その日、美世と一茶の姉弟は、早速聡史を久瀬神社内にある彼らの自宅へと招き入れた。
「……神社が実家なんですね」
部室では何事にも動じなさそうな雰囲気を出していた聡史だったが、流石に神社にゲームをしに来ることになるのは想定外だったらしく、動揺を隠せずに挙動不審な様子を見せていた。
「ゲーム機は一茶の部屋にあるから気にしないで」
「なんかすみませんね、先輩」
「一茶くんは田中くんと同級生なんですよね?」
「はい。あ、でも俺は浪人して大学入ったんで、今年で二十三になります」
「それじゃ俺と同い年ですね」
「あ、やっぱりそうでしたか」
軽い雑談を交わしながら一茶の部屋に入った聡史は、早速ゲーム機を発見してキラリと目を光らせた。
「この機械でプレイしているんですか?」
「そうよ。だいぶコントローラー操作には慣れてきたんだけど、ちっとも相手を倒せたためしがないの」
「なるほど」
聡史は一茶に勧められてソファに腰掛けると、ゲーム機のスイッチを入れようとした一茶の手をさっと抑えた。
「お二人はさっきゲーム同好会の部室に来た時、我々が何をしていたか覚えていますか?」
「え、ゲームしてたんでしょ?」
「確かにそうですが、みんなどこに座っていましたか?」
「えっと、どこって椅子に……」
そこで一茶がはっと気がついて手を挙げた。
「はい、先生! パソコンの前に座っていました!」
「正解です、一茶くん」
「えぇ? そんな質問だったの? だってパソコンゲームしてたんでしょ?」
「パソコンゲームって何ですか?」
「えと……ソリティアとか?」
流石にそれはないだろうと美世にも分かっていたが、呆れたような目で男二人に見られるとやっぱりカチンときた。
「そ、そうじゃないことぐらい分かってるわよ! それで何なの? それとFPSと何の関係があるのよ!」
「我々ゲーマーはFPSをプレイする時はゲーム機は使いません。もちろん好みはありますけど」
聡史は机に置いてあった一茶のパソコンを人差し指で指差した。
「PCを使うんです」
「ええっ? パソコンでもプレイできたの?」
信じられないという表情で美世はゲーム機の横に座り込み、聡史を見上げた。
「知らなかった……でもゲーム機ってゲームに特化した機械でしょ? パソコンって本来仕事するためのものじゃない。ゲーム機使った方が有利な気がするんだけど……」
「FPSに関して言えば、PCの方が圧倒的に有利です。コントローラーのスティックをグリグリするより、キーボードのワンタッチでの移動の方がラグがありません。マウスの方が正確に狙いを定めることができますし、撃ちやすいです。もし俺が二人いて、ゲーム機とPCで戦ったとしたら、まずゲーム機に勝ち目はありませんね」
聡史はゲーム機とパソコンの周辺に素早く目を走らせた。
「……ヘッドホンはどこにありますか?」
「え、音楽聴くやつ?」
「ゲームをする時は使ってないんですか?」
「だって親の部屋は一階だから、音漏れの心配なんて無いし」
聡史は納得したように頷いた。
「敵の存在に気が付かずに、知らないうちに攻撃されたことはありませんか?」
「うっ! 何故それを?」
「相手も気付かれないように近づいてくるので当然ですが、上手い人は足音でそれを察知することができます。そのためには良質なヘッドホンが必要になります。今は国産でもいいヘッドホンがたくさん出ていますが、昔は欧州の物が立体音に強くて最適でした」
「はいはい先生! 実は同時に撃ったはずなのに撃ち負ける現象がよく起こるのですが、それはどうしてですか?」
一茶がさらに手を挙げて質問した。
「それはラグってるんですよ」
「ラグる?」
「情報処理に時間がかかってるんです。相手の方が通信環境が良いので、向こうのヒットだけカウントされているという事です」
「それじゃあどうすれば解決するの?」
「できる限りのことはしますが、こればっかりはアメリカ勢が有利ですね。ノアカンパニーはアメリカの会社ですから、我々は海底ケーブルを使ってアメリカのサーバーにアクセスすることになります。サーバーから離れれば離れるほど不利になりますから、eスポーツの選手なんかはわざわざ海外移住することもあるそうですよ」
「ええ~!」
美世と一茶が同時に叫び、聡史は思わず耳を塞いだ。
「……まあこの部屋の通信環境を改善する方法はいくらでもありますから、できることから始めていきましょう」
「先生! 大変勉強になりました!」
「でも今の話を聞く限り、私たちがちっとも勝てなかったのは全て環境のせいだったってこと?」
美世の疑問に聡史はう~んと考えた。
「まあ無課金装備で対戦していたに近い状況ではありますね」
「じゃあゲーオタの先生だったら、無課金装備でどれくらいいけますか?」
「ちょっとやってみましょうか」
すぐに一茶がゲーム機を起動し、美世がコントローラーを聡史に手渡した。
「ノアカンパニーが出しているFPSは確か『Battle Noah』というタイトルでしたね。一度に最大五十人参加できて、上位三名がノアズコインをもらえるというシステムですね」
「先生はコントローラーも使えるんですか?」
「一応できますよ」
最初の武器選択から既にコントローラー捌きが自分たちとは全然違って、美世は思わず聡史の手元を凝視していた。
(コントローラーの手の馴染み方が全く違うわね)
「ああ、こりゃ確かにラグが酷い」
そう言いながらも、聡史は早速一人敵を倒すのに成功していた。
「すごい、当たってる!」
「てか何で伏せてるの?」
「立ってると照準がブレるので伏せました」
「そうなの!?」
聡史はさらに数名の敵にヘッドショットを決めていく。
「今照準定まってなかったのに何で撃ったの?」
「その辺は感覚です」
「すごい! 相手の動きを先読みして撃ってる!」
やがてゲームが終了し、聡史はぽりぽりと頭をかいた。
「う~ん、何とか生き残りましたが、キル数が他の二人に及びませんでしたね」
「で、でもすごいわ! 上位三名に食い込むなんて!」
感動してはしゃいでいる美世と一茶の目の前で、聡史が画面に表示されている項目をポチポチと選択した。
「ノアズコインの受け取りは、まあめんどくさいんで『拒否』で」
「え……ちょっと待ったああああああ!」