終幕管理局は静まり返っていた。全職員が黙ってアナウンスに耳を澄ます。
「すでにご存知のことと思われますが、先日、
業務課六組も九名全員が着席し、スピーカーから聞こえる声に集中していた。
「先週の一件で、我が終幕管理局はしばらく業務を停止していましたが、調査の結果、一刻を争う事態であることが判明しました。あらゆる記憶分子が結合しているということです」
誰かが小さく息を呑む。
「影響については調査中ですが、このため、業務課の仕事内容を一新します。これまでは記憶の消去をしていましたが、今後は記憶の分離をしてもらいます。それぞれの記憶を本来の形へ戻すことを最優先とし、悪影響が出ないよう被害を最小限に留めるのが目的です」
「被害って……」
誰かのつぶやきに
「なお、他の部および課に関してはこれまで通りとし、記録課のみ通常業務ができないため廃止します。異動先は総務部の相田部長から――」
川辺局長代理の話はそれから数分ほど続き、ようやく終わったところで主任の
「というわけだから、これからは仕事が変わるぞ」
全員が一斉に灰塚の方へ顔を向ける。
「局長代理の話にもあったように、記憶の消去ではなく分離をしていく」
「どうやって?」
と、鋭い視線を向けるのは
灰塚は苦笑して返す。
「うーん、それがなぁ……俺にもよく分からないんだ。記憶を本来の形に戻せばいいと言うんだが、こればかりは実際に向かってみないとどうなっているのやら」
「とりあえずやってみるしかないってことですね」
深瀬はそう言って、誰もがこの仕事に対して初心者であることを確かめる。
「そうなるな。次に、新しく一人入ったから、編成を変えるぞ」
と、灰塚は新顔へ視線をやった。
「寺石だったな、その場で自己紹介してくれるか?」
「はいっ」
元気よく返事をして青年が立ち上がる。
「
歓迎の意を示す拍手が上がり、灰塚は「よろしくな」と笑いかける。寺石は返事をしてから再び席についた。
「さて、次に編成だが、まずA班。班長は変わらず俺で、班員は樋上と三柴」
深瀬の隣で
「わわっ、僕がA班ですか!?」
男にしては小柄な彼に目もくれず、灰塚は答える。
「消去法だから安心しろ。次はB班、班長は深瀬」
「えっ」
思わず声が出た。まさか自分が班長に
「班員は麦嶋と寺石」
深瀬がまだ受け入れられずにいる中、若い二人の名前が読み上げられる。麦嶋は目を輝かせて深瀬を見つめ、寺石も期待するような表情を向けてくる。
「C班、班長は舞原で班員は千葉と田村。以上だ。何か質問はあるか?」
「無いです」
いくつかの声が重なり、灰塚は全員の顔を見回してから言った。
「それじゃあ、さっそく業務を始めよう」
がたがたと席を立ち、C班が真っ先に集まって打ち合わせを開始する。
「深瀬はこれな。使い方は分かってるだろう?」
「ええ、一応」
灰塚に差し出されたのは電子メモパッドだ。毎朝、その日の消去目標に関する情報と指示が虚構世界管理部から送られてくる。それを見ながらスケジュールを立てるのが最初の仕事だ。もっとも、今は消去目標ではなく分離目標だが。
「それじゃあ、大丈夫だな。期待してるぞ」
灰塚は深瀬の肩をたたいてから班員へ呼びかけた。
「樋上、三柴。お前らは慣れてるから、歩きながらでいいだろう」
「やですよ、灰塚さん! ちゃんと話してもらわないとー!」
体格のいい灰塚と比べたら、三柴は子どもみたいに見える。
一方、樋上は黙って二人の後をついていくばかりだった。普段であれば、皮肉の一つや二つ言っているはずだが……仕方ないかと切り替えて、深瀬は立ち上がる。
「麦嶋さん、寺石くん。こっちへ」
「はい」
C班からできるだけ離れた位置に集まり、深瀬はメモパッドを操作しながら言う。
「えーと、まずは自己紹介しようか。俺は
「
と、麦嶋も続き、寺石は二人へ向けて頭を下げた。
「これからよろしくお願いします!」
百八十センチはあるだろうか、細身ながらしっかりとした体格だ。顔にはまだ幼さが残っており、高校を卒業してすぐに「幕引き人」になったのだと分かる。
深瀬はにこりと笑みを返してから話し始めた。
「次に今日の仕事なんだけど、さっきも話したように、俺たちにとっても未知なんだよね」
「分離作業なんて、やったことないですもんね」
麦嶋がフォローするように言い、寺石が苦い顔を見せる。
「せっかく『幕引き人』として働けると思ったのに、まさか仕事内容が変わっちゃうなんて……がっかりっす」
「そうだよね。残念だけど、アカシックレコードが破裂したそうだし、とりあえず
「『幕開け人』の、ですか?」
麦嶋がどこか責めるような目つきをし、寺石も文句を言いたそうにする。
八日前、夕方六時のことだった。全国民のデバイスへ一斉に「物語」が送られた。創作に
深瀬はできるだけ穏やかに言い聞かせる。
「気持ちは分かるけど、終幕管理局が……というよりは、たぶん国が決めたことなんだ。俺たち現場の人間は上からの指示に従うだけだよ」
麦嶋はまだ何か言いたげにしながらも息をつき、寺石がどこか不安そうに口を開く。
「新人が配属されるのも、本来は十月からっすもんね。前倒しになるくらい、急いでるってことっすよね?」
「ああ、そういうことだろう」
今は九月半ばで、例年より二週間ほど早い配属だった。七月に「幕開け人」が現れてから、今年は例外続きだ。
早くも打ち合わせを終えたらしいC班が出ていき、深瀬は再びメモパッドへ視線を下ろす。
「話を戻して、今日は二件だけだね。どちらも日本を舞台とした物語で、それぞれ三つほど結合しているそうだ」
「虚構の住人はどうなってるんですか?」
「うーん、結合してるせいでどれがどれだか、ぐちゃぐちゃに混乱してるっぽいな。実際に行ってみて確かめるしかなさそうだ」
深瀬が苦笑すると麦嶋と寺石はうなずいた。
「分かりました」