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第14話

   *


「どうもありがとうございました」と僕はいう。「いろいろお世話に、というか、めちゃくちゃなことになりましたけど」


「いいんですよ」と亀田さん。「むしろ問題を解決してくれてありがとうございます」


 翌朝、僕と弓本さんは煩悩寺を去ることにした。煩悩寺の山門の前で、変態オヤジたちは僕たちを見送ってくれていた。


 それはいいとして、住職であるところのあの人がいない。


「あの……黴谷さんは?」


「黴谷さんなら、弓本さんがムダ毛処理をしたというから、寺の風呂場から下水にかけてを一斉捜索しておるぞ」平然と扇谷さんはいう。

めちゃくちゃきもいな。


「……そうですか」


「相変わらずね」と弓本さん。


「しばらく帰ってこないから気にせず行っておくれ」


 変態オヤジの性はそう簡単に変えられないようだから仕方ない。


「でも、本当にこんな山奥で暮らしていくだけでいいんですか。弓本さんみたいな変な編集者だったらまだ漫画に出してもらえるかもしれないのに」


「構わん」と扇谷さん。「都会にも変態オヤジになりたい若い者がおるじゃろう。わしらが出ていけばそいつらの仕事を奪ってしまう」


「いや、あなたは共演者にやけどを負わせてクビになったんでしょう」


「うぅ……」


 扇谷さんは泣きだした。


 一方、亀田さんはいう。


「別に私たちがいなくなっても、変態オヤジという概念は消えません。概念さえあれば、人間の想像力がまた私らのようなものを復活させます。それでいいんですよ」


「そうですか」僕はいう。「なんというか、立派ですね」


「それに、私たちのようなフィクションのキャラクターは、作品がある限り、消えたりしませんからね」


 すごくメタっぽいことをいう。


 これがメタフィクションってやつなのだろうか。


「佐々木部さん、そろそろ出ないと帰りの電車に間に合わないですよ」


 弓本さんがそういうので僕たちは煩悩寺を発った。


 最後に変態オヤジ一同と、変態オヤジに変態行為を受けることに喜びを見出している変態女一同が僕たちを見送った。


 遠く離れたところで、変態女たちが上着をまくり上げて、胸を露出してきた。なんかアメリカの映画とかでこんなの見たことあるけど。


「な、なんか、あの女性たち変なことしてますよ!?」


「ああ。あれは、女性にもトップレスになる権利があることを主張する社会運動の一環よ!」弓本さんが真剣にいう。「ふざけてやってるんじゃないのよ。ちゃんと描写しなさい!」


 いや、絶対そんなことはないし、真剣に社会運動している人にとってはいい迷惑だろうし、絶対に描写はしない。


「それにしても、弓本さんは大丈夫なんですか」


「え? 何が」


「いや、今回一番ひどい目に遭ったのは弓本さんでしょ」


「まあ、確かに」、弓本さんは笑って「でも、佐々木部さんが助けてくれたから。アンドロメダをいけにえになる直前に助けたペルセウスのように」


「えっ? 弓本さんもアンドロメダの神話知ってるんですか?」


「当然よ。編集者だからね」


「編集者ってすごいですね!」


 僕は素直にいう。


「佐々木部さんのアイデアもなかなかですよ。最後の構造を言葉で追いつめていくところとか」


「自分でいうのもなんですけど、僕天才かもしれないですね」


「それはない」


「え」


 少し傷ついた。


「でも、まさか、私に告白してまで助けてくれるとは」


 弓本さんは少し恥ずかしそうにいう。


「やだなー、あれは試しにいってみただけですよ」


「試し……?」


「本当に効果があるとは思わなかったですけどね。さすがの虚技構造でも、告白した直後のシリアスなムードのときに変態行為はできないですよね。勉強になるな~」


「ああ、そうね、ナイスアイデア」


「まあ、ああいう場面でなくちゃ、冗談でも弓本さんには告白できないですよ。だって殺されそうですし。後ろ回し蹴りとかで。ハハッ」


「……」


「あれ? 弓本さん」


「……」


「弓本さーん」


 それから弓本さんはなぜか無口になってしまい、結局出版社に帰るまでまともに口をきいてくれなかった。


 たぶん疲れていたのだろう。


 とにかくめでたしめでたし、だ。

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