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第19話 あなたにその資格があるの?

九条莉子は静かに、早坂清佳の作り笑いを見つめていた。


山本結菜が数歩前に出て、莉子の目の前で、意地悪く言い放つ。「その格好、まさかここでウェイトレスなんてやってるの?やっぱり早坂家を出たら、あなたなんて何の価値もないのね!」


「今ここで清佳に謝れば、もしかしたらご両親が同情して、小遣いくらいはもらえるかもよ?」山本結菜は口元を押さえて、悪意に満ちた笑い声をあげた。


その声が消えぬうちに、莉子の手が鋭く結菜の頬を打った。乾いた音が響く。


結菜は頬を押さえ、信じられないという顔で叫ぶ。「あんた……よくも私を叩いたわね?」


九条莉子は冷たく口角を上げる。「叩いて何が悪いの?」


廊下の光と影の中、スーツ姿で立つ彼女の姿は、170センチの身長も相まって圧倒的な存在感を放っていた。


「莉子、どうして人を傷つけるの……」と、すかさず早坂清佳が心配そうな声色を作る。


「なぜ叩いてはいけないの?」莉子の鋭い視線が清佳を射抜く。


「お姉さん、あなたは私がなぜ早坂家を出たのか一番知ってるはずよ。今、他人が私を侮辱してもかばいもせず、むしろ私を責めるなんて。清佳、あなたに姉でいる資格なんてない。」


淡々とした声だったが、早坂清佳の心には冷たいものが走った。


清佳は眉をひそめ、莉子をじっと見つめる。目の前のこの威圧感のある女性が、かつて自分の言いなりだった弱々しい妹だったとは信じがたい。あの頃は、少し優しい言葉をかければ、何でも言うことを聞いてくれたのに。


「莉子、誤解よ。結菜はただ思ったことを言っただけで、悪気なんてないの。」清佳は弁解する。


「悪気がない?」莉子はさらに一歩踏み出す。「こんなふうに私を侮辱できるのは、誰かが後ろ盾になってるからでしょ?それとも、彼女が言ったことが、結局あなたとご両親の本音ってこと?私は早坂家の都合のいい道具、必要なときだけ呼ばれる存在?」


莉子の言葉は刺さるように清佳に向けられた。


西尾夏樹がすぐに清佳の前に立ちふさがり、きつく言い放つ。「莉子!清佳は君のお姉さんだろう?そんなに詰め寄ってどうするつもりだ?」


彼は得意げに続ける。「君が僕と結婚できなかったこと、まだ気にしてるんだろうけど……でも、あの日のあの騒動を見てもう君とは無理だよ。」


その言葉に、莉子はおかしそうに夏樹を見つめ、ふいに顔を背けて本気でえずいた。


まるで彼が汚れたものでも見るかのような仕草だった。


夏樹の顔はみるみるうちに険しくなる。


莉子はゆっくり体を起こし、口元を軽く拭って冷たく言う。「ごめんなさい、あなたを見ると本能的に吐き気がするの。」


「婚約は守ると言いながら、裏では“お姉さん”と関係を持ってたんでしょ。思い出してみて、あの夜、みんなで海城に行ったときじゃない?」


その瞬間、早坂清佳と西尾夏樹の顔色が一変した。


「莉子!」清佳が鋭く叫ぶ。


莉子は隣で固まっている山本結菜に視線を向け、皮肉っぽく笑う。「結菜、あの時清佳と同じ部屋だったわよね?でも清佳、何か理由をつけて外に出て……西尾くんと会ってたんじゃない?どう、結菜、あの夜何か変な音とか聞こえなかった?」


結菜は一瞬きょとんとしたが、何かを思い出したように目を見開き、清佳を驚きの表情で見つめた。


「違う!嘘よ!私と夏樹お兄ちゃんはただの友達だったの!彼は私のこと妹だと思ってたの!」清佳は涙を浮かべ、西尾夏樹の胸に倒れ込む。


莉子はさらに清佳のそばにいた中村美咲に目を向ける。「それから、美咲さん、あなたもよね。元カレに振られたのは、あの時清佳が関わってたからじゃなかった?」


「もうやめろ!」西尾夏樹が激しく声を上げて割り込んだ。「清佳はもうこんなに傷ついてる。これ以上何がしたいんだ、莉子!君はなんてひどい女だ!」


莉子は肩をすくめ、冷ややかに清佳を見つめる。小さな声だったが、その響きは鋭かった。


「清佳、過去のことを全部暴かれたくなければ、自分と周りの人間をしっかり管理して。二度と私に関わらないで。」


「それと、早坂国雄さんと雅子さんにも、もう私にちょっかいを出すなって伝えて。さもないと……」莉子は身を少し乗り出し、低い声で言い放つ。「みんなで一緒に地獄を見ましょうか。どっちが恥をかくか、楽しみにしてる。」


その迫力に、山本結菜も顔の痛みを忘れ、思わず一歩後ずさって道を空けた。


清佳は夏樹に寄りかかり、顔色が真っ青になっていた。廊下にはようやく莉子のための道ができる。


莉子は迷いなくその場を通り抜け、エレベーターへと向かった。振り返った瞬間、閉まりかける扉に、清佳の憎しみに満ちた目がはっきり映る。


莉子は挑発的に口元を上げ、無言で「待ってるわ」と唇を動かした。


エレベーターが下がる。外の騒がしさから隔絶された空間で、四年前、冷たい海に沈んだ絶望と家族に捨てられた痛みが、また胸を締めつける。失われた記憶の中で、松本老人の優しさに救われ、もう過去を忘れられると思った時期もあった。


けれど、早坂家は彼女を手放そうとはしなかった。


ならば、彼らが自らの仮面を剥がされる覚悟もしてもらおう。


廊下の反対側。


「夏樹お兄ちゃん、頭がクラクラする……」清佳は夏樹にしなだれかかり、弱々しくつぶやく。


「心配しなくていいよ。すぐ連れて帰るから。」夏樹は優しく彼女を抱き上げた。莉子が現れた途端、こんなにも清佳を傷つけるなんて。あの夜のことはただの事故だった。だからこそ、彼はずっと清佳に負い目を感じている。


最後にエレベーターの方を冷たく一瞥し、清佳を抱え、もう一台のエレベーターへ向かう。


山本結菜はその場で呆然と立ち尽くし、隣の中村美咲の袖を引いた。「九条莉子って……あいつ、頭おかしいんじゃない?」


美咲は鼻で笑い、彼女の肩を軽く叩いた。「気にしないの。あの女、元からろくなもんじゃないし、偽善者ってやつよ。まさか一発叩かれたぐらいで、あの人の話を信じたわけじゃないでしょ?」


数人は笑いながら去っていく。結菜も迷いながら、その後を追った。


*


九条莉子がテラスに戻ると、九条直樹がすでに待っていた。


夕陽に照らされた彼のシルエットは、柔らかい光に包まれている。清佳たちを言い負かしたばかりの莉子は、気分よく軽やかに彼のもとへ歩み寄った。


立ち止まると、直樹が振り向く。


「ずいぶん時間がかかったね。」彼は莉子に視線を向けた。


「ちょっと“懐かしい顔”に会っただけよ。」莉子は軽く答える。


直樹はそれ以上何も聞かず、自然な仕草で彼女の腰に手を回し、そっとエスコートした。


*


夜が深まり、グランドハイツ霞ヶ関に戻ると、莉子はそのまま洗面所へ向かった。


書斎の柔らかな灯りの下、直樹はパソコン画面に目を落とす。そこには鈴木潤から送られてきた監視カメラの映像が再生されていた。


すぐに鈴木潤からメッセージが届く。


「直樹さん!ずるいですよ、こんな美人の奥さん、僕たちにも紹介してくださいよ!」

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