人類は、負けかけていた。いや、正確にはもう負けている。世界人口は三分の一以下にまで減少し、死者は毎日増えるばかりだ。
──原因は、たったひとつのウイルス。
感染すればほぼ確実に死ぬ。抗体は作れず、ワクチンも存在しない。なぜなら、誰もこのウイルスの構造を解明できていないからだ。あまりに複雑で、あまりに不規則。まるで、何かの「迷宮」だとさえ言われた。
そんな状況に、あるプログラマーが答えを出した。「ウイルスが迷宮なら、迷宮として攻略すればいい」と。
彼女が開発したのが、仮想空間『コード:アーク』。そこには、ウイルスの遺伝子構造がダンジョンとして再現されているという。
しかし、このゲームにはひとつだけ問題がある。全滅すれば、二度と現実世界には戻れない。クリアしない限り、プレイヤーの意識は仮想世界に囚われ、眠り続けるだけだ。
そして、彼女──開発者自身も、消息不明となった。『コード:アーク』の世界に、最後にログインして以来。
※ ※ ※
「……ついに、来ちまったか」
視界が開けた時、俺はすでにゲームの中にいた。現実じゃない。ここは『コード:アーク』。人類が開発した、ワクチン開発のための「ウイルス構造探索ゲーム」。
そして目の前には、二人の男がいた。
一人は、鋭い目をした痩身の青年。服装はアサシン風、腰のナイフがいかにも手慣れていそうだ。
「おいおい、学者先生か? いかにも頭でっかちな顔してるな」
いきなりそんなことを言われた。
もう一人は、無骨な男。全身を覆う軽装鎧とロープやら道具を満載した、まさに冒険者といった風貌。
「喧嘩腰はやめとけ、ゲーマー」
どうやら、彼らも同じく現実から引き込まれた人間らしい。
「名前は?」
「陣内。医学者だ。ワクチン開発の研究をしてた」
「俺は甲斐。レンジャーってとこだな」
「ゲーマーだ。プロだった。名前は要らねえ、コードネームで呼べ。アサシンでいい」
無愛想なゲーマーと、落ち着いた探検家。そして、俺。
三人、強制的にパーティを組まされた。ログアウトはできない。クリアするしか、現実には戻れない。それが『コード:アーク』のルール。
視界に、メニューが浮かび上がる。そして──その中に、「攻略ログ」の文字。
「これが……前任者の日記、か」
数十人分の記録が並んでいた。メモもある。誤字もある。欠損もある。
「だが、これは全部“死んだ連中のログ”だ。信用しすぎたら、俺たちも死ぬ」
アサシンが吐き捨てる。それでも、進むしかない。
「よし、始めよう。ウイルスの迷宮攻略を」
俺たちは歩き出した。人類を救うために。自分たちが生き延びるために。