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第11話 ランキングブレイカー

  人間の女が美しくて眩しく見えていた。けれど、同じ種族でない自分は、受け入れるどころか、気づいてもらえないこともわかっていた。


 ただ、気づいてもらいたかった。その裏返しの軽い気持ちでいたずらを繰り返して、その結果、あんな表情をした人間がもっといたと思うと、悔やまれた。だが、悔やんだところでどうしようもない。妖狸は顔を上げた。


「そこの三つ編み……の、えっと、お嬢!」


 私と妖狸の目が合う。妖狸の顔が赤い。そして、尻尾がソファの上でぴょこぴょこと左右に移動していた。


「悪かった。挽回させて欲しい。償いたいんじゃ。お嬢。さっきわしが接した感じだと、よく妖怪に絡まれるんじゃないか?」

「うん……」

「わしは強力な妖怪てわけじゃないから、全てに立ち向かうことはできん。しかし、できる限りお嬢の手助けをしたいんじゃ。心配せんでも、ある程度は自分で妖力も使える。指示を待たんと動けるわい。だから、お主の式神にしてくれんか?」


 これが反省した妖狸の誠意なのだろう。


「いのりさん。先に説明しておきますが、式神は死別を除いて、主側にしか契約の解除ができないので、主に害をなすことはもちろん、裏切ることはできません。基本は主が必要な時に呼び出すものですが、妖狸なら、ずっとそばにいても自分で目立たないようにできると思います。この学園にも、他に式神契約者がいますよ」


 妖狸の決意表明を見てもまだ迷う私に、莉久が淡々と教えてくれた。


「わかった」


 私は返事をした。美蘭様から離れ、人差し指で目元を拭う。みんなが心配してくれている。だから、大丈夫だ。新米の「し」の字にもなれていないけど、私だって生徒会役員だ。他の生徒の困り事を解決する必要があるし、その過程で私が困れば頼れる人たちがいる。


「私から離れられんくなるけど、いいとね?」

「上等じゃ!わしの寿命は人より長い。縛られておる期間など、一瞬じゃ」

「よろしくお願いします」

「よろしゅうに。お嬢」


 私は妖狸の元へ行き、目の前に立って手を差し出した。妖狸の小さな手がぴょこっと乗せられた。


「けど、式神にするにはどうしたらいいんか、わからんわ」

「なんやお嬢。そんなパンパンな力があるのに自分で扱えんのかい」

「そうやけど」

「なんや不便じゃなぁ!こやつらが言ってた自分で使役できないっちゅうのは、式神初心者だからと思っとったが、そういうことか」


 むーと唇を尖らせる私とは逆に、妖狸は尻尾でソファを叩いて笑った。


「契約については、高久が誘導してくれるはずですわ」

「任せてくれ。式神はおれも持ってないが、勉強はしてある」

「さすが霊術科エースのひーくんだねー」

「みんな式神持っとらんの?」


 色々できそうな生徒会役員たちなので、ふと疑問が湧いて尋ねたところ、ミカミが答えた。


「式神は、霊術師が持つことが多いからねー」

「霊術?何かみんな色々技使えるやん?何か違いがあると?」

「まだ授業進んでないから、いのりんは知らないんだね。最初に紹介で、僕らの所属クラスを言ったの覚えてる?」

「うん。参謀科と霊術科と霊武科やろ?」

「そうそう。霊武科は、武器を介して霊力を技として放つんだよ。武器は霊力で形にしてる人と、武器を鍛治職人に作ってもらって使う人がいるかな。霊術科の人たちは、武器なしで霊力を技として使える。霊武師は武器があるから、式神契約しなくてもいいんだよ。たまに、武器に棲む付喪神と契約してる人はいるけどね。ロールプレイングゲームでいうと霊武科が魔剣士とかで、霊術科が杖無しでも戦える魔法使いかなー」

「ロールプレイングゲームせんけん、例えがあんまピンとこん……」

「えー!いのりんゲームしないの?面白いのに勿体ない」

「ゲームはするけど、パズルとか育成とか」

「まあ、パズルは僕もやるけど。今度僕がやってるロープレゲーム、一緒にやろー?」

「えぇー……」

「ちゃんと教えるからさ。手助けもするし」


 ミカミはニコニコしているが、正直自分で操作をして戦っていくアクション系ゲームは、難しくて性に合わないため、乗り気になれない。


「姉上以外、みんなやってるよー。ひーくんは幽霊部員で、あんまり来ないけど」

「おれは忙しいんだ。だいたいミカがアプリを勝手にインストールして、無断でおれを登録したんだろ。他の人にはそんなことするなよ」


(果たしてそれはいいとかいな?)


 呆れている会長に窘められ、「分かってるってばぁー」と、ミカミは呑気に返している。悪いことをした自覚は無さそうだ。


「チームプレイ可能なところにミカミが入れば、基本どこにでも行けるって、前に莉桜が言ってましたね」

「ミカミって、そげん強いと?」


 莉桜は、うんうんと頷いている。疑問には、莉久が答える。


「強いって言うか、ミカミは手をつけたゲームを必ず落とす、ランキングブレイカーなんですよ」

「はぁ?」


(なんそれ。意味わからん)


「何させても勝つし、ランキングがあるなら必ず一位です。ゲーム会社はもちろん、ゲーマーの間では有名で、結構恐れられてるみたいですよ」

「いのりん、僕のこと見直した?」

「もう!近いってば!だいたいゲームで見直してどうするとよ」


 ミカミが肩に手を回して引き寄せ、腕に閉じ込められたため、彼の胸に手をついて引き剥がそうとした。


 さっきも思ったが、ミカミは細身の癖に圧倒的に私より力が強いし、強靭だ。女子の扱いは心得ているから力加減が全く痛くないのだが、振りほどけない。これが男子たる証拠か。ゲーマーなら運動量は少ないだろうに、何か腹立たしい。


 ゲームの話題で盛り上がっていると、妖狸が会話を切ってきた。


「こら、お嬢!自分のことじゃろ!遊んでないで、やり方知らんなら話を聞いておかんかい」


 いつの間にか事務用の長テーブルに妖狸が移動しており、前足でぺちぺちとテーブルを叩いている。そばに会長や美蘭様がいて、契約の説明か何かしてたらしい。


「あ!は、はいぃ!」

「いのりん、行く前にスマホ貸して」


 ミカミが腕の力を緩め、手の平を私に差し出した。


「い、や!ミカミ絶対ゲーム勝手に入れるでしょ」


 ペシっと叩き返して、私は妖狸の元へ移動した。渡したが最後、ミカミにはパスコードなど通用しない気がする。後ろから彼の緊張感のない声が追いかけてきた。


「じゃあ後でねー」


(諦めてないんかい。さっき会長から、他の人のスマホに勝手にアプリ入れるなって言われてなかった?)


 ガクリと頭を垂れ、式神チームに合流した。妖狸がミカミを見て怪訝な顔をしている。


「なんじゃあの小僧は。わしが言うのもどうかと思うが、好き放題じゃの」

「あー、すまない。ミカはここで過ごしてもらうだけが役割みたいなところがあるから」


 会長は苦笑い、美蘭様は手の甲をこめかみに当ててため息をついた。


「私は何ばしたらいいとですか?」

「式神契約の方法はいくつかあって、おれが知ってるのはこの通りだ」


 会長は、近くに寄せられていたホワイトボードの前に立った。整った字で、既に書き込みがされている。


 ①主が式神に、霊力でマーキングをする

 ②主と式神の間に霊力で糸のようなものを通し、結び目を作る

 ③召喚の陣で呼び出して、応じてもらう(自動契約)

 ④札に主と式神の血を混ぜる

 ⑤式神に霊力の縄や鎖をかけて縛る


 「なんじゃ、読めん」と妖狸が言うので、会長は指で示しながら一つ一つ読み上げた。


「この中のいくつかはわたくしも知っておりましたけど、⑤は初耳ですわね。些か……乱暴に思いますわ」

「⑤は、イレギュラーだ。我々の業界でも、あまり好ましく思われてない。凶暴化した怪異を鎮圧する以外でこの方法を使うのは、ろくでもないやつだろう。霊力使用の教育課程で、聞いたにすぎない。だから、おれも具体的な方法は知らされていない」

「当然といえば当然ですわね」

「ああ。①から③は、現在の穂社くんには難しいだろう。今回は④を使う」

「混ぜるって、どんだけ出せばいいとですか?」

「何やお嬢。びびっておるんか?」

「悪い?」

「可愛えーのぉ」


 妖狸は口元を手で押さえ、ニヤニヤしている。腹立たしいやつめ。私は頬を膨らませた。


「針で指を刺して出るくらいでいいのではないかしら?混ざればですから、そんなにたくさん必要だと思えませんわ」

「ランの言う通りだ」

「針なら、カバンにミニ裁縫セットがありますから、わたくしが貸せますわ」

「さすが美蘭様……」


 私は両手を口に当て、キラキラした目で美蘭様を見た。彼女は移動し、一人掛けソファのカバンを開けた。複数人用のソファでは、ミカミたちが固まって座り、スマホを寄せあって操作している。ゲームでもしているのだろう。


「本当は火で炙るべきなんでしょうけど、ここにはありませんから、気休めですがお湯に少し付けましょう」

「あ、あ!私がやります、美蘭様」

「そう?じゃお願いしますわ、キティ」


 慌てて移動し、来客用の湯呑みを出してポットから少しお湯を出した。美蘭様からまち針を受け取る。針と反対側に、プラスチックの小さな花が付いていて可愛い。


「湯気で火傷しないよう、気をつけませね?」

「はい」


 お花の部分を摘み、針を少しお湯につけ、ティッシュで拭き取った。戻ると会長はキャビネットの引き出しから、筆ペンと短冊のような紙、救急箱を取り出した。


「本当は契約用の札がいいんだろうけど、本格使役じゃないから簡易的にやろう。穂社くん、この紙の上に血をつけてくれ」

「はい」


 私は親指に針を刺し、血が出てきたところで紙に押付けた。小さな血の染みが紙につく。妖狸は前足を持ち上げ、「あー」と言って口を開けると、犬歯で少し手を引っ掻いて私の血の上に手をついた。二つの血が重なる。私はハンカチでまち針の先を拭き取り、美蘭様に一旦返した。


「そしたら、おれの言葉を同じように読み上げてくれ」


 私は頷き、会長の言葉を真似した。


「私、穂社 いのりは妖狸を式とし、この血をもって契約締結を望む」

「我は其を主とし、その生の続く限り契約を全うすることを誓う」


 妖狸が私の後に唱え、紙が浮かんで青色に光る。


「うわ!」


 急に光ったからか、ソファの方から驚きの声が上がった。光はすぐにおさまり、紙は消えた。


「式神契約は無事上手くいったようだ」


 会長は頷き、私の手を取って、救急箱に入っていた絆創膏を巻いてくれた。


「良かったな。お嬢!」

「そのお嬢っての、どうにかならんと?パートナーになったんやろ。私は穂社 いのりだよ」

「分かった。いのりじゃな!」


 妖狸は私の腕を伝い、肩に乗っかった。小さくて動くぬいぐるみのようで可愛い。


「あ、そういえば血!」


 制服を見たが、妖狸の血の跡はない。


「わしの手か?妖力で傷口は塞いだぞ」

「そんなことできるんだ……」

「時に、わしゃあ、常にいのりについて回って問題ないんか?」

「学校で式神を出すのは、校則違反にならないぞ。一般の生徒には見えないし。筆記テスト中は、不正を防ぐために禁止だが」

「ほーぉ。だったら、わしにちょっと考えがあるんじゃが、協力してくれんか?」

「ん?」

「ちょっと耳ば貸すんじゃ」


 妖狸は会長の肩に乗り、後ろ足で立った。何か言われたのか、私と美蘭様に背を向け、少し離れた。


「コソコソコソコソ」

「あー……」

「いい考えじゃろ?」

「この場では、なんとも言い難いな。一応打診はしてみるが」

「上手くいったら、兄貴と呼んでやらんこともないぞ」

「いや、別にそれはしなくてもいい」


 二人の話がよく分からない。私と美蘭様は顔を見合せて、美蘭様は肩を竦め、私は首を傾げた。会長がすぐに断らなかったところを見ると、妖狸の発案とやらは変なものでは無いのだろう。


「式神契約終わったの?」

「うん。終わったよ」


 ミカミがこちらに来た。


「ふーん。あんな光が出るなら、先に言ってよ、ひーくん。驚いたじゃん」

「悪いな」


 その時、チャイムが鳴った。時計は午後六時だ。


「今日は解散だな。今日は、ミカが穂社くんを護衛してくれ」

「んー。まあいいけど」

「護衛はありがたいっちゃけど、ミカミは参謀科やろ?戦略はともかく、怪異と戦えると?」

「いのりんー?聞き捨てならないなぁ。僕のこと戦力外だと思ってる?」

「いや、そこまでは言ってない……」


(しまった)


 近くにいるのに油断していた。ずいっと距離を縮め、ミカミは私の頬を掴む。妖狸が会長から私の肩に移り、「ふんっ」と言って片手は尻尾で弾いてくれた。


 ミカミは私の額に、自分の額を強めにつけてきた。


「痛っ!」

「いのりんのお望み通り、逃げたり敵を撒く方法は考えてあげようか?」


 にっこりしているが、ちょっと怒っているようだ。


「ミカ、それ以上はやめろ。穂社くんを振り回すな。それに、ランから怒られるぞ」


 ミカミの後ろ襟を掴み、会長が引き剥がした。私は少し痛む額を手で押さえた。


「穂社くん。心配しないでいい。ミカは霊武が使える」

「そうなんですか?」

「ミカが参謀科を選んだのは、霊武科よりは楽そうだからだそうだ。戦略適性があるのは確かだが」

「ええー……」

「だって、霊力の実技とか面倒そうじゃん」

「ホントふざけた小僧じゃの」


 妖狸も私も呆れた。素質があるのに伸ばさないのは、勿体ない気もする。


美神メイシェン


 ミカミはビクッとして、背後を振り返る。


「あ、姉上」


 美蘭様は、ミカミの両腕を掴んだ。


「良いですわね?わたくしはレッスンの課題があるから先に帰りますけど、ちゃんと護衛するのですわよ?わたくしがいないからと、キティに変な手出しをしてはいけませんからね。それから、いつもの調子で近づきすぎないこと」

「はい!承知してます、姉上」


(圧がすごい)


 あの美蘭様が凄むと、ミカミでも逆らえないのかと思った。飄々としている彼が、生徒会役員の中で、唯一真剣に返事をするのは美蘭様だけだが。


(ミカミのあの距離感は、天性のものっぽいんやけど、本当に大丈夫とかいな)

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