寝室の壁にはランプの影が揺れていた。
甘い時間を過ごした後、前田愛子の頬にはまだ紅潮が残り、健太の腕の中でおとなしく抱かれている。魂も体も、さっきの震えがまだ名残惜しそうに宿っていた。
結婚して五年になるが、二人の仲は新婚の頃よりもずっと深く、愛し合っている。かつて彼女を嘲笑い、唾を吐きかけた者たちは、現実に散々に打ちのめされた。
ただ一つ残る後悔は、五年前のあの事件以来、愛子は聴力を失い、健太の声を一度も聞いたことがなかったことだ。
幾度となく検査を受けたが、医師たちは一様に、これは器質的な問題ではなく心因性によるものだと診断した。
幸いにも治療の結果、心理カウンセラーは彼女の状態がどんどん良くなっており、聴力はいつ回復してもおかしくないと言っていた。
五年前、健太が周囲の反対を押し切って彼女を迎え入れてくれなければ、愛子は生きる勇気を持てただろうか。ましてや心の傷を乗り越え、今の幸せを掴むことなど到底できなかっただろう。
健太が愛子の汗で濡れた耳元の髪を弄んでいると、スマートフォンに届いた新着メッセージが視界に入った。彼の手が突然止まる。
「どうしたの?」彼の異変に気づき、愛子が顔を上げた。その声は心配に満ちていた。
普段あまり話さないせいか、彼女の声には少しだけ嗄れが混じっていた。
聴力を失ったばかりの頃、愛子は口を開くことすら拒んでいた。健太が辛抱強く導き、励まし続けてくれたおかげで、ようやく再び話せるようになったのだ。
「会社でちょっとしたトラブルがあって、行かなくちゃ」健太が彼女の額にキスをし、名残惜しそうに抱擁を解いた。
「ごめん、今日はお風呂に入れてあげられない」
愛子の頬が一気に真っ赤になり、恥ずかしそうに言った。
「大丈夫、自分でできるから」
健太は昔から愛子をとても可愛がっていて、普段は家事すらさせない。こういう後の入浴さえも、いつも彼がやってくれた。もう彼の過保護ぶりに生活能力が退化しそうだった!
健太は次に彼女の目頭、口元へとキスを落とし、心配そうに言った。
「お風呂に入ったら早く寝て。僕を待たなくていいから」
わざとゆっくり話すことで、愛子が読唇術で理解しやすいように配慮していた。愛子が読唇術を習得しているのも、健太がわざわざ講師を手配してくれたおかげだった。彼は本当に、彼女を大切にしているのだった。
愛子は心の中が甘く満たされ、素直にうなずいた。
健太は愛情を込めて彼女の頭を撫でると、ようやく身を起こして客室へと向かい、シャワーを浴びに行った。
しばらくすると、彼はスーツに着替えて階下へ降り、車を走らせて出て行った。
愛子はシャワーを浴びた後、静かにカーテンの陰に立ち、彼の車が夜の闇に消えていくのを見届けると、ベッドに戻った。
健太は結婚後、正式に前田商事を引き継ぎ、手を焼いていた古参の取締役や株主たちをようやく抑え込んだ。この二年はさらに会社の転換期に奔走している。愛子は健太の慌ただしい様子を見て、胸が痛んだ。
五年前のあの事件のせいで、彼女は母親が残した会社の株式を引き継げず、今も健太の役に立てることは何一つなかった。
愛子はそっとため息をつき、ベッドに横たわり、おとなしく眠る準備をした。体をしっかり休めて、健太に心配をかけないこと。それが今の彼女に唯一できることだったのだ。
真夜中、うつらうつらと眠っていた愛子の耳に、かすかな音が聞こえてきた。まるで別荘の外に車が入ってくるような物音だった。
愛子のまつげが微かに震え、二秒後、彼女はパッと目を見開いて飛び起きた。その瞳には驚きがあふれていた。
階下でドアが開く音がし、革靴が床を踏みしめる足音が、次第に鮮明に聞こえてくる。
愛子はゆっくりと手を持ち上げ、信じられないというように自分の耳を触った。聴力が、戻ったのか?
愛子は興奮してベッドから飛び降り、健太にこの朗報を伝えようと駆け出そうとした瞬間、あるいたずらっぽい考えが頭をよぎった。そうだ、サプライズにしてやろう!
彼女は再びベッドに横たわり、口元に浮かんだ笑みをどうしても抑えきれなかった。聴力が戻ったことを健太が知ったら、どれほど喜ぶことか。
長い間音を聞いていなかったせいか、聴力が戻ったばかりの愛子の耳は非常に敏感になっていた。健太の足音が次第に近づくのが聞こえ、彼が電話で話す声までもが聞こえてきた。
夜闇の中で、健太の声は低く豊かで、まるでチェロの奏でる美しい音符のようだった。それは彼女の心の琴線に触れ、跳ねるように落ちていった。彼の声は、想像していた以上に優しく響いた!
愛子の鼓動は一瞬止まり、そして突然激しく打ち始め、喉から飛び出しそうだった。
しかし次の瞬間、電話から流れてきた言葉が、彼女を氷の穴に突き落とした。
「兄ちゃんがいるから、愛子があんたと航平さんの結婚を邪魔することは絶対にさせない!」
「あんたが幸せなら、愛してない女を嫁に迎えるだけなんて安いものさ。兄ちゃんの命だって捧げられるんだから」
「それは違うだろう?兄ちゃんがあんたを可愛がるのは、本当にあんたに幸せになってほしいからだ。愛子に優しくしてるのは、彼女を俺から離れさせないため、航平さんに完全に諦めさせるためだ」
「よしよし、もう泣くな。何かあったらいつでも兄ちゃんに電話しろ。そっちに行くから。どんな人や物事よりも、あんたが一番大事なんだ!」
愛子の杏の形をした目は見開かれ、瞳孔が制御できないほど激しく震えた。健太は何を言っているの?絶対に聞き間違いに違いない。
部屋のドアが開き、足音がベッドに近づいてくる。愛子の胸が突然締め付けられ、シーツを強く握りしめ、下唇を噛みしめて、ようやく震え続ける体を抑えた。
「心配するな。五年前のあの件は、俺が自ら痕跡をすべて消した。航平さんが疑って再調査したとしても、何も出てこない」
「愛子のあのオリジナルの写真は確かにまだ持ってるよ。ただ、大事な時に使うために取っておかなくちゃな」
「あんたが心配してることは、兄ちゃんが代わりに解決する。もう遅いから、おとなしく寝な。兄ちゃんが絵本を読んであげるからな!」
健太はネクタイを外しながら、優しい声で物語を語り始め、ベッドの反対側へと歩み寄った。ベッドの端がわずかに沈んだ。
「眠っている」はずの愛子が突然寝返りを打つと、健太の語りはぴたりと止まった。彼は背を向けて横たわる愛子を一瞥し、二秒間躊躇した後、結局立ち上がり客室へ向かった。ドアは静かに閉じられた。
愛子はゆっくりと目を開けた。視界はぼやけていた。手を上げてまぶたを触ると、指先の湿り気が、自分がすでに声もなく涙に濡れていたことに気づかせた。
さっき、健太が彼女をもう少し見ていれば、彼女の異変に気づいたはずだった。しかし彼はそうしなかった。彼の注意は、すべて電話の向こうにいる妹の前田沙也加に注がれていたのだ。
健太は完全なシスコンで、妹の願いには何でも応え、沙也加を少しでも悲しませることを嫌い、彼女に対する愛情は自分自身に対するそれに決して劣らなかった。
だがどうやら、彼女はそもそも彼の「手の甲」ですらなかった。ただ彼が沙也加の幸せを守るための駒に過ぎなかったのだ。
愛子の胸には悲しみと怒りが入り混じり、歯が唇を噛み切って、口中に鉄のような血の味が広がった。彼女は立ち上がって浴室へ向かい、冷たい水が全身に降り注いだ。しかし体内を貫く氷のような冷たさには及ばず、体中の血液が凍りついたかのようだった。
健太のあの言葉が、絶え間なく彼女の耳元で繰り返される。それは無数の鋭い刃となり、彼女の心臓を容赦なく刺し、肉を引き裂きながら引き抜かれるかのようだった。ようやくかさぶたになりかけていた心の傷が再び引き裂かれ、内側は千々に傷つき、血肉がぐちゃぐちゃになっていた。
あの年、彼女を死ぬほど苦しめたあの事件が、なんと健太に関わっていたとは!彼が彼女を娶ったこと、この五年間のすべてが、なんと初めから偽りだったとは!
冷たい水が容赦なく浴びせられる。まるで無数の針の先で刺すような痛みだった。痛みの極限に達した時、愛子は逆に目が覚めた。そんな偽りの幸せなど、いらない!彼女は離婚する。健太の「愛」という名の檻から抜け出すのだ。
その前に、彼女は健太の妻という立場を利用し、当時の真実を暴き、自らの正義を取り戻す!