——地球が終わるかもしれない日。
家の近くにある、普段なら立ち寄ろうとも思わない小さな公園。
平日の昼間からベンチに座り、缶ジュースを飲んでいた。
空には、月が二つ。
真上にいつもの薄ら白い月。
右側、遠くのビル群にかかるくらいのところに、ちょっとグレーがかった見慣れない月が、これ見よがしに浮かんでいる。
本物の月の半分くらいの大きさとはいえ、見慣れた空に異質な物体があるのは、やっぱり気持ち悪かった。
ぶっちゃけ、あれが地球にぶつかったら人類はおしまいだったらしい。
だけど、ぶつからなかった。
宇宙の彼方からものすごい勢いで飛んできたはずの小惑星は、なぜかギリギリで進路を変え、月を追いかけて地球を回る軌道に入ったのだ。
地球滅亡の当日まで休まず放送されていたテレビは奇跡だなんだって連呼してたけど、俺はなんだか疲れてしまって、公園までふらりと散歩に来たって訳だ。
「……地球最後の日くらい、彼女とロマンチックに過ごしてみたかったなぁ」
思わず、口からこぼれた。
ちょっと恥ずかしくなって缶ジュースをあおる。
その瞬間——
「出った~! 出ました! 終末妄想型ロマンチスト症候群! 残念ながら、ユウリは
後ろから声。
振り返らずともわかる。
ケンゴだ。
手には銀色のラメが入った怪しいドリンク。
口にはLEDで七色に輝くわたあめ。
ツーブロックに刈り上げた髪はオレンジ色。
派手なアロハシャツにカーゴパンツでサンダル履き。
いろいろと個性が渋滞しているコイツは、俺の高校生活における数少ない友人ってやつだった。
「ソロじゃねぇわ。ってかなんだその食欲をそそらないドリンクとわたあめ」
「駅前で売ってた。宇宙人ジュースと宇宙人わたあめだってよ」
「モロ便乗商売じゃねぇか」
「バカおめぇコレ半額だったんだぜ?! 買わなきゃソンだろ?!」
「……お前よくこれまで生きてこれたな」
まぁわかってやってるんだコイツは。
そういうやつだ。
ベンチの隣に座り、ラメ入りのカップから合成着色料100%みたいなジュースを飲む。
なんとなく、俺たちはまた空を見上げた。
月と、もう一つの月。
誰もがちょっとだけビビってるのに、空はあくまで平和で、変に明るかった。
「ところでさ、アレの名前知ってる?」
「どれ?」
「あの第二の月。なんか、セレーヌ? セレーナ? セロリ?」
「最後だけ野菜になってんぞ」
「マジでなんだっけ、セレーネ? なんか綺麗すぎて世界を滅亡させるかもしれなかった星とは思えんよな。どうせなら“暗黒超惑星デスシューター”みたいによ、ちょっと『怖っ!』てなる名前にすりゃいいのに」
「小学生かよ」
二人で小さく「ははっ」って笑って、ジュースを飲む。
現実味がぜんぜんない。
ケンゴは中にLEDの仕込まれた不味いわたあめを食べるのをあきらめ、ゴミ箱に捨てた。
「でもまぁ、よかったじゃんよ」
「ん……まぁな」
「ここで地球が滅亡したら、ユウリの人生の80%は空っぽの虚無でしたってことになるもんな」
「虚無じゃねぇわ。ってか残りの20%はなんだよ」
「親友のおれとの大切な時間」
「地獄か」
もう一度笑って、缶ジュースの残りを飲み干す。
アルミの缶をくしゃっと潰して、俺は立ち上がった。
二人のスマホが同時に鳴る。
クラスの連絡用SNSに「休校は本日まで、明日は全校集会があります」ってメッセージが入ってた。
「……仕事熱心だねぇ、うちの先生たちはよ」
「まぁあの人らもサラリーマンだからな」
学校からのメッセージの後に、クラスメイトからの不満げなスタンプがいくつか出る。
その後に「極秘情報」ってメッセージが入って、俺たちはスマホを見つめた。
「なにこれ?」
「転校生が来るらしいな」
「いや、それは読めばわかるけど、その後」
「あれだろ“文化交流プログラム”ってやつ。さっきニュースになってた」
ラメ入りジュースを「ずごごっ」と飲み干して、ケンゴは何でもないことのように続ける。
「あの“暗黒超惑星デスシューター”には宇宙人が乗っててよ、地球の人類と文化交流をしたいって国連かどっかに通信が入ったんだって……え? なに? マジで知らんかったん?」
会話の80%は冗談で、残りの20%はネタのようなケンゴのことだ。
どうせいつもの冗談だろうと笑い飛ばそうとしたけど、どうやら本当にマジな話らしかった。
ネットのニュースを見てみると、どこもその話題で持ちきりだった。
「冗談だろ……」
「しかし宇宙人ってどんなんかな? タコ型?」
「古っ。ん~、リトルグレイみたいなんじゃね?」
「どうせなら美少女だといいよな」
「お前それアニメの見過ぎだろ」
初夏の空気は湿気を含んでいて生ぬるいけど、不思議と居心地がいい。
6月の晴れ渡った空にのびをして、俺は「まぁ、なるようにしかならないか」と大きく息を吐いた。
――世界は終わらなかった。
でも、俺たちの“普通”は今日で終わりなのかもしれない。
宇宙人の転校生がやってくる明日を、俺たちは受け入れるしかなかった。