もう夜11時近く、桃子はこうしたイベントが意外と遅くまで続くことを知った。光行が自分たちに「ご褒美」を用意してくれたことを、改めて感じた。
「私、最後に片付けくらい手伝おうかな。何もしないでバイト代もらうのは落ち着かないし」と桃子が言った。
「いいってば!」と光行が言った。「桃子が楽しそうにしてくれたら、それが一番だよ。」
「やっぱりね!」美咲が光行の腕をつまんだ。「この下心!」
ここで、さすがに釘を刺しておこうと思った美咲が言った。「光行、桃子からまだ聞いてないことがあるよ。」
「何?」光行は純粋な目で桃子を見つめ、少し戸惑いながら待っていた。
桃子は少し気まずそうに、「光行、実は私、結婚したの。もう入籍も済ませたから。今度、旦那さんにご飯でもご馳走してもらうね。」と言った。
「えっ――」光行は全身が固まり、まるで雷に打たれたようだった。
しばらく呆然とした後、ようやく現実を飲み込んだ。「桃子……結婚したの?」
美咲はさらに追い打ちをかけた。「だから、これからはちょっと距離感を考えなきゃダメだよ。旦那さんに誤解されたら困るでしょ?」
桃子は困ったように美咲をたしなめ、「光行は私たちの弟みたいなものなんだから、変なこと言わないでよ。」そして光行に優しく言った。「気にしないで、特に意味はないから。」
光行は下を向き、手をぎゅっと握りしめていた。
「いつの間に結婚したの?おじさんたちに無理やり言われたの?」と必死に尋ねた。
桃子は「また今度ゆっくり話すから、今は仕事に戻って」と答えた。
美咲が肩を叩いた。「そんなに落ち込まないでよ。私が結婚したときも同じ顔してくれるといいな!」
桃子も笑顔で場を和ませ、「光行みたいにカッコいい男の子なら、いくらでもチャンスあるよ。私や美咲みたいに年を取る前にね。」
「誰が年だって?」と美咲は反発した。「私だって引く手あまたなんだから!」
桃子は「はいはい」と苦笑するしかなかった。
光行はまだ俯いたまま、「それ、いつの話?」と声を詰まらせて聞いた。
「どうしたの?」と桃子が心配そうに聞いた。
美咲は、「桃子にずっと懐いてたから、急に結婚したって聞いてショックなんだよ」と説明した。
桃子は「もういい年なんだし、結婚くらい普通だよ」と優しく言った。
「違う!」光行は、今まで桃子に彼氏がいたなんて聞いたこともないのに、突然の結婚に納得がいかない。「きっとおじさんたちに無理やりさせられたんだ、相手だってどうせダメな男だろう!」
「そんなことないよ、私は今幸せだよ」と桃子はなだめようとしたが、光行は納得せず、そのまま黙って立ち去ってしまった。
「何だったんだろう……」と桃子は首をかしげた。
美咲はあっさりしている。「まあ、ショックなんだよ。小さい頃から実の姉みたいに慕ってたし、急にそんなこと言われたら受け入れられないでしょ。」
「もう遅いし、帰ろう?」と美咲が提案した。
桃子は「でも……」と迷ったが、
「光行はもういいって言ったでしょ?今日はきれいにドレスアップしてるんだから、夜遅くに女の子二人で帰るのは危ないよ」と美咲は腕を組んでエントランスへ。「さあ、帰ろう!」
その頃、エスカレーターの上では――
アレクサンダーとの契約を終えた智司が、桃子たちがまだホテルを出ていないことに気づき、遠くからじっと見つめていた。二人がなかなか帰ろうとしない様子に、彼は冷ややかな視線を送った。「こんな夜遅くまで、何をしているんだ?」と心の中で呟きながら。
「光行を待とうか。送ってもらえばいいし」と桃子が言った。
「いいってば、方向が違うし。タクシーで帰れるから」と美咲は言った。桃子は光行のことが気がかりで、後で何かお礼をしようと思っていた。
ロールスロイスの車内では、冷房が効いている。智司はじっと、噴水のそばに立つ二人を見つめていた。
運転手が小声で聞いた。「社長、出発しますか?」
車内は静寂に包まれたままだった。智司が何も言わないのは「待て」ということだ。運転手も息を殺して指示を待った。
智司の視線は、桃子のオフショルダードレスに注がれていた。「もしかして、目立つ場所で誰かにアピールしているのか?」と疑念が膨らんだ。
その時、ホテルの玄関から見覚えのある若者が大きな紙袋を持って走ってきた。光行だ。
「桃子!」と叫びながら袋を手渡した。
「これ、何?」
光行の目は赤く、泣いた跡があるように見えた。
「どうしたの?」と桃子が尋ねると、
「さっき砂が入ったんだ」とごまかしつつ、「これは今日の空輸フルーツとお菓子。家で食べて」と強引に袋を渡した。
彼女がおじさんの家で苦労していたことを気にして、こうして内緒で持たせたかったのだ。
桃子は感激し、「ありがとう、光行……」とつぶやいた。
美咲も少し感動した。「さっき、持ち帰りなんて恥ずかしいって言ってたのに、結局やるんだね。」
光行は桃子の手をぎゅっと握って、「もし何かあったら、必ず僕に言って。絶対守るから!」と真剣に言った。
「大丈夫、誰もいじめたりしないから」と桃子は優しく答えた。叔母の家では遠慮していたけど、他の人には絶対に負けない、と心の中で思った。
ロールスロイスの窓から、その光景をじっと見ていた智司は、光行のまなざしにただならぬ感情を読み取り、眉間に深いしわを寄せた――
間違いない、光行は桃子に好意を持っている。
車内の空気が一気に凍りつき、運転手は息もできないほどの緊張感に包まれた。
「桃子、まだ用事があるけど、誰かに送ってもらう?」と光行が言った。
「大丈夫、もうタクシー呼んだから」と桃子はスマホを見せた。
光行はうなずき、二人がタクシーに乗るのを見送った。自分の行動が、鋭い視線に捉えられているとは夢にも思わなかった。