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支離滅裂とした思考の中。海里は儀式の続きへ戻ろうと無言のまま席へ歩を進めた。
何事も無かったように振る舞う彼の様子に、静寂になってしまった本殿に歪な小言が飛び交い始める。
主に分家側である、龍泉寺からだ。本来は、分家が本家に蔑む発言はご法度。
だが、時代が時代なので神龍時家は身分の格差廃止をして平等にしようと、前当主の六つ子の父が改変発言をした。それから数年間は、本家、分家という境界線は無くなる。
その結果が、この有り様である。
精神的なショックからか…………、足元がふらついている海里。
そんな様子にいち早く気がついた、妻。
「か、……海里さん?あ、あの、大丈夫ですか!?足元がふらついてらっしゃいますわ。あの…………もしかして、嵐さんに何かされ…………」
「いや、大丈夫です。それより、巴さん申し訳ない。婚儀の途中で見苦しいものを…………」
「……………………」
上手く言えなかった………言えるはずがないのだ!誓杯の儀で夫婦の〈契りの盃〉を交わす直前に、弟と口づけを交わしたのだから。
いくら嵐の肩くらいの長髪で隠されていたとしても、バレるに決まっている。
言い訳ができない状況下。この最悪な出来事に、場を治める言葉を思いつくヤツがいたら見てみたいもの。寧ろ、教えて欲しいくらいだ。
彼なりに精一杯の言葉に、当然ながら妻の心に響くわけもなく……返答は、困惑した笑顔の沈黙。
そんな沈黙の拒絶に、残り僅かに保っていた
胸の奥で作られた自己肯定感のガラスが、拒絶のハンマーで修復不可能なくらい叩かれ粉砕されていく。崩れ落ちたガラスは無様に地へ落ち、サァー…と神殿の入口へ通り抜けるように風化していくのを静かに感じた。
消えてしまった、壊されてしまった、巴さんと一緒に過ごす未来。
今の海里からしてみたら、もう何もかもどうでも良くなってしまった。
もう、それどころではない心境に誰も知る由もない。今の彼が希望が消えた虚無の瞳になっていることも。
「……海里兄さん、おかしくない?」
「ねえ、やっぱり様子変だよ!海里兄さん、大丈夫!?」
もちろん、六つ子の兄弟たちからの心配している声も届かないまま。
主人に命じられたからくり人形の如く、機械のような一定の動きで。先程の男同士のやり取りを呆然と見ていた巫女から神酒が入った盃を、奪うように受け取る。
思考が絶望で何も考えられないまま、静かに三種を口を付けた。
勢いよく喉へ通した神酒。くちどけが軽く、柔らかい舌ざわりのお神酒。ほのかに米の香りが口の中に広がっていく。
日本酒は、嫌いじゃない海里。寧ろ、逆に好物の一つだ。
このシャープな後味の余韻を楽しめるし、最後に米の甘さが優しく溶け込んでくるから好きなところの一つなのだ。
なのに……味が無い。
正確には、分からないのだ。崩れてしまった精神面の中で、ヤケクソで飲み干してしまい脳がグラグラと揺れている。
(まるで幼い頃の天龍神社でやっていた夏祭りの時と感覚に似ているな……)
ふと、思い出した場違いな感覚。
蜜毒の愛。〜今宵も、弟は俺と禁忌を犯す〜(前編 完)
(※この先は、ガッツリ大人向けになるためここまで!
もっと、執筆したかった~~~!!詳細はあとがきにて)