「はあはあ……電撃ネズミめ! これで最後だ!」
「急急如律令……使役術・破!」
マジック・スキルを発動すると同時に
「ようやく……βテストの敵を全部……倒したぜ」
疲れがドッと身体に押し寄せる。さすがはフルダイブVRMMOだ。ゲームの中だというのに、如実に体力を削られた。
それはかの伝説のソ■■■■■オンラインのパクリと呼ばれたフルダイブVRMMOだった。開発サービス本社はK国に所属している。さすがはK国。恐れを知らない国だ。
そんなことよりも
寝食を惜しんで誰よりものめり込んだ自信がある。三日間に及ぶβテストで一番の成績を叩き出したつもりだ。
その甲斐もあって、運営から特別なシステムメッセージが届く。
"βテストクリア、おめでとうございます"
"あなたにはゲーム開始時にyoutubeで生配信を行う権利を与えます"
"是非、このゲームの素晴らしさを日本国に広めてください"
"西暦2036年7月15日。日本時間18:00からの正式サービスをお待ちください"
やった! と両腕を振り上げた。自分のゲームの腕を運営チームに認められたことが嬉しくてたまらない。
正式サービス開始日では選ばれた100人だけがyoutubeでマジック・アート・オンライン内を生配信できる。チャンネル登録者数100人前後の自分だが、それでも嬉しいことには変わりない。
正式サービス日まで残り三日間。
バイト代はゲーム購入に消えている。ボッチ飯の自分の唯一の趣味と言えば、ゲームだけだ。ゲームだけが彼女いない歴=年齢の自分を癒してくれる。
30万円もする電脳ヘルメットを外し、そっとベッドの上に置く。フルダイブの感覚を研ぎ澄ませるために自分はパンツ一丁の姿だった。
そのままの恰好でスマホを手にして、予定帳アプリを立ち上げる。
「えっと……7月15日に入っているバイトは楓の家庭教師だけだな。よし、今のうちにキャンセルの電話を入れておこう」
スマホを操り、
「テルお兄ちゃん。この埋め合わせはしっかりとしてもらうんだからねっ!」
「ごめんごめん。どうしても外せない用事が入っちまって」
「もしかして……女性と遊びに行く予定?」
「俺がモテるように見えるか?」
「見えない」
たはは……と苦笑いしつつ、電話を切る。ゲームのために家庭教師のバイトを休むとは口が裂けても言えない。
こちらとしても憂いはない。マジック・アート・オンラインのサービス開始の日からプレイするために家庭教師のバイトを休んでも良いだろうと判断した。
「さてと……他に済ませておくべきことと言えば……そうだ、大家さんに家賃を払っておかないと」
その茶封筒を持って、部屋から出る。突き当りの階段をかっこんかっこんとリズム良く降りる。
このアパートから道を挟んで建っている一軒家に向かう。この一軒家に大家さん一家が住んでいる。
大家さんの家の玄関にたどり着くなり、インターホンを鳴らす。すると、若すぎる女性の声がインターホン越しに聞こえてきた。
「どのような用件ですかー?」
「えっと……この声は桃子ちゃんかな? 俺だよおれおれ」
「おれおれ詐欺さんですねー?」
「ちがうよ!?
「あっ、ダーリン! ボクに会いに来てくれたんだねー!?」
玄関の向こう側がドタバタと騒がしくなった。大家さんの一人娘である
ガラガラ! と玄関が横にスライドする。その向こう側には茶髪のぽわぽわボブヘアーがトレードマークの
こちらは彼女の勢いに押されて、たじたじとなってしまう。学校から帰ってきたばかりなのだろう。制服姿のままで、こちらにどんどん近寄ってくる。
中学1年生とは思えないほどの美少女だ。これであと5年もすれば、アイドルグループに所属していてもおかしくないと思えてくる。
「今日はどうしたの? ダーリン♪」
「えっと……今月の家賃を大家さんに渡しておこうと思って」
「な~~~んだ、そんな用事なの~?」
「いや……大事な用事だと思うけど!?」
手に持っていた茶封筒を
「うん。お釣りは無しね♪」
「ああ、ちょうどだ」
「ところで……今度の金曜日、7月15日の夕方頃って……暇してる?」
「うーーーん。忙しい! ごめん!」
「そう……なんだ」
桃子の声のトーンがあからさまに低くなった。申し訳ないが、いくら桃子からのお願いがあろうが、7月15日はマジック・アート・オンラインをプレイしなければならない。
「それじゃ……今度、埋め合わせはするから! ごめん!」
「うん……ダーリン」
「な、なに?」
「お別れのチュー」
「そんな仲じゃないでしょ!?」
中学生相手に困り果ててしまう。桃子の父親とはオンラインプレイできるゲームでたびたび遊んでいる。
その縁もあって、一人娘で中学1年生の桃子とお近づきになっているが、彼女彼氏として付き合っているとかそういう関係ではない。
もし、桃子とそんな関係になっていれば、今頃、自分はおまわりさんに強制連行されているであろう。
自分は常識ある大学生だという自負を持っている。桃子と別れを告げて、アパートの自室へと戻る。
「えっと……家庭教師のバイトに休みを入れた。住んでいるアパートの大家に今月の家賃を支払った。これで後顧の憂いは全て……あっ、7月15日の夜8時に合気道の道場に通う予定を忘れていたぞ!?」
しまったという顔になってしまう。なんでこうもゲームの邪魔をする予定が15日に入っているのだろうと思ってしまう。
急いでスマホを手にして、合気道の道場へと電話をかける。電話先からおどろおどろしい声が聞こえてきた……。ゴクリと息を飲むしかない。
「うふふ……私は何でも知っているわ」
「えっと……もしかしてすでに把握済みですか?」
「そう……私はテル師匠のストーカーですので」
「冗談だとしても怖いよ!?」
「冗談で済むと良いんですけどね?」
「今度、埋め合わせするから、許して許して……」
電話先の人物は中学3年生の
彼女からストーカー被害を実際には喰らってはいないが、自分しか知り得ない情報をいくつか握られている……。
それ以来、彼女からお師匠様と呼ばれるようになった。自業自得とはまさにこのことである。
なにはともあれ、マジック・アート・オンラインをサービス開始日からプレイするための準備は整った。
あとは三日後の18時まで裸待機するだけである。3人の女子中学生たちに埋め合わせをする約束をしてしまったが、今はゲームに集中したい。
そんな自分の浅はかな言動が過ちであったことを三日後に散々味わうのだが、この時の