目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Epilogue: Black Out and New World(1)

 ティロリロリロリン、ティロリロリロリン。

 着信を告げる音に目を覚まし、んん、と唸りながら起き上がって応答ボタンを押した。



「ぁい……」

『おはよー、美郷みさと! ねえ、『永遠の花園』の大型アプデ終わってるよ!』



 その言葉にあたしはガバリと身を起こし、信じられないというようにスピーカーフォンに切り替えながらおもわず叫んだ。



「……えっ! マジ⁉ エイハナの大型アプデって、何かトラブル起きて延長されてたんじゃなかった? 終わったの?」

『マジマジ! さっき通知きてたし、ログインできたよ』

「やば! 早くやんなきゃ! ……って、ごめん、あたし今日仕事だ……」

『あはは! 一緒、一緒~。わたしも朝から大学とバイトだから、今夜暇なら一緒にやろーよ』

「あ~~~マジで優子ゆうこ女神様……! え、どうする? 通話しながらやる? うちでやる?」

『明日休みだから泊まっていい? わたしもまだ攻略キャラ見てなくてわっくわく!』

「えーーー、マジか! あたしも明日休みだし、絶対定時退社するわ。絶対! で、朝までやり通そう! 推しルートにいけるまで終われまテン!」

『いいじゃ~ん! え、じゃあさ、攻略キャラ見るのも一緒にやろ?』

「もちろんオッケー! てかむしろそうしたい! 一人で見たら過呼吸になるって」



 電話の向こう側で優子が爆笑している声を聞きながら、あたしは「マジだって!」と笑う。



「隠しルートの京一郎きょういちろう様が出てきた時なんかあたしガチで過呼吸になったんだから!」

『知ってる、覚えてるってばぁ。結局、大型アプデまでに京一郎様ルートいけたの?』

「え、いけた気がする。夢、じゃなければ! あ、待って、ログインだけしておくね。……えっと……あ、京一郎様のエンディングまでいってるわ、やっぱ! はあぁ、もう最高だったぁ……他の誰ともちがう『The 王子様』って感じだし、宗一郎そういちろうがいるからって身を引いて一途に主人公を愛してくれてて……だからこそこのルートに到達できた時の多幸感やばかった……」

『すごいじゃん! あ、ルートのネタバレなしね! わたし結局まだいけてないから!』

「マジ? 最高だから早く頑張ってー! めっちゃ語りたい!」



 あたしは時計に目をやって、やば、と呟く。



「そろそろ支度しないと遅刻しちゃうから、また夜にね!」

『オッケー、わたしも支度しないと……あー、大学もバ先も滅べばいいのにぃ』

「わかるけど、会社があるから推しに貢げてるんだよぉ、優子。推しのためにガチで給料アップ目指して働こうね~?」

『それなー。じゃ、またあとでー』

「はーい、お互い頑張ろうねー」



 電話を終え、あたしは充足したような気分でぐうう、と背を伸ばした。長い髪が少し首に絡まっているのをほぐしてブラシで梳いて、ふわりとあくびをこぼす。



(ふーん……次の主人公は『伊崎鈴音いざきすずね』か。……あれ? どこかで聞いたような……)



 しゃこしゃこと歯ブラシで歯を磨きながら、こてんと首を傾げる。

 何となく、どこかで聞いたような気がする名前。



(まあ、テレビか何かで似たような名前聞いただけでしょ。よくありそうな名前だし。えー、ビジュめっちゃ可愛いんだけどー! 理知的で完璧主義な「高嶺の花」って感じの櫻子とは対照的な雰囲気じゃん。櫻子は綺麗系だったから、今度は可愛い系で攻めてく感じなのかな? うわ、攻略キャラも気になるけど、いまは我慢我慢……優子と合流したら見ようっと)



 今日は夢見がよかった。

 どんな夢だったか覚えていないけど、大好きなキャラと会えたような、そんな気がする。気がするだけで、本当は全然ちがう夢だったかもしれない。

 だけど、気がするだけで充分だ。

 それだけで今日もしっかりと働いて稼いで推しに貢げるのだから!



「あー、服どうしよっかな。……んー、さすがにまだノースリ一枚じゃ寒いよねぇ。てか、会社結構冷房効いているし……」



 黒のハイネックノースリーブとストレッチタイプの淡く青いベルボトムジーンズを合わせ、暑すぎず寒すぎずな淡い青のフリルアームボレロを重ねて出勤用のトートバッグの中身を確認しておく。化粧は万端、化粧直しの道具もしっかり入っているし、予備のヘアゴムとシュシュもオーケー。モバイルバッテリーやステーショナリー、それからエチケットポーチの内容物の有無も確認して、ジジッとチャックを閉める。



「さーてと、行ってきます!」



 あたしは「歩きやすい、足が疲れない」と人気のシリーズの青いパンプスを履いて家を出た。



「今日も推しのために稼ぐぞー!」



 何だか今日は気分がいい。機嫌もいい。

 よくわからないけれど、きっと、それはしあわせな夢のおかげ。

 今日もあたしは大好きなゲーム開発に携わりながら、大好きなゲームをプレイして、大好きな親友と遊ぶ。たまに、ちょっと気になってる先輩の仕事ぶりをこっそり見たり、できればお食事に誘えたら、なんて考えたりして。

 それだけでしあわせだ。

 それ以上なんてなくても大丈夫、大丈夫。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?