……夢を見ていた気がする。
とてもやさしくて、温かな夢を。
キラキラと眩しいスポットライトを浴びながら歌って、誰かに、たくさんのひとに認められて、ようやく両親が私を見てくれて、やっと愛してくれて──
だけど、それは夢に過ぎない。
所詮はそんなもの、くだらないもの。そう言って吐き捨てられたもの。
現実の両親は私の夢を「くだらない」と吐き捨てた。そんなものに価値はないと。
私が大切にしてきたものを、土足で踏みにじった。
魔法がちょっと使えるから何? 他のひとより魔法の扱いが上手いから何? 魔法じゃえがけない世界だってあるのよ。愛嬌がないってだけで、私は無価値なの?
「……朝? ああ……目覚めてしまったのね。夢は夢よ。叶わぬ夢。……もう誰かに期待するのはやめたの、期待なんてしたって痛いだけだもの」
私は自分を鼓舞するように頬を叩いて、パチンと指先を鳴らして部屋に明かりを灯した。
魔法が使えたって、認めてもらえない能力なら意味がない。
カイラ姉さんは、マキナは、ちょっと魔法の扱いが上手くて私より愛嬌があるってだけで、あんなにもあっさりと認めてもらって、愛されて、抱きしめられていたのに、ただ私だけが認められない。
姉妹の誰よりも魔力が強くて、強大な魔法だって使えるのに、ただ私が口下手で不器用で愛嬌が足りないというだけで愛されるに値しない存在になり下がった。
それがどれほどの痛みだったことか。
夢を見る前、いえ、夢の中だったのかな。誰かが私を認めてくれたの。
私の歌声を、言葉を、心から褒めてくれた。すばらしい才能だと、唯一無二の贈り物だと。それが誰の声だったのかなんておもい出せないし、いつのことだったかもわからない。
だけど、誰かは認めてくれた。
私を友人だと言ってくれた。
私を愛してくれた。
私を求めてくれた。
記憶にない記憶、だけどそれでも構わない。誰かが私を愛し、認め、求めてくれたといいうだけで私はまだ生きていける。それが夢だったとしても、ただのやさしい夢でしかなかったとしても、私は夢でもいいから愛されたかった。
それが叶ったのだから、これ以上を望みはしない。
……だから、今日も私は言葉を綴る。
誰にもえがけない物語を紡ぐ。
私だけがえがける世界を、つくる。
「アリカ先生~、起きてますかー?」
「……はい」
「おはようございます、アリカ先生。締切前ですけど、進捗確認に来ました。どうですか?」
担当編集者のルカの声で視界がクリアになる。
私はまだ生きている。生きているのなら手を動かせばいい。
手を動かせば、私は私だけの特別な物語を紡いでいられる。
呼吸をしていられる。
「とても素敵なインスピレーションが降りてきたんです。だから、大丈夫ですよー」
「それはよかった! 最近、煮詰まっていると仰っていたから心配だったんですよ」
「ご心配おかけしましたー。もう大丈夫です。私は私ですから。……たとえ夢でも、空想でも、私はそれを書き起こして現実にする力があるので」
「先生の新作を心待ちにしているファンがたくさんいますから、今作も期待してますよ。先生なら大丈夫です!」
「はい、大丈夫です~。忘れないうちに書き出してもいいですかー?」
「もちろんです! じゃあ、僕は紅茶を入れてきますね」
勝手知ったる他人の家、といわんばかりに荷物を置いてキッチンに立つ彼の背を見て、いいなあ、とおもわず目を細めた。好きなことを好きだと言って胸を張っていられることは、何よりも尊いことだ。
私に足りないものを、彼は持っている。
彼に足りないものを、私は持っている。
私たちは、お互いが持たないもので補い合って生きている。
それが小説家になりたかった彼と、小説家になった私のちがい。
そして、私が本当になりたかったものは、他の誰かが叶えている。
誰かの夢を私が叶えていて、私の夢も誰かが叶えている。世界とはそういうものだ。
「素敵な歌声ですね。長いこと先生の担当をしてきましたが、歌を聴くのは初めてです」
言われてハッとした。
「……歌っていましたか」
「ええ、小さな声でしたけど。透明感があって、涼やかな感じがします。とても綺麗ですね。心が洗われるような心地です。疾走感と透明感のある楽曲なんて似合いそうですね」
──誰かにも、おなじようなことを言われた気がする。
でも、それは誰だっただろう。
「先生、どうぞ。作業のお供にとおもって、茶菓子を買ってきたんです。ここのお菓子、とてもおいしいんですよ」
「そうなんですね~、ありがとうございます。……本当だ、ほろほろとしていておいしいです」
「紅茶にもよく合いますから、これで一仕事頑張ってください! 僕は近くにいますので、何かあればお呼びください」
「……はい、ありがとうございます」
夢で見た景色をおもい出したい。おもい出せない。……でも、断片は覚えている。それだけあれば充分だ。
ルカがくれた万年筆を手に取って、サラサラと紙にメモを書きつけていく。
どんどん薄れていく夢を、記憶を、一つとして取りこぼさないように、ひたすらに。
ねえ、どこかの誰か。
私を認めてくれてありがとう。
私に夢を見せてくれてありがとう。
……私、いままでで一番しあわせだわ。
「いつかまたどこかで会えたら、その時にはたっぷりとお礼をしなくちゃ」
あなたが褒めてくれた歌声で、あなたが認めてくれた言葉で、私のすべてで。
ありがとう、名もなき誰か。
いつかまた、あなたに会えますように。
「それまで、私は私として生きていくわ」