鈴木邸。
「八筒。」
「ポン。」
夏末はにこやかに八筒を受け取り、自分の手牌をさっと見渡した。
ポンポン和了、テンパイ中だ。
卓の向かい側で、夢希は作り笑いを浮かべながら言った。
「まあ!石野さん、さすがに目ざといですね。私が気づく前にもうポンされちゃって。」
夏末はちらりと夢希を見上げたが、わざわざ返事する気もない。
夢希はすでに皮肉を言う準備万端で、夏末が無視しようが気にせず続けた。
彼女は突然大きなため息をつく。
「はあ〜〜〜」
わざとらしい声に、卓の三人が一斉に目をやる。
夢希が言う。
「石野さん、本当にお気の毒様。あんなに観察力があるのに、身近な小悪魔に気づかないなんて。」
夏末は表情一つ変えず、さっと夢希を一瞥するとまた手牌に集中した。
この一局で和了ればかなりの点数になる。
大事な場面で気を散らすわけにはいかない。
夢希はわざと涙をぬぐう仕草をしながら、体をくねらせて続けた。
「石野さん、私自慢じゃないけど、女は結婚したら旦那さんの操縦を覚えなきゃ。さもないと、外の小娘に取られちゃいますよ?」
夏末は一枚引き、ふと眉をひそめて夢希を見上げた。
夢希はそんな夏末の様子を見て、口元がにやりと上がる。
心の中で「やっぱり痛いところを突いたわね」とほくそ笑む。
夢希はすかさず心配そうな顔を作り、わざとらしく慰める。
「石野さん、アドバイスが必要ならいつでも言ってくださいね。私、結婚して五年たつけど、いまだに旦那さんは私にべったりで——」
夏末は首を振り、口元に微笑みを浮かべて言った。
「すみません、また和了りました。」
夢希「……?」
えっ?
夏末「ツモ、ポンポン和了。一人十六万円です。」
これで三連勝。
さすがにお金を受け取るのも少し気が引ける。
夢希は渋々財布からお金を出して夏末に渡す。
心の中では「よくもまあ平然としていられるわね、いつまで我慢できるか見ものよ」と毒づいていた。
新しい局が始まり、しばらくして——
夢希は咳払いをし、卓をぐるりと見渡して大げさに言った。
「やっと年寄りの言葉が信じられるようになりました。」
森田夫人が興味津々で聞く。「どんな言葉?」
夢希は夏末を見つめながら言う。
「恋に破れれば博打に勝つ、ってやつです。」
森田夫人と鈴木夫人は顔を見合わせ、卓の雰囲気がどんどんきな臭くなっていくのを感じた。
夢希は口元を隠して微笑む。
「さっきの絶張ツモ、石野さんの運の良さは本当にすごいですね。」
鈴木夫人は噂話に興味がなく、淡々と牌を切る。「三索。」
夏末は牌を見て、「チー。」と宣言。
森田夫人も夢希の言葉に乗って、「石野さん、今日は本当にツイてますね。」
夏末はにっこり微笑んだ。
「ええ、だから皆さんも集中して打たないと、私に全員やられちゃいますよ。」
夢希は皮肉も通じず、イライラしながら牌を切った。「七索!」
「和了!」夏末は嬉しそうに牌を倒し、「清一色、あなたの七索で和了です。」
「またしても一人十六万円です。」
鈴木夫人は夏末に目を向け、冗談めかして言う。
「石野さん、さっきは麻雀が下手だって言ってませんでした?本当は控えめだったんですね。」
夏末は照れくさそうに笑い、「そんなことありませんよ。全部佐藤さんのおかげです。」
——恋に破れれば博打に勝つ。
もし本当にこの言葉どおりなら、卓也が外で浮気すればするほど、私はますます運が良くなるってこと?
それなら毎日でも精進料理で過ごしてもいいくらい。
夢希は言葉に詰まり、お金を払った後、牌を乱暴に倒した。
「もう一局!」
こんなはずじゃない。
皮肉も効かず、得意の麻雀でも夏末に負けるなんて。
ふん。
……
一時間後。
夢希は持ってきた十六万円がほとんどなくなって、やっと我に返る。
何をしているの、私——
今日は鬱憤晴らしに来たはずなのに、いつの間にか夏末と勝負に夢中になってしまった。
一方、夏末は圧倒的な勝者に。
三人を相手に、一人勝ち。
わずか数時間で百万円以上も勝ってしまい、以前の仕事の何か月分ものボーナスに相当する。
夏末は平然を装いながら、「これくらい当然」とでも言いたげに、ゆっくりとお金をバッグにしまう。
その落ち着きが夢希をさらに苛立たせる。
皮肉も通じず、お金まで巻き上げられて、悔しさでいっぱいだ。
夢希は気持ちを切り替え、方針転換。
強気が通じないなら、今度は弱気で攻めるしかない。
鈴木夫人がトイレに立った隙に、夢希は突然夏末の手を握る。
わざとらしく慰めるように手を叩きながら言った。
「石野さん、私たち女性同士、あなたの辛さはよく分かります。無理して笑ってるけど、本当は泣いてるんじゃないかって思っちゃう。」
夏末は鳥肌が立ち、ゆっくりと顔を上げた。
まるで変なものを見る目で夢希を見返す。
夢希は夏末のまつげが震えたのを見て、核心を突いたと勘違いし、さらに続ける。
「結局、私が手を滑らせたせいで、みんなに知られちゃったわけだし……。もし社長と離婚するなら、横浜で一番の弁護士を紹介してあげる。それで許してもらえれば——」
「ぷっ——」
夏末はついに堪えきれず、吹き出してしまった。
この一笑で十年分の功徳も吹き飛んだ。
せっかく保っていた落ち着いたイメージも崩壊。
仕方ない、夢希の計算高さがあまりに露骨で、ツボに入ってしまったのだ。
どうしてこんなに分かりやすくて意地悪な人がいるんだろう。
問題が大きくなることを本気で望んでいるのが見え見え。
夏末は表情を引き締めた。
もう崩れたからには、はっきり言ってやるしかない。
夢希の手を引き抜き、ゆっくりと言った。
「佐藤さん、今日はずっと私の家庭の話ばかりしてるけど、みんなの気分を壊したくなくて黙ってただけ。もう麻雀も終わったし、そんなに私の家庭が気になるなら、ちゃんと返事します。」
夢希は呆然とし、まるで別人のような夏末に戸惑う。
夏末は静かに言う。
「返事は簡単よ。」
夢希「……?」
夏末「あなたには関係ないわ。」
夢希「何それ……」
夏末「何よ?家で暇すぎて口を動かしたくて仕方ないんじゃない?せっかく外に出てきたからって、そんなに話したい?」
夢希の顔がひきつる。「私のことを口うるさいって言いたいの?」
夏末「例え話よ。」
夢希はこんな屈辱、今まで味わったことがない。手が震え、夏末を睨みつけた。
森田夫人はオロオロして、どちらを助けていいかわからない。
本来なら親しい夢希の味方をすべきだけど、夏末の勢いに押されて何も言えない。
夢希は卓を叩きつけ、手のひらがしびれるほど強く叫んだ。
「一体何様のつもり?誰があんたにそんな口をきく許可をしたの?私の旦那でもそんなこと言わないわよ!」
「自分の旦那も抑えられないくせに、何を偉そうに!」
「そんなに自信があるなら、旦那さんを取り戻してみなさいよ!愛人を捕まえてみなさいよ!」
夏末は静かに夢希を見つめる。
その姿が哀れで、悲しくすら思えた。
一言一言から、女としての自信のなさと、男性に依存する価値観が透けて見える。
夏末がさらに言い返そうとしたとき、落ち着いた足音が近づいてきた。
玄関で、鈴木家の使用人が一人の人物を案内し、卓を指さす。
「石野様、石野さんはこちらです。」