――この国に竜をボスとするダンジョンが出現するようになって、既に四半世紀が経過している。
「はーぁい! 今日の配信は以上です。また見てくれよな!」
気を遣って喋って、配信を終えた俺。ライブ配信なのだが、リスナーは全然いない。これでも専業の配信者なのだが、収益は雀の涙。だから食べていくのは実際には困難なので、副業をしている。それでも俺は、配信者として生きていきたいので、職業を聞かれたら、配信者だと名乗っている。本業は学業だろうとは言わないで欲しい。学費を自分で出してるし!
コメントを振り返ってみる。
罵詈雑言すらない。
配信が(多分)つまらないからコメントすらない。
常連さんもいない。一見さんがたまにきて、たまに挨拶だけして去っていく。悲しい。
「はぁ……仕方ない。これももうちょっと編集して……バイトの合間にやるか」
ぽつりと零して、俺は編集用のアプリが入ったタブレット端末を鞄に入れて、バイトへと行くことにした。
そんな俺のアルバイト。
それはダンジョンを踏破し、竜を倒すことである。
俺は生まれつき魔力量が多い。魔力というのも四半世紀前のダンジョン出現の頃から人間の得意な能力として出現した。人間は、杖……とはいうが俺の場合は見た目が槍なんだけど、それに魔力を込めて、竜を始めその眷属の魔族なんかを倒している。
とぼとぼと歩いて行き、俺はダンジョンの手前でローブに着替えた。黒のハイネックの上に黒いフードという形状の、市販品である。ダンジョンは階層が深くなればなるほど魔族が強くなり、たまに中ボス、絶対ラスボスがいる。ラスボスの方が素材が高く売れるので、俺は最深部ばかりを攻略している。
「ふぅ」
俺は地下階段風のダンジョンの入り口から、静かに下った。エレベーターなんて代物はダンジョンにはあんまりついていないので(たまにある)、徒歩で降りる。石の壁や床には木の根や蔦が絡んでいる。俺は、槍を手にするまでもなく、踏み潰したり手で追い払ったりしながらダンジョンを進む。
そうして二時間。
「っく、ここまでか……!」
「はっ、こんなの……倒せるわけがないわよ……」
声が聞こえてきた。正面を見れば、膝をついているイケメンと尻餅をついている美少女の姿があった。目の前には、このダンジョンの中ボスらしき小竜がいた。弱い敵だ。二人は初心者さんなんだろうか? 俺は槍を手にして薙ぎ、小竜が放った《炎の息》を魔力刃を消滅させた。するとハッとしたように二人が振り返った。
俺は床を蹴る。そして小竜の首を落とした。それが地に落ちると同時に着地する。
「大丈夫?」
俺は尋ねながら、振り返った。そうして美少女の前に立つ。男の方は大丈夫だろう。
「ああ、助かった。貴方は?」
だが答えたのは男だった。俺はちょっとシラっとしたが、美少女に手を差し伸べた。万年彼女募集中である。
「俺は
「そうか。俺は
答えたのは男だった。
女の子は俺の手を取らずに自力で立ち上がった。なんでだよ。
「私は
にこりと美少女が笑った。俺はその笑顔に陥落しそうになった。可愛い。可愛い……。
「ああ、感銘を受けた」
ガシっと北斗が俺の肩を抱いた。距離感バグってんな。驚いてそちらを見たとき、俺のフードがとれた。まだ炎属性の小竜の体から熱が放たれていて暑いので、俺はついでに口元も開けた。すると目を丸くした北斗が、俺の手をガシっと取って、ちょっとぐっとくる笑顔を浮かべた。なんだこの全てを手に入れようとするかのようなスマイルは。手汗すごいし。
「助かった。俺と美鈴は死を覚悟していたんだ」
まぁ実際、ダンジョンでは死傷者は絶えない。俺はどうやって手を振り払おうか、手と北斗の顔を交互に見ながら考える。
「BL営業……」
すると美鈴が呟いた。聞こえなかったので、俺はそちらを見る。
「永良さんは、若いんですね、私と同じくらい?」
「俺は十七歳だよ」
やっと話しかけられた。でも笑うのは止めた。キモいとか言われたら悲しいし。
「私より三歳も年上なのね!」
「そうなんだ」
中学生か。若いなぁ。
「俺は十九歳だ」
聞いてねぇよ北斗。俺は男の歳には興味が無い。そろそろ手を離してくれよ。
「永良さんは、最下層までいくのかしら?」
「うん。その予定だよ」
「俺達もダンジョンボスを倒す予定なんだ。だが、力が及ばず……永良が来てくれなかったら、危なかった」
だろうな。小竜で膝をついてたら、ボスには殺されるだろうな、普通に。
「ねぇ? 私と北斗も一緒に行っていい?」
「ん? ああ……」
別にこの二人くらい同行させても、なんということはない。俺は頷いてから、さらなる地下へと続く階段を見た。
「じゃあ、行こうか」
俺は頷き、槍を持ち直すフリをして、北斗の手を振り払った。
こうして俺は、二人と共に最深部を目指すことになった。
道中。
「永良くんは、恋人とかいるの?」
さん呼びからくん呼びに進化した。美鈴はちょっと俺に心を許してくれているのだろうか。その兆しだろうか。
「……」
しかし困った。いないと即答したらモテないのがバレるし、『なんで?』とか言ったらうざいかもしれないし。『秘密』もどうなんだ? なにが正答だ? 俺には美少女との会話スキルがない。
「どんな彼氏なんだ?」
「いないから」
北斗の問いかけには即答した。俺は引きつった顔で笑ってしまったと思う。
なんで男限定なんだよ! 黙ってたから勘違いされたのか!?
二人は死にかけた衝撃から立ち直ったのか、とてもにこやかである。
「永良くん、好きな色は?」
「永良、好きな食べ物は?」
ただ質問が怒濤の勢いで飛んでくる。俺のプライベートには面白味はないので困る。
「好きな色は……黒だな。食べ物は、カレー」
「今度美鈴……」「いい店を知っているんだ案内する」「作ろうと思ったけどやめておくわね。いってらっしゃい」
北斗がいちいち邪魔だ。邪魔すぎる。殺意わく。なんなんこいつ。
そうこうしている内に、最深部に到達した。
俺は槍を構えた。そこには巨大なドラゴンの姿がある。大竜だ。
「下がっててくれ」
「「はい!」」
二人が壁際に後退した。俺は、片手に持った槍を一度くるりと回してから、地を蹴る。
こうして俺と大竜の激闘が始まった。嘘だ。一撃でボスは沈んだ。
「おつかれ」
俺がそう言って振り返ると、二人が頬を紅潮させ、感動したような顔をしていた。
それから――。
「ということで! カフェゼロ社公認
「さすがだった、永良……」
「――は?」
「「では!」」
俺が呆気にとられている前で、二人が配信を終了した。
初めて見る機材だった。
「な、なんだよそれ?」
「あ、これ? これはね、竜討伐の邪魔にならない魔力で動作する機器なの!」
「い、いや、そうじゃなく、リューチューバー?」
俺は焦った。
「ああ、永良。それはな? 最近PV数稼ぎで無理に危険なことをするためにダンジョンに入って怪我をする配信者があとを立たないから、公式配信を始めることにしてガイドラインの制定に動いているカフェゼロ社の命名した名前だ」
「……、……」
何を言えばいいのか分からなかった。
「リスナー数がすごいことになっていたわ! 私と北斗は元々人気配信者だけど、それでもここまでは中々」
「ああ、そうだな」
「すごいバズり方してる。これはもっと伸びるわね。BL営業にもかなりみんな食いついてるし」
「営業? いいや、普通に感動しただけだぞ?」
「ああ、まぁ、男は強い男が好きって言うものね。ナチュラルか。いいんじゃないかしら? 今後を見据えても、下心があるよりも」
美鈴が営業モードになっている。北斗は笑顔で首を傾げている。
一人ついていけていない俺。ずっと黙っているほかなかった。
「ねぇ、永良? これからも私たちと一緒に配信してくれるわよね? 竜Tuberとして」
「……、……」
「ね?」
「……あ、」
「ね?」
「はい……」
有無を言わせぬ美鈴の迫力。既に呼び捨てになったのは、親しすぎではなかろうか。
「さて、打ち上げにカレーを食べに行くか!」
「いいわね、北斗。それも撮りましょう!」
こうしてこの日の俺のバイトは終わった。
カレーが出てくるカフェには無理矢理連行された。
美味かった。
「――ってことがあったんだけどさ、夢?」
帰宅後俺は、配信した。半泣きで、自分に起きたことを語った。するとありえないPV数になった。怖すぎて、俺は途中で配信を停止したが、北斗というリスナーが「今日は有難うな」とコメントしていて、うっと詰まった。連携しているSNSに遷移してみたら、10.5万フォロワーの【北斗】という配信者のアカウントに到着し、そこのメディア欄には俺が確かに食べたカレー、サムネアイコンの顔写真は俺が一緒にいった北斗そのままの顔があったからである。特定早いな……。
翌日、起きて眠い目を擦り、やっぱり夢だった気がしながら高校に行くと、教室の扉を開けた瞬間、シンっとした。嫌な空気だ。
「おはよう、永良!」
「初代竜Tuberだってな! 俺、チャンネル登録したから!」
「永良くん、BL営業これからも楽しみにしてる! 営業ってことにしておくからね!」
変な声援も混じっていたが、俺はクラスメイトに囲まれた。
気が遠くなりそうだった。
このようにして。
この国に竜をボスとするダンジョンが出現するようになって、既に四半世紀が経過しているわけだが、本日も世界は平和である。
―― 完 ――