば共存できるかもしれない」
聞こえてくる西垣と草野の言い合う声に微笑むカズ。
カズ「あとは任せたよ、ガレン」
と呟くと人格が憑き人に変わり、目の色と髪色が濃くなる。
それに気付いた警官たち、どよめきながら
警官2「対象者、また変わりました!」
顔を上げたガレン(推定22)、辺りを見回し立ち上がる。
草野、西垣を抑えながら
草野「油断するな!」
再度雰囲気の変わったカズに慌てる草野たち。
再び緊張が走る。
西垣「おい! やめろって‼ 離せよ‼」
抑えられた西垣、声を上げる。
静「…………」
静、悲しそうに見つめる。
そこへ黒い車がやって来て、花田が降りてくる。
西垣「あ⁉ アイツ、政治家の……!」
花田「ちょっと通してもらえるかな?」
ギャラリーを抜けて、警官に声をかける花田。
西垣「アンタ、何やってんだ! 下がってろ‼」
草野の抑えを振りほどいた西垣、大股で花田に近寄る。
静もそれに続く。
花田「なに、私が発案した憑き人排除運動の一番手だという報告を受けて視察に来たんだよ。悪かったかい?」
西垣「悪いも何も、危ねぇから帰れってんだよ! 巻き込まれてぇのか⁉」
静「状況は緊迫しています! 我々も初めてのことばかりで、安全は保障できません!」
2人が花田の前に立つと、続々と報道陣がやって来る。
西垣、舌打ちをして
西垣「あれもお前が呼んだのか?」
花田「もちろん。見せしめは大事でしょう? ストレスの塊である憑き人なんて、居ない方がいいんだから」
ほくそ笑む花田。
ガレン、花田を睨む。
目が合った花田、体を震わせる。
ガレン「この野郎……!」
ガレンが呟くと、辺りに突風が起きる。
再び逃げ惑う人々とざわめく草野たち。
報道陣が準備をしていたカメラやマイクも巻き込まれていく。
静「(しゃがみ込んで)きゃあっ!」
草野「な、何だ⁉」
各々が顔を背ける中、薄目を開けた西垣、
西垣「まさか……アイツの能力か⁉」
突風の中央にはガレンの姿。
しがみついてくる花田を振り払う西垣。
静「あれは‼」
静、突風に紛れる白いオーブを発見し、指をさす。
白いオーブは吸い込まれるようにして花田の中に入ると同時に、突風も落ち着き、やがて止む。
宙を舞っていたカメラやマイクが地面に叩きつけられる。
顔を上げ、驚く一同。
西垣「(花田を見て)お前……」
花田、小さく舌打ちをして
花田「え、ええ〜⁉ 今、私の中に変なものが! ちょ、ちょっと! どうにかしてくださいよう!」
とわざとらしく慌てると、それを睨むガレン。
ガレン「往生際が悪ぃな。憑き人の能力ってのは、体を完全に乗っ取らなければ開花しねェんだよ」
ガレンの言葉に視線を花田を戻す草野たち。
草野「つまり?」
西垣「コイツも主人格のフリをしていたってことか?」
草野、西垣を見て
草野「コイツ、も?」
西垣「あ、いや……」
とそっぽを向いて
西垣「待てよ? この場合、主人格のフリをしていたとはいえ、憑き人が同族であるはずの憑き人を排除しようとした……ってことになんのか? 何で?」
草野「そりゃあ、この世界を独り占めしたいとか、そういうンじゃないのか?」
西垣「……お前に聞いた俺がバカだったわ」
花田、冷や汗をかきながら
花田「な、なんだね⁉ 誤解だ! 誤解なんだよ!」
必死に否定し後ずさる花田とにじり寄る警官たち。
ガレン「ウソはよくねぇよ」
走り出す花田を
草野「逃がすな! かかれ!」
と取り押さえる草野と警官たち。
花田「やめろ! くっそ、離せぇっ‼」
花田、目と髪の色を変えて憑き人になり暴れるも連行される。
それを見送る西垣と静。
ガレンは天を仰ぐ。
夕焼け空が広がっている。
〇夕焼け空
カラスの声。
○住宅街・アパートまでの道中(夕方)
自動販売機の前で飲み物を選んでいるガレン。
カフェオレとブラックコーヒーで迷っている。
ガレン「…………」
カフェオレを購入し、寂しげに歩き出す。
蓋を開けて
ガレン「(一口飲んで)甘ェ……。甘ェよ、カズ……」
× × ×
(フラッシュ)
苦しそうに胸に手を当てたカズ、微笑んで
カズ「あとは任せたよ、ガレン」
× × ×
ガレン「(俯いて歩く)」
もう一口カフェオレを飲むと、アパートの前に着く。
立ち止まるガレン、暫くアパートを眺めている。
ガレン「…………」
目を伏せて立ち去ろうとすると、
雪「おかえり」
とエプロン姿の雪。
一瞬だけ目を丸くしたガレン、視線を逸らして再び去ろうとする。
雪「(優しい顔で)ここに居てもいいんだよ」
ガレン、振り返って雪を見る。
雪「アタシの娘、静って言ってね。警察官なんだ」
とスマートフォンを取り出し、ガレンに近付く。
雪「憑き人って、悪いヤツばかりじゃないんだね」
ガレンの肩を叩いた雪、笑顔で立ち去る。
ガレン「…………」
ガレン、その後ろ姿を見つめて微笑む。
カフェオレをグッと飲み干して、部屋に向かう。
〇警視庁・小部屋(朝・後日)
『憑き人事件捜査本部』と手書きされた看板が立てかけられている。
アナウンサー「おはようございます。昨日、渋谷区路上で起きた憑き人事件に関与したとして議員の花田勝二容疑者が逮捕されました」
流れるニュースを見ている西垣。
アナウンサー「花田容疑者は調べに対し、常に暴れたい衝動があった。普段は主人格のフリをして過ごし、他の憑き人の意識を乗っ取って暴れることで、それを緩和していた。いずれはこの国の支配者になるつもりだった。と供述しており、容疑を認めています」
ソファに腰掛けた静、
静「ガレンって、この本に出てくる妖精の名前だったんですか……」
と絵本を捲る。
静「人間と仲良くなった妖精ガレンは、消えていった人間の言葉を胸に平和を唱え、醜い争いを終わらせました。その後、人間と妖精が互いに助け合う世界が生まれ、みんなはいつまでも幸せに暮らしました。おしまい」
と音読すると、西垣はテレビを消して
西垣「架け橋になってもらおうじゃねぇか。アイツも俺たちの仲間だ」
頷く静。
そこで部屋のドアからノック音。
静「はーい」
と、静が近付くと勢いよく開く扉。
ショートケーキの乗った皿を片手に草野が入ってくる。
草野「やあやあ、西垣くん。調子はどうかな?」
西垣「(嫌そうな顔で)草野……。何の用だ?」
静、鼻頭を抑えて立ち上がり、
静「いったぁ~」
背中を向けていて気付かない草野、西垣との言い合いに必死。
草野「後輩ちゃんから、超、超、超! 美味しいショートケーキをもらったんでな」
西垣「お裾分けか? サンキュな」
草野「バカか。見せびらかしに来たんだよ」
静、やや大きな声で
静「いたぁーい!」
西垣、草野越しにふくれっ面の静に気付きながら
西垣「おーそうかそうか。暇なんだな」
と言い合いを続ける。
草野「何を言うか! 素直に羨ましいって言えよ!」
西垣「(棒読みで)うーらーやーまーしーいー」
草野「ンの野郎……‼」
睨み合う西垣と草野。
静、ズカズカと間に割って入り、大声で
静「ちょっと! 痛いんですけど⁉」
と草野に迫る。
草野、不審げに
草野「なんだ、転んだのか? そんなに痛いなら診療所に行ったらいい。突き当りを右だ」
とケーキを頬張る。
静「…………」
怒りの静、お説教モードに入る。
その様子をニヤけながら見ている西垣。
そこで、部屋の固定電話が鳴る。
西垣「はい、憑き人事件捜査本部」
静に圧倒される草野を振り返って
西垣「……了解」
と受話器を置いて、
西垣「ほらほら、そこら辺にしとけ。行くぞ」
上着を持って部屋を出る。
静、もの言いたげに
静「はぁい」
と西垣に続いて部屋を出るが、すぐに戻って来て、
静「(草野の持っているケーキのイチゴを取って食べる)」
草野「あ……」
静「(わざとらしく大げさに)うう~ん! 超、超、超! 美味し~い!」
満足そうに部屋を出ていく静。
それを呆然と見送る草野。
テーブルには絵本が置かれたままになっている。
〇カフェテリア・店内(朝)
スーツ姿のサラリーマンやOLに混ざって列に並ぶガレン。
店員「いらっしゃいませ! お次でお並びのお客様、どうぞ~」
手を上げた店員の元へ進んで、
ガレン「あ、えっと。アイスコーヒーをくれ……くだ、さい」
とたどたどしく注文する。
店員「ありがとうございます。砂糖やミルクはお付けいたしますか?」
ガレン「(首を振って)いらねェ、です」
店員、小さく笑って
店員「かしこまりました」
ガレン、不思議そうに店員を見る。
店員「すみません、綺麗な髪と目だなと思って……。あ、お会計350円です」
ガレン「(怪訝そうに)ああ」
ガレンが財布を出すと、店内が騒がしくなる。
見ると、暴れている一人の女。
周囲は混乱し、叫び逃げる人々。
ガレン「……憑き人か」
舌打ちをしたガレン、店員に向かって
ガレン「おい、やっぱり砂糖とミルク付けろ。金は後で払う」
と逃げる人々をかき分けて女に近付く。
店員「え……?」
戸惑う店員は、他の人に押し流されるように店の外へ。
ガレン、女が投げてきた椅子を避け
ガレン「あっぶねェ……」
と壊れたそれを見る。
ガレン「さて、どうすっかな」
女に視線を戻すガレン。
レオ「相手の能力がわからない以上、無闇に手を出さない方がいいと思うよ?」
背後を振り返ると、佇むレオ。
ガレン「……何でお前が居ンだあ?」
レオ「僕がカフェに居ちゃいけない理由があるのかい?」
と壊れた椅子の破片に触れるとそれが元に戻る。
驚くガレン。
ガレン「おい、レオ……」
レオ「ん?」
ガレン、レオが触れる椅子を指さして
ガレン「戻し過ぎだ」
レオが見ると、椅子は木に戻っている。
どこからか飛んできた小鳥が木に止まる。
レオ「…………」
仰ぎ見たレオ、咳払いをして再びそれに触れる。
椅子に戻った所で手を離す。
サングラスを上げたレオ、チラリとガレンを見る。
数回頷くガレン。
2人、暴れ続ける女を振り返る。
レオ、ガレンの横に並ぶ。
ガレン「手を出さない方がいいっつっても、大人しくしててもらわねェとな。……お前も手伝え。西垣のゲンコツ食らいたくなかったらな」
レオ「もちろん、そのつもりだよ。きみが足を引っ張るようなら、その時は赤ちゃんに戻してあげるね」
サイレンが聞こえ、続々とパトカーが到着する。
目を合わせてニヤリと笑う2人、女に向かって走り出す。
《終》