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第3話

 初等部へと入学した俺は、今日初めて、ローズ・クォーツのサロンへと行く。

 入学して二週間。


 教室にいたら、呼びに来られたのだ。

 そこで制服に、ローズ・クォーツで出来たバラの花のバッジをとめてもらった。

 バラの蕾だ。


 初等部までが蕾、中高等部が花のバッジで、サロンの場所が異なる。

 一般的に初等部の児童の方が、ツボミと呼ばれて区別される。


「誉か」


 中に入ると、巨大なくまのぬいぐるみを睨んでいた存沼が振り返った。何をやっているんだ、この子は。くそ、可愛いじゃないか。


「こんにちは、存沼くん」

「……ああ。こんにちは」


 そこへ誰かが言った。


「二人はお友達なんだ?」


 そんなやりとりから、俺と存沼はセット扱いされるように囲まれた。

 名前から始まり、好きな食べ物、嫌いな食べ物、などなど質問攻めにされた。

 存沼が何も答えない隣で、俺はとりあえずニコニコ笑う。


 ここに砂川院兄弟の姿はない。

 二人とも在校しているが、兄三葉は不登校、弟和泉は出自が定かではないので、招かれていないのだ。三葉の、試験期間にしか学校に来ない設定はあったが、この頃からだったとは……筋金入りだ。


 稑生学園は、登校日数が金で買える。試験だけはどうにもならないが。

 単位は金では買えないのだ。

 存沼の顔が若干不機嫌そうになってきた。

 適当に受け答えしながら、俺はそれを見守った。


「……そろそろ帰る。誉、行くぞ」


 え、俺も?

 と思ったが、質問攻めはだるかったので、良いだろうと思う。


「お話してくれてありがとう、お兄さん」


 お兄さん、という呼び名にぞわっとしたが、まぁいい。下級生は上級生をそう呼ばなければならないのだ。女子ならお姉さんだ。幸いここに女子生徒はいないが。


 そうして俺は、存沼と共に、放課後の校舎を玄関目指して歩く。


 まだお開きになったというわけじゃなかったと言うらしく(今日はお披露目会だったらしい)、俺と存沼は、先に抜けた形だったので、サロンのコンシェルジュの人に後をついてきてもらってはいるものの、二人きりのようなものだ。厳密に言っても三人である。


 俺と存沼は、違うクラスだ。

 全部で四クラスあるのだが、存沼は一組、俺と砂川院三葉が三組、和泉が四組だ。

 そして三葉は、学校には来ない。小3になる年にあるクラス替えまでこの組分けはかわらない。その次は、小5になる年にある。1クラスは三十数人だ。


 仲良くなる予定はないが、まぁ、悪くなる予定もないが、パーティで合わない限りは、サロン以外ではあまり存沼と会う機会はない。他の二人と会う機会もないが。


「お前……」


 その時、存沼が言った。


「うん?」

「友達できたか?」

「うーん」


 現在までの間、俺は、属性がなかったはずなのにクラスメイトのショタを鑑賞している。可愛いなぁかわいいなぁとばかり思っているわけで、友達かと言われると不安だ。あれ、俺友達いないのか……? まずいな。


「存沼くんは?」

「……作り方がわからないんだ」


 俺は思わず目を伏せ、萌えを噛み殺した。麗しいハスキー犬よ、何を言う。

 しかも子犬!


「僕がそばにいるよ!」

「お、おう……」


 あ、つい言ってしまった。やっちゃったなー!


「適度にそばにいるから」

「適度!?」


 そんなやり取りをして、玄関へとつき、僕らはそれぞれの家の車で帰った。



 それにしても、高屋敷誉は、なかなか忙しいなと俺は思う。


 茶道と華道とヴァイオリンとピアノとテニスとスイミングとフェンシングと社交ダンスを習いに行く他、英会話と各教科は家庭教師に習っている。


 英語の先生は、レイズ・シュガール。ルイズの兄だということになっている大学生だが、やはり偽名だ。どうやら高屋敷家は、偽名だと知っていて――こういうと人聞きが悪いが、その、あれである。子供の自主性を伸ばしたいから家庭教師のバイトをさせてあげたい、というシュガール(偽名)家の頼みを聞いたようだ。だから俺も知らないふりを通し続ける!


 俺が英会話と、五教科の英語を習っているレイズ先生は、金髪碧眼の外国人だ。ちなみに、ルイズとは本当の兄弟である。しかし性別をルイズは偽っているので、兄妹扱いだ。ルイズは俺と同じ歳である。


 レイズ先生は現在、俺が知る前世の世界で実際に有名だった、某T大学に、留学してきている。日本語を学ぶため、ではない。もう学び終えて、日本文学に心を惹かれたらしい。だが、どこからどう見ても、文学青年には見えない。ターミネーターになれる体格の持ち

主だ。彫りの深い顔だけが、ちょっとだけ優しく見える以外は、精悍で怖い。


 どこか存沼に通じるのではないかという鋭い眼光の持ち主でもあるが、笑っていないところを一度も見たことはない。怒らせたら怖そうというのが正しいのかもしれない。勿論、こんなキャラは、バラ学には出てこなかった。



 それから夏休みまでの間、俺は授業後習い事までの間は、基本的にローズ・クォーツのサロンで過ごすようになった。なにせ放課後になる度に、奴が来るのだ。


「誉、行くぞ」


 存沼である。今日も来た。本当に友達の作り方がわからなかったのかもしれない。将来はともかくなんとも不憫で、つい俺は付き合ってしまっている。


「今行くよ、マキくん。――じゃあまたね、侑くん、葉月くん」


 マキと、俺は存沼のことを呼んでいる。存沼の中で、俺の苦手なものは漢字に決定しているようだ。ちなみに侑くんと葉月くんは隣の席の友人である。良かった、俺には友達ができた。


 いつも呼びに来るたび、ムッとしたような顔で、存沼が羨ましそうにこちらを見ているのを俺は知っている。


 二人で並んで廊下を歩いていると、つまらなそうな顔で存沼が言った。


「おい、誉」

「何?」

「夏休み、エジプトに行かないか?」

「うん、行かない」

「っ、や、行くぞ」

「行けば?」

「一緒にスフィンクス!」

「……」


 ちょっと心惹かれた。だが、エジプトなんて変わったチョイスにも思えるが夏の家族旅行だろうし、着いて行っては悪い。それに、これ以上仲良くなりたくない。存沼のことは嫌いではないが、俺は我が身が可愛い。


「ご家族と楽しんできてね」

「家族は仕事だ」


 確かに夏休みなんてないか、と思い出した。だが、我が家は年中休みみたいなものなので、ちょっと不思議だった。やはり世界中にグループ会社があり、創業者一族が社長の座を継いでいく――のに、実力主義の存沼財閥は一味違うのだろう。


 いやまて、じゃあエジプトは誰と行くんだ?


「存沼一人で行くの?」

「……ああ」

「怖くないの?」

「……だから誉を誘ってる」


 存沼が、怖い、という言葉を否定しなかった。物怖じしなさそうに見える存沼でも、やはり一人旅は怖いんだなと、少し親近感がわくと同時に、反射的に頷いていた。はっきり言って、同情したのだ。夏に一人だなんて……!


「僕も行くよ。一緒にスフィンクス!」


 あ、つい、存沼って言っちゃった。


 砂川院三葉が学校にやってきたのは、テストを除くと終業式である本日が、始業式以来である。顔を合わせるのも、久しぶりだった。


「――誉くん」


 授業が全て終わった時、俺は三葉に声をかけられた。

 振り返ると、姿形は幼いのに大人びている少年が、無表情で俺を見ていた。


「八月の二三四あいてる?」

「あいてるよ。久しぶり、三葉くん」


 エジプトにいくのは8月10日からだ。

 家族旅行とも日程はずれている。お稽古事は、八月中はお休みになっている。


「久しぶり。――そう。良かったら、別荘に来ない?」

「別荘?」

「遊びに行くんだ。長野に」


 随分といきなりだなと思う。日程という意味ではなくて、親しくなっていないという意味だ。それともこれが庶民とは違う交友関係の結び方なのだろうか。一応、周囲には病弱で不登校ということになっているけど、大丈夫なんだろうか、三葉くん。思いっきり遊びって言ってるけど。ご静養の方がいいんじゃないだろうか。


 シナリオの設定に、健康の有無は書いていなかったので、元来ひきこもり設定とはいえ、ちょっと不安だ。あんまりにも色白すぎて、心配になってくる。


 もしかすると本当に友達がいないのだったりして……学校来てないしな。こちらも一人寂しい夏休みだったら、可哀想すぎる。余計なお世話かもしれないが。


 将来的に、弟と仲良くなるとは思うが、現在仲がいいのかは知らないしね。


「無理にとは言わないけど」

「ううん。ぜひ、行きたい」


 俺の沈黙を勘違いしたのか、ポツリと言った三葉くんの前で首を振る。


「誉」


 その時丁度、存沼がやってきた。


「帰るぞ」

「うん。ちょっと待ってね――三葉くん、じゃあまた。楽しみにしてるね」

「うん」


 僕は手を振り、席を立った。しかし今度は、眉を顰めた存沼が歩み寄ってきた。


「三葉」

「何?」

「元気か?」

「うん」


 周囲の空気が凍りついて行く。焦っているのがありありと伝わってきた。


 確かに――はたからみれば、存沼は険しい顔で詰め寄っているように見えるだろう。氷のように、冷たい砂川院の次期後継者に。実際に三葉くんが何を考えていてどういう体調なのか俺にはわからない。


 ただ存沼のことはちょっと分かる。この顔と声と言葉は――間違いなく心配している。果たしてそれは三葉くんに伝わっているのだろうか。


「僕、そろそろ帰るよ。じゃあまた、雅樹、誉くん」


 終始無表情でそう言うと、先に三葉くんが帰って行った。




 このようにして、最初の学期は終わった。





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