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ログアウト実装を忘れた天才科学者、デバッグコマンドで生き延びる
ログアウト実装を忘れた天才科学者、デバッグコマンドで生き延びる
メリーさんのアモル
ゲームVRゲーム
2025年07月15日
公開日
7,220字
連載中
「僕、開発者なのにこの世界に閉じ込められたー!?」  十四歳にして博士号を持つ天才少女・セーラ。彼女は専攻する幻想生物学の研究のため、自ら惑星シミュレータを設計・開発した。  研究資金を得るため、そのシミュレータはVRMMOとして企業に売り込まれ、セーラ自身もテストプレイヤーとしてログインすることに。  しかし、致命的なミスが発覚する。――「ログアウト機能を、実装し忘れた」。  自ら作った世界に閉じ込められたセーラは、デバッグコマンドを駆使し、幻想生物たちと向き合いながら、現実世界へ帰る手がかりを探し始める。  ……その裏で、セーラが唯一現実へ送ったメッセージを、黙って削除する男の姿があった。現実世界でも、何かが起こっている。

第1話「Nulla est pyga exire -ログアウトボタンがない!?-」

「僕、この世界に閉じ込められた!?」

 見晴らしの良い青々とした草が茂る草原。燦々と太陽が照りつけるその大地で長い銀髪をストレートに流し、白衣を身に纏った少女の声が響く。

「お、落ち着け、再確認」

 十字に指を振って空中にメニュー画面を表示。メニュー画面に表示されたステータス画面から少女の名前が【セーラ】だと分かる。

 一番下に表示されている【設定】をタップしサブメニューを表示させ、その内容に目を走らせる。

 そう、この末尾にあるはずだ、が……。

「ないー!」

 再び絶叫。

「ま、待て、落ち着け。間違って他の場所に作っちゃったのかも」

 セーラはそう言いながら、メニュー画面のボタンを一つずつ丁寧に押してサブメニューに片っ端から目を走らせていく。

「やっぱりないー!」

 三度みたび絶叫。

「そ、そうだ。簡易システム端末を使えば」

 白衣のポケットからキャップのついたフラッシュメモリのような小型の装置を取り出し、装置のキャップ部分を開く。

 キャップ部分が開くことで、装置が空中で固定される。黒地に白文字が書かれたターミナルと呼ばれるウィンドウが表示され、その下にホロキーボードが出現する。

「こうやって直接コマンドを呼び出せば、と」

【エラー! コマンドが存在しません】

「うそ!?」

 セーラが空中のホロキーボードに指を走らせると、赤い文字でエラー表示が返って来る。

「も、もしかして、僕……。ログアウトコマンド実装し忘れた?」

 そう。ここは開発中のVRMMOの中。セーラは今、ログアウトが出来ずにいるのだった。

「僕、開発者なのにこの世界に閉じ込められたー!?」

 なのでこうして、最後に大きな絶叫が響き渡るのであった。


 ◆ ◆ ◆


【僕はセーラ・ハワード。十四歳にして飛び級でオックスフォード大学に通う天才科学者よ。

 専攻は幻想生物学。だけど、理学に分類される学問なら大体どれも分かるよ、何せ天才だからね。

 今は、幻想生物を研究するための惑星シミュレータを動かして、幻想生物がどのように成長し、どのように変化していくかを観測する研究をしているの。

 けど、ただ幻想生物が住んでいるだけの惑星シミュレータなんかには誰もお金を出してくれないから、プレイヤー達が世界の一部として世界を楽しむ事が出来るサバイバルVRMMOとして惑星シミュレータを開発しているわ。

 今は、その初テストプレイ中。

 だったんだけど……。ちょっとトラブル発生中。

 実は僕、ちょっとだけドジで、やらかしちゃったんだぁ。

 ハンドメニューから呼び出せるコマンドとデバッグコマンドにログアウトコマンドを実装し忘れちゃったみたい。

 だから、ログアウトするにはこの世界に隠して設置してあるメインシステムターミナルにアクセスする必要がある。そっちには今使ってるVRMMO用のエンジンに搭載されている強制ログアウトキック機構が標準実装されてるはずだからね。

 けど、メインシステムターミナルは遠い。一日二日で到達出来ないほどにね。

 それで、これを読んでいる人は知っているかもしれないけど、今テストプレイに使っている研究用のブレイントランスレートダイバーBTDは、無理矢理剥がしちゃうと、意識が電子データ側に残されちゃって、植物人間になってしまう恐れもあるの。

 だから、無理に剥がさず、サーバーとの接続を維持したままで、カテーテルとか点滴とかの手配をしといてくれると嬉しい。

 それから、家族にはちょっと出張で遠くに行くから、帰りが遅くなる、って伝えて欲しい。というか、この内容をそのまま転送してくれればいいから。

 これを誰が読むかは分からないけど、頼んだよ】

 そんな内容がコンピュータに表示されている。

 コンピュータの前に立っている男は静かに、先の内容が書かれたウィンドウの左上の赤いボタンにカーソルを合わせてクリック。ウィンドウを閉じる。

 そのまま、デスクトップ上に表示された【FromSarah.txt】にカーソルを合わせ、コントロールキーを押しながらクリック。出てきたサブメニューから【ゴミ箱に入れる】をクリック。

 最後に画面右下のゴミ箱をコントロールキーを押しながらクリック。再び出てきたサブメニューから【ゴミ箱を空にする】をクリックするのだった。

 出てきた警告メッセージに青いボタンをクリックすると、クシャリと言うSEがスピーカーから流れ、データが完全に消去される。

 それを確認し、男はコンピュータの前を去った。


 ◆ ◆ ◆


「ふぅ、これで、現実世界に伝言は伝わったはず」

 セーラがホッと息を吐く。

「さて、これからどうしましょうか」

 今いるのは円形に広がるこのマップの最外円。

 対して、メインシステムターミナルはマップの最も中央にある。そこには大きなトネリコの木が生えており、その根っこの下に隠されているのだ。

 ここからはそのトネリコの木も見えない。それほどに遠いのだ。

「何か飛べる動物をテイムしたいわね」

 幻想生物学を専攻するセーラが作ったこのVRMMOは幻想生物、つまり魔物に強い拘りがある。

 通常のMMOのように倒すだけでなく、人里から追い払ったり、テイムして仲間にしたりすることでも経験値が入る仕組みだ。

 中でもテイムは条件が複雑である代わりに、その魔物を戦闘や移動、その他の様々なコンテンツに活用出来る。

 ワイバーンやグリフォンといった空飛ぶ魔物をテイム出来れば、一気に道程を省略出来る可能性は高かった。

「そうと決まれば」

 セーラはホロキーボードを操作し、デバッグコマンドを呼び出す。近くのグリフォンの位置を探ろうとしたのだ。

 グリフォンとはライオンの体とワシの頭と翼を持つ伝説上の生き物だ。この世界では幻想生物学者であるセーラの監修の元、実在している。

 なお、本当はデバッグコマンドで魔物そのものをテイム済み状態で呼び出すことも可能だ。

 けれど、セーラはこの世界を惑星シミュレータとして自信を持っていた。まだ惑星全土を覆うほどのマップは出来ていないけれど、生態系は既に出来上がりつつあるはず。

 それを迂闊に破壊するようなことはしたくなかった。

 また、開発者であるセーラはグリフォンのような上位魔物が単なるルーチンで動く以上の高度な人工知性を搭載していることを知っている。

 それを軽々しく生成して軽んじるようなこともしたくなかった。

 そんなセーラのこだわりは、言うまでもなく現実世界に帰る彼女の目的に反したものだ。

 けれど、決して彼女は自分を裏切らないと、心に決めていた。

「と、引っかかった。思ったより近い? こんな草原に? 何か餌でもあったのかな」

 セーラは簡易システム端末を白衣のポケットにしまい、駆け出す。

 駆け出すこと十秒。もう体力が尽きそうになっていた。

 セーラは素早く簡易システム端末を取り出し、前方に掲げながら、親指でキャップを部分的に外すことで音声入力モードを起動する。

 簡易システム端末を中心に青い円が出現し、音声入力モードが起動したことを示す。

「デバッグコマンド! エンハンス・マイ・コンスティチューション・アンド・アジリティ!」

 音声入力を受けて、青い円が波形となりながら振動し、それが終わると同時に、セーラは一気に動きが速くなる。

 画面左上に、体力と素早さが大幅に上昇するバフがかかったことを示す表示が出る。

 セーラのデバッグコマンドへの拘りは生物の環境保護に向けられているのであって、それが関係しない時は躊躇する必要はなかった。


 強化された素早さで全速力で走ること一分。

 そこに見えたのは、グリフォンに襲われる一人の少年だった。腰が抜けたのか尻餅をついている。

「あっ!」

 少年はノン・プレイヤーキャラクターNPCだ。死んでもまたどこかで自動管理システムが生成するだけのはずで、喋る言葉も大規模言語モデルLLMが生成するものに過ぎない。

 それでも、目の前のグリフォンに匹敵するだけの人工知性を与えられた存在でもある。

 一方で、グリフォンもまた先ほど述べた通り、セーラにとっては保護すべき環境の一つだ。

 ならば、目の前のこれは自然環境の一部、と見守るべきなのか。

 セーラは逡巡する。

 グリフォンは全力で右前足を振り上げ、少年に襲い掛かろうとしている。

「ごめん! デバッグコマンド! パラライズ・ターゲット・ラインオブサイト!」

 逡巡は一瞬にも満たなかった。やはり人間の見た目をしたものを見殺しにするのは彼女の良心が耐えられない。

 セーラは素早く簡易システム端末を取り出し、青い円が出現すると同時、叫ぶ。

 発動したデバッグコマンドは視線の先の標的を麻痺させる効果。

「こっちよ」

 その間にセーラは少年に近づき、少年に肩を貸し、その場から逃げる手伝いをする。

「あ、ありがとう、魔法使い様……」

「ま、魔法使い……」

 確かに、先ほどのデバッグコマンドは何も知らない人から見れば麻痺魔法に見えただろうか、とセーラは納得する。

 このVRMMOには魔法が実在するが、呪文を詠唱するタイプではないので、ちょっと不思議な気もしたが、何せ、NPCに搭載しているのは汎用のLLMなので、そんなものかもしれない、とセーラは思った。

「いいのよ」

 だが、グリフォンはただちょっとの時間麻痺した程度では、二人を諦めなかった。

 逃げゆくセーラと少年が頑張って稼いだ距離を、グリフォンが翼をはためかせて一気に詰めてくる。

「やっぱり村を守るためにはやるしかない!」

 少年がセーラから離れて、セーラを守るように立つ。

「魔法使い様、一時的にでいいんですが、剣を出せませんか? 僕の剣はさっき落としてしまって」

「分かった」

 セーラは再び簡易システム端末を構える。

「デバッグコマンド! ジェネレート・ブロンズソード!」

 セーラの左手に青銅で出来た剣が出現する。

「使って!」

「ありがとうございます!」

 剣を構えた少年とその背後で簡易システム端末を構えたセーラ。

 今ここに、このVRMMO初のPvEが発生しようとしていた。


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