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離婚届を残して去った彼女、五年後、三人の子供を連れて再登場!
離婚届を残して去った彼女、五年後、三人の子供を連れて再登場!
案山子
恋愛現代恋愛
2025年07月18日
公開日
4.7万字
連載中
母の葬式の日、夫は初恋の相手と豪華に誕生日を祝っていた。 藤原知絵(ふじはら ちえ)はそのすべてを見抜き、心の中で決断する──彼が自分を愛していないなら、もう彼を必要としないと。離婚届を置き去りにして、子供を堕ろし、一人で姿を消した。 五年後、オークション会場。ドレスに白いヴェールをまとった首席オークショニアが、その場を支配するように登場した。 藤原秋生(ふじはら ときお)は目を細め、息を呑んで言った。「あれは南しずくか?」 秘書:「はい、彼女の素顔を見ようと、億単位のお金を投じた者もいましたが、見せてもらえなかったと聞いています。」 藤原秋生は、五年間探し続けた女性をついに見つけた。 夜、道路の角で彼は彼女を待ち構えていた。「知絵、まだ逃げるつもりか?」 「藤原さん、私たちはもう離婚しました。」 「私は同意していない。子供はどこだ?」 「藤原さん、覚えていませんか?五年前に堕ろしました。」 「じゃあ、これは一体何だ?」 目の前に立っているのは、三人の五歳の子供たちだった。

第1話

藤原知絵は黒い喪服をまとい、母の位牌の前に膝をついていた。揺れる蝋燭の灯りが、彼女の青白い顔を照らしていた。携帯の充電は残りわずかだったが、秋生には何度かけても繋がらなかった。


母を失ってから、妊娠七ヶ月の知絵は、一人で七日間、母の霊前を守り続けていた。結婚して三年になる夫は、一度も姿を見せなかった。


秋生は忙しい――知絵は何度も自分にそう言い聞かせてきた。


彼女は感情を押し殺し、「きっと仕事で手が離せないのだろう」と理解を示そうと努めていた。


「きっと…忙しいのよ。来られないわ」と知絵はかすれた声で言い、重い体を支えてゆっくり立ち上がった。頬にはまだ涙の跡が残っていた。


「始めてください」


その傍らで、叔母の雅子が皮肉混じりに言った。「知絵、秋生がどれほど忙しいっていうの? 七日間も顔を出さないなんて、あなたのお母様をなんだと思ってるのかしら」


従妹の美香が鼻で笑った。「お母さん、それは違うわ。秋生はおばさんを大切にしていないんじゃなくて、姉さんのことを大事に思ってないのよ。それに、お腹の子もね」


心に突き刺さる言葉の数々。それでも知絵は、秋生が「夫としての責任」を果たしてくれるとどこかで信じていた。しかし、現実は容赦なく彼女を打ちのめした。


「えっ、これ見て!」美香が突然叫び、スマホを知絵の目の前に差し出した。「秋生のニュースが今、トレンド入りしてる!」


知絵が目を下ろすと、今朝のニュースの見出しが表示されていた。昨夜の動画だ。タイトルが突き刺さる――


「藤原グループ社長・藤原秋生が愛する小野清美のために盛大なパーティー!」


動画には、夜空に咲く花火の下、端正な男性が優雅に座り、隣の女性に目を向けている姿が映っていた。


女性が笑顔で夜空を指差す。その表情は花火よりも輝いている。


知絵は、画面の中の背中に釘付けになった――それは間違いなく、彼女の夫・藤原秋生だった。


昨夜、彼は別の女性の誕生日を祝うために盛大なパーティーを開いた。


頭が真っ白になり、体が動かなくなった。周囲の騒がしい音の中、美香の嘲笑がさらに刺さる。「姉さん、秋生は忙しいって言ってなかった? 本当に「忙しい」みたいね、他の人のために貸切でお祝いしてるんだから!」


知絵は拳を握りしめ、爪が食い込む。彼が忙しいと信じ、母を亡くして独り悲しみを耐え、迷惑をかけまいとした七日間――彼は電話に出ず、線香もあげず、けれど他の女性のためには夜空を彩っていた。


なんて皮肉なことだろう。


動画にいる女性は小野清美――秋生の初恋の相手で、彼が心から想う人だ。そして知絵は、父の命を救った恩返しとして、秋生のお父さん藤原泰造に無理やり嫁がされた存在にすぎなかった。


この三年間、彼が自分を愛していないことは分かっていた。だから慎ましく振る舞い、迷惑をかけず、何も望まなかった。秋生は冷たく、夢やロマンとは無縁の男――彼の世界は仕事だけだと思っていた。


今、ようやく分かった。彼はロマンを知らないのではなく、そのロマンは決して自分には向けられなかったのだと。


盛大な花火は、知絵を最大の笑いものにした。


彼女は奥歯を噛み締め、胸の痛みを押し殺し、視線をそらした。母の葬儀を取り仕切るのは自分。倒れている場合ではない。母の位牌を抱きしめ、冷たい視線を振り切って真っ直ぐ歩き出した。


母は亡くなる前、秋生に会いたがっていた。何度も電話をしたが、彼は出なかった……きっとそのときも清美のそばにいたのだろう。母が願った「二人の幸せ」は、所詮叶わぬ夢だった。


葬儀が終わり、参列者も去った。知絵は一人、冷えたダイニングの椅子に座っていた。


そのとき、ようやく秋生が現れた。黒いシャツに身を包み、整った顔には感情の色がない。静まり返った室内を見渡し、珍しく申し訳なさそうな表情を浮かべた。


知絵はお腹を庇いながら顔を上げ、積もった思いが喉までこみ上げたが、深く息を吸い込んで抑えた。「やっと終わったの?」


秋生は気づかぬまま淡々と答えた。「昼間、大事な会議があった」


「じゃあ、昨夜は? ……誕生日パーティーは楽しかった?」知絵はまっすぐ彼を見つめた。


秋生はわずかに眉をひそめた。そのとき、赤いドレスの女性が室内に入ってきた。彼のジャケットを肩に掛けている――清美だった。知絵の顔色が一気に冷え込んだ。


「知絵、ごめんなさい」清美が先に口を開いた。「昨夜、秋生は私のそばにいてくれたの。数日前、母が体調を崩して……私が不安で困っていたから、手伝ってくれて。あなたに連絡できなくて……全部、私のせい。本当にごめんなさい」


胸の奥に激しい痛みが襲った。「お母さんは、そんなに重かったの?」


「いえ、ただの風邪で、今はもう大丈夫」清美は慌てて説明した。


心臓が締めつけられる。知絵は必死で感情を抑えようとしたが、赤くなった目元と震える唇がすべてを物語っていた。


秋生はさらに難しい表情を浮かべた。母の訃報を知ったときは会議中で、終わり次第駆けつけるつもりだったが、清美の方でまた「問題」が起きてしまい、気づけば知絵のことが後回しになっていた。どう言い訳しても、彼女には申し訳ないと思った。


母に線香をあげようとした秋生を、知絵は手で制した。「もういいの。彼女のお母さんのほうが大事なら、あなたはそっちへ行けばいいわ」その声は冷たかった。


知絵はそのまま席を立った。もう涙は見せない。そんな人のために泣く必要はないと自分に言い聞かせた。


秋生は、知絵が大きなお腹で苦しそうに歩く背中を見つめ、胸の奥がチクリと痛んだ。


清美は、母の小さな不調で取り乱して電話をかけてきた。一方、知絵は母を亡くしても、ただ一人、全てを背負っていた。


「どこへ行くんだ。妊娠中なんだから無理をするな」秋生は声をかけた。


知絵は苦笑いを浮かべた。自分が妊婦であることだけは、まだ覚えていたのか。妊娠中の妻を放って他人の母親の世話をする――その時点で、彼女とお腹の子のことなど、どうでもいいのだろう。期待されてない子どもが生まれて、何の幸せがあるのか。


お腹に手を添え、痛みの中で決意を固める。足早にエレベーターへ向かった。


秋生は焦りを感じ、追いかけようとした。


清美が腕を掴んだ。「秋生、知絵はお母さんを失ったばかりよ。今はそっとしてあげて」


秋生は冷たく清美の手を振りほどき、低い声で言った。「彼女の精神は不安定だ。何かあったらどうする。先に帰ってくれ」そう言い残し、外へ飛び出したが、知絵の姿はもうなかった。


行き交う車の列を見つめ、秋生は携帯を手に取った。微かに焦りをにじませた声で指示する。「知絵の携帯の位置を今すぐ調べろ。必ず見つけてくれ」


――一時間後。


秘書の田中健が恐る恐る電話をかけてきた。「社長……奥様が、病院にいらっしゃいます」


「どうした?体調が悪いのか」秋生の声が強張った。


「いえ……奥様は今、中絶手術を受けておられます。それと……弁護士に依頼して、離婚届もすでに署名されました」


秋生の頭の中で何かが弾けるような音がした。握った携帯が震え、彼の目には言葉にならない衝撃と戸惑いが浮かんでいた。

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