ティロリロリロリン、ティロリロリロリン。
着信を告げる音に目を覚まし、んん、と唸りながら起き上がって応答ボタンを押した。
「ぁい……」
『おはよー、
その言葉にあたしはガバリと身を起こし、信じられないというようにスピーカーフォンに切り替えながらおもわず叫んだ。
「……えっ! マジ⁉ エイハナの大型アプデって、何かトラブル起きて延長されてたんじゃなかった? 終わったの?」
『マジマジ! さっき通知きてたし、ログインできたよ』
「やば! 早くやんなきゃ! ……って、ごめん、あたし今日仕事だ……」
『あはは! 一緒、一緒~。わたしも朝から大学とバイトだから、今夜暇なら一緒にやろーよ』
「あ~~~マジで
『明日休みだから泊まっていい? わたしもまだ攻略キャラ見てなくてわっくわく!』
「えーーー、マジか! あたしも明日休みだし、絶対定時退社するわ。絶対! で、朝までやり通そう! 推しルートにいけるまで終われまテン!」
『いいじゃ~ん! え、じゃあさ、攻略キャラ見るのも一緒にやろ?』
「もちろんオッケー! てかむしろそうしたい! 一人で見たら過呼吸になるって」
電話の向こう側で優子が爆笑している声を聞きながら、あたしは「マジだって!」と笑う。
「隠しルートの
『知ってる、覚えてるってばぁ。結局、大型アプデまでに京一郎様ルートいけたの?』
「え、いけた気がする。夢、じゃなければ! あ、待って、ログインだけしておくね。……えっと……あ、京一郎様のエンディングまでいってるわ、やっぱ! はあぁ、もう最高だったぁ……他の誰ともちがう『The 王子様』って感じだし、
『すごいじゃん! あ、ルートのネタバレなしね! わたし結局まだいけてないから!』
「マジ? 最高だから早く頑張ってー! めっちゃ語りたい!」
あたしは時計に目をやって、やば、と呟く。
「そろそろ支度しないと遅刻しちゃうから、また夜にね!」
『オッケー、わたしも支度しないと……あー、大学もバ先も滅べばいいのにぃ』
「わかるけど、会社があるから推しに貢げてるんだよぉ、優子。推しのためにガチで給料アップ目指して働こうね~?」
『それなー。じゃ、またあとでー』
「はーい、お互い頑張ろうねー」
電話を終え、あたしは充足したような気分でぐうう、と背を伸ばした。長い髪が少し首に絡まっているのをほぐしてブラシで梳いて、ふわりとあくびをこぼす。
(ふーん……次の主人公は『
しゃこしゃこと歯ブラシで歯を磨きながら、こてんと首を傾げる。
何となく、どこかで聞いたような気がする名前。
(まあ、テレビか何かで似たような名前聞いただけでしょ。よくありそうな名前だし。えー、ビジュめっちゃ可愛いんだけどー! 理知的で完璧主義な「高嶺の花」って感じの櫻子とは対照的な雰囲気じゃん。櫻子は綺麗系だったから、今度は可愛い系で攻めてく感じなのかな? うわ、攻略キャラも気になるけど、いまは我慢我慢……優子と合流したら見ようっと)
今日は夢見がよかった。
どんな夢だったか覚えていないけど、大好きなキャラと会えたような、そんな気がする。気がするだけで、本当は全然ちがう夢だったかもしれない。
だけど、気がするだけで充分だ。
それだけで今日もしっかりと働いて稼いで推しに貢げるのだから!
「あー、服どうしよっかな。……んー、さすがにまだノースリ一枚じゃ寒いよねぇ。てか、会社結構冷房効いているし……」
黒のハイネックノースリーブとストレッチタイプの淡く青いベルボトムジーンズを合わせ、暑すぎず寒すぎずな淡い青のフリルアームボレロを重ねて出勤用のトートバッグの中身を確認しておく。化粧は万端、化粧直しの道具もしっかり入っているし、予備のヘアゴムとシュシュもオーケー。モバイルバッテリーやステーショナリー、それからエチケットポーチの内容物の有無も確認して、ジジッとチャックを閉める。
「さーてと、行ってきます!」
あたしは「歩きやすい、足が疲れない」と人気のシリーズの青いパンプスを履いて家を出た。
「今日も推しのために稼ぐぞー!」
何だか今日は気分がいい。機嫌もいい。
よくわからないけれど、きっと、それはしあわせな夢のおかげ。
今日もあたしは大好きなゲーム開発に携わりながら、大好きなゲームをプレイして、大好きな親友と遊ぶ。たまに、ちょっと気になってる先輩の仕事ぶりをこっそり見たり、できればお食事に誘えたら、なんて考えたりして。
それだけでしあわせだ。
それ以上なんてなくても大丈夫、大丈夫。