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ラスト配信
ラスト配信
菊池まりな
ホラー都市伝説
2025年07月16日
公開日
3,281字
完結済
「皆さん、こんばんは!今夜もMikaチャンネルをご視聴いただき、ありがとうございます」 スマートフォンの画面に向かって、桜井美香は慣れ親しんだ笑顔を向けた。──しかし、画面の中の美香は笑ってはいなかった…。何故なら、、、

ラスト配信

「皆さん、こんばんは!今夜もMikaチャンネルをご視聴いただき、ありがとうございます」


スマートフォンの画面に向かって、桜井美香は慣れ親しんだ笑顔を向けた。画面の右上に表示される視聴者数は、既に三千人を超えている。コメント欄には「Mikaちゃん、今日も可愛い!」「今回はどこ行くの?」といった文字が次々と流れていく。


「今夜は皆さんからリクエストの多かった、あの場所に行きたいと思います」


美香は振り返り、背後に聳え立つ巨大な建物を映した。月明かりに照らされた廃病院は、まるで巨大な墓石のように不気味な影を落としている。


「そう、聖十字架医科大学病院の廃墟です!」


コメント欄が一気に盛り上がった。


「うわあああ、マジで行くの?」

「Mikaちゃん、気をつけて!」

「俺も昔行ったことあるけど、マジでヤバい」

「期待してます!」


視聴者数が四千人を突破した。美香の心臓が興奮で高鳴る。


「この病院、十年前に医療事故で閉鎖されたんですよね。それ以来、色々な噂が絶えなくて」


美香はスマートフォンを自分に向け直し、ウインクした。


「でも、美香は怖くないもん。皆がいるから、きっと大丈夫!」


実際のところ、美香は相当怖かった。しかし、最近視聴者数が伸び悩んでいる。もっと過激な企画をしなければ、他の配信者に置いていかれてしまう。


「それじゃあ、中に入ってみましょうか」



病院の正面玄関は、金属製の板で封鎖されていた。しかし、美香は事前に調べておいた裏口から侵入した。扉は朽ち果てており、軽く押すだけで開いた。


「うわあ、めっちゃ臭い」


美香は鼻を押さえながら、スマートフォンのライトで足元を照らした。床には落ち葉や埃が積もり、所々で配管から滴る水音が不気味に響いている。


「皆さん、見てください。これが廃病院の内部です」


画面越しに映る光景に、コメント欄はざわめいた。


「雰囲気やばすぎ」

「もう帰ろうよ」

「これは本物の心霊スポットだわ」


視聴者数が五千人を突破した。美香の顔に、思わず笑みが漏れる。


「あ、あそこに受付があります。行ってみましょう」


美香は慎重に足を進めた。受付カウンターには、色褪せた案内板や古い雑誌が散乱している。その奥には、診察室へと続く廊下が口を開けていた。


「怖いけど、奥に行ってみます。皆さんも一緒に来てくださいね」


廊下を進むにつれて、空気はより重く、より冷たくなっていった。美香の息が白く見えるほどだった。


「寒い…。でも、これも心霊現象かもしれませんね」


その時、コメント欄に奇妙な文字が現れた。


「もう遅い」


美香は気づかなかった。他のコメントに紛れて、その文字はすぐに流れ去っていった。




三階の病室エリアに辿り着いた頃、視聴者数は六千人を超えていた。美香はこれまでで最高の数字に心躍らせながら、病室の扉を一つずつ開けていった。


「この部屋、ベッドがまだあります。患者さんが使っていたのかな」


錆びついたベッドフレームに、朽ち果てた医療機器。窓から差し込む月光が、それらを不気味に照らし出している。


「あ、あそこに何かあります」


美香は部屋の隅に置かれた金属製のキャビネットを見つけた。引き出しを開けると、中から古いカルテが出てきた。


「医療記録みたいです。えーっと…」


美香は懐中電灯でカルテを照らし、その内容を読み上げようとした。しかし、患者の名前を見た瞬間、彼女の顔が青ざめた。


「さくらい…みか…?」


同じ名前、同じ生年月日。しかし、入院日は今から三年前となっている。


「な、何これ…冗談でしょ?」


美香は震える手でページをめくった。そこには詳細な医療記録が続いていたが、最後のページに書かれた死因欄に、美香は絶句した。


「死因:配信中の事故死」


「そんな、ありえない…」


コメント欄が急速に動き始めた。


「Mikaちゃん、どうしたの?」

「顔色悪いよ」

「もう遅い」

「何か見つけた?」

「もう遅い」

「Mikaちゃん、答えて」

「もう遅い」

「もう遅い」

「もう遅い」


「もう遅い」というコメントが、まるで呪文のように画面を埋め尽くしていく。美香は慌ててスマートフォンの画面を見た。


「な、何なのこれ…」




美香は配信を終了しようと、停止ボタンを押した。しかし、ボタンは反応しない。何度押しても、配信は続いている。


「止まらない…どうして?」


視聴者数は七千人を超えていた。コメント欄は「もう遅い」で完全に埋め尽くされている。


「皆さん、ちょっと配信の調子が悪いみたいで…」


美香は震え声で話しかけたが、コメントは変わらない。「もう遅い」「もう遅い」「もう遅い」


その時、別のコメントが現れた。


「Mika、後ろを見て」


美香は慌てて振り返った。しかし、そこには何もない。ただ、窓から差し込む月光が、床に美香の影を映し出しているだけだった。


「誰もいない…」


再びコメント欄を見ると、今度は新しいメッセージが流れていた。


「Mika、スマホの画面を見て」


美香は恐る恐るスマートフォンの画面を覗き込んだ。そこには、いつものように自分の顔が映っている。しかし、何かが違った。


画面の中の自分は、既に死んでいるような表情をしていた。


目は虚ろで、口は半開きになり、顔色は蝋のように白い。まるで死体のような顔が、スマートフォンの画面に映っていた。


「そんな…これは私じゃない…」


美香は手で自分の顔を触った。温かい。生きている。しかし、画面の中の自分は、確実に死んでいた。


コメント欄に新しいメッセージが現れた。


「Mika、もう分かったでしょ?」


視聴者数が八千人を突破した。



「これは夢よ。きっと夢に違いない」


美香は自分に言い聞かせながら、病室から出ようとした。しかし、扉は開かない。ハンドルを何度回しても、扉はびくともしなかった。


「開かない…出られない…」


コメント欄に、また新しいメッセージが現れた。


「Mika、真実を教えてあげる」


美香は震えながら画面を見つめた。


「あなたは三年前、ここで配信中に事故死した」


「そんなの嘘よ!私は生きてる!」


「でも、あなたは気づいていた。最近、鏡に映る自分の顔が変だということを」


美香は息を呑んだ。確かに、ここ数ヶ月、鏡に映る自分の顔に違和感を覚えていた。でも、それは照明のせいだと思っていた。


「友達が連絡を取ってくれなくなったことも」


「それは…みんな忙しいから…」


「家族からの電話が途絶えたことも」


美香の心臓が凍りついた。そういえば、母親から最後に電話があったのは、いつだったろう。


「あなたは三年前から、ずっと一人でここにいる」


「嘘よ!私には視聴者がいる!こんなにたくさんの人が見てくれてる!」


美香は必死にスマートフォンを振った。しかし、画面の視聴者数は変わらず八千人を示している。


「その視聴者も、全部あなたの想像よ」


コメント欄を見ると、「もう遅い」以外のコメントがすべて消えていた。


「Mika、現実を受け入れて」


美香は膝から崩れ落ちた。スマートフォンは床に落ち、画面にヒビが入った。しかし、配信は続いている。


割れた画面の中で、死んだ自分の顔が微笑みかけていた。




「分かった…分かったわ…」


美香は涙を流しながら、割れたスマートフォンを拾い上げた。


「私は…死んでる…」


その瞬間、病室の扉が静かに開いた。廊下から温かい光が差し込んできた。


「でも、私にはまだやることがある」


美香は立ち上がり、スマートフォンを胸に抱いた。


「最後の配信を…」


画面の中の自分は、もう死んだ顔をしていなかった。いつもの、視聴者に愛された美香の顔に戻っていた。


「皆さん、長い間ありがとうございました」


美香は画面に向かって、最後の笑顔を向けた。


「Mikaチャンネルは…これで終わりです」


視聴者数が零になった。コメント欄も空白になった。


美香は静かに目を閉じた。


翌朝、病院の跡地で一台のスマートフォンが発見された。画面は割れていたが、なぜか電源は入ったままだった。


発見者がスマートフォンを調べると、配信アプリが起動していた。しかし、チャンネルは存在しない。視聴者数は零。コメント欄も空白。


ただ、タイトル欄にだけ、小さく文字が残っていた。


「Mikaチャンネル - ラスト配信」


そして、その下に、震えるような文字で最後のメッセージが書かれていた。


「もう遅い」




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