クリスマスが近い冬の日
フワフワと、羽毛のような雪が舞い落ちる夜に
私は、彼と出会った
誰もいない公園で
ブランコに座って独りで泣いていた私に
彼は、声をかけてくれた
お腹も心も空っぽだった私を
彼は、満たしてくれた
寒さと不安で震えていた私を
彼は、温めてくれた
「君、行くとこないの? うち来る?」
もしもあの日、ケイが見つけてくれなかったら。
私は今頃、どこで何をしていただろう?
大人になる前に、死んでいたかもしれない。
心が荒んで、悪い道へ進んでいたかもしれない。
継母の暴言が嫌で逃げた夜、私は初対面のケイに保護された。
ケイは凍えた私をお風呂に入らせてくれて、美味しいシチューでお腹を満たしてくれた。
「家に帰りたくない。ここにいてもいい?」
「好きなだけ居てもいいよ。その代わり、家出のワケを話してくれるかな?」
「うん」
私は初めて優しくしてくれた人に縋った。
お父さんは私を無視してばかり、お義母さんは私を怒鳴ってばかりだったのに。
ケイは穏やかに微笑んで、甘えさせてくれた。
凍えた身体を抱き締めてくれた腕の中は暖かかった。
優しく話しかけてくれるケイの声は、どこかで聞いたような気がする。
「私は、いらない子なの」
私はケイに家族のことを全部話した。
学校の先生にも言えなかったことを。
ある日突然、本当のお母さんがいなくなったこと。
その後すぐ、お父さんが知らない女の人を家に連れてきたこと。
それからのお父さんは、私がまるでそこにいないかのように無視するようになったこと。
お父さんが連れて来た女の人は私を嫌っていて、お前いらないとか死ねとか怒鳴ってくることまで全て。
「私は、死んだ方がいいの?」
「そんなことはないよ。少なくとも俺は、君に生きていてほしいと思うよ」
また泣いてしまう私を抱き締めて、ケイは優しく囁いてくれた。
ケイは初めて、私が生きることを望んでくれた人。
こんなに暖かくて気持ちが安らぐ人に、私は今まで出会ったことが無かった。
大きな手で頭や背中を撫でてもらうだけで、幸せな気持ちになる。
私はそのとき、この人とずっと一緒にいられたらいいのにって思った。
「身体に傷は無くても、この子は言葉で心が傷ついているんです」
翌朝、ケイは私を連れて児童相談所へ行った。
虐待の報告をすることで、誘拐を疑われるのを防いだらしい。
誘拐なんてこれっぽっちも疑われなかった。
というか、お父さんは私がいなくなっても全く気にしていなかったから。
児童相談所のスタッフが電話をかけると、お父さんはこう言ったの。
「あ~、いらないから、誰か育ててくれよ」
お父さんはあっさりと親権を放棄して、私を児相に託した。
きっと今まで本当に私が邪魔でしょうがなかったのね。
お父さんの大きな声が電話の向こうから聞こえて、私は泣いてしまった。
ケイは私を抱き締めて、何も言わずにただ頭を撫でて慰めてくれた。
以降、父だった男とは面会すらしていない。
「俺が君のパパになってもいいかい?」
児童相談所に保護されてしばらくすると、ケイが迎えに来てくれた。
本当はすぐに引き取りたかったけれど、研修を受けていて少し時間がかかってゴメンネって言ってた。
「パパはいらない! お兄ちゃんがいい!」
迎えに来てくれたのが嬉しくて、私はケイに駆け寄って腕の中に飛び込んだ。
パパと呼んでいた人は私をいらないと言ったから、私もパパなんかいらない。
ケイはパパじゃなくてお兄ちゃんだって思った。
「じゃあ、お兄ちゃんでいいよ。一緒に家へ帰ろう」
ケイは優しく微笑むと、私を助手席に座らせて、車を発進させた。
窓の外を流れる景色はすぐに知らない風景へと変わり、林の中の1本道を抜けると、大きくて立派な洋館が見えてきた。
「すごい! なにこれ?! お城?!」
「お城じゃないよ、ちょっと大きいけど普通の家だよ」
私が大騒ぎして聞いたら、ケイが笑って教えてくれた。
西洋風の庭園があるお屋敷みたいな家は、ケイがひとりでお金を貯めて建てたものなんだって。
「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」
「ただいま、バトラ。この子が今日から家族になるヒロナだよ」
「ひろなサマ、ヨロシクオネガイシマス」
「よ、よろしくお願いします」
立派な彫刻が施された扉を開けてお屋敷の中に入ると、家事ロボットのバトラが挨拶してくれた。
ロボットと暮らすのは初めてで少し緊張したけれど、バトラは昔のSF映画に出てくるような丸い頭に筒型のボディで、動きに愛嬌があって親しみやすかった。
◇◆◇◆◇
一緒に暮らし始めて、少し経った頃。
私はケイの職業を知った。
「ヒロ、今日はお兄ちゃんのお仕事を見せてあげるよ」
「いいの? どんなお仕事なの?」
「声のお仕事だよ。収録中は隣の部屋で待っててくれる?」
「うん!」
ケイは【声優】という職業の人だった。
それも、かなりの売れっ子。
有名どころのアニメやゲームに、声を提供している人だった。
私が好きなアニメにも、ケイは出演していたの。
「私も声のお仕事がしたい」
育ててくれたケイの影響を受けて、私も声優を目指したのは自然な流れかな。
声優はいろんなキャラになれる。
人間だけじゃなく、ロボットや動物にもなれる。
いろんなものになれる声優に、私はなりたいと思った。
それはとても狭き門で、養成所を卒業しても必ずなれるとは限らない職業。
多くの人がその道を目指し、夢叶わずに涙する世界。
努力と才能だけじゃなく、【運】と【コネ】も必要なお仕事。
売れっ子声優ケイに拾われた私は、きっと運が良かったんだと思う。
「俺も攻略対象に入ってるからな。主人公役はヒロがいいと思ったんだ」
ケイの推薦で、私は恋愛シミュレーションゲーム【天使と珈琲を】の主人公役でデビューとなった。