学生時代から結婚に至るまで、黒沢理子は
しかし、事件現場で、早瀬深はこう言った。
「清美は会社の柱だ。君が彼女の代わりに入ってくれ。出てきたら、すべて元通りにするから。」
五歳の息子・早瀬優也までもが、泣きながら彼女を指して「ママが犯人だ」と叫んだ。
実家の家族は言った。
「竹内清美のプロジェクトは黒沢家の存亡に関わる。彼女の代わりに刑務所に入って、戻ってきたら補償してやる。」
結局、出所した理子は、親族と絶縁し、莫大な財産もすべて寄付した。
夫も、息子も、家族も——誰一人として、彼女の後ろ姿すら呼び戻すことはできなかった。
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「早瀬理子、出所していいぞ。」
刑務官が檻のドアを開けて叫ぶ。理子は一瞬呆然としたが、ようやく前に進み出る。
「仮釈放が通ったんですか?」何度も申請しては却下されてきた。
刑務官は苛立たしげに言った。
「出ていいと言ってるんだ、余計なこと聞くな。」
理子は答えを得られぬまま、簡単に荷物をまとめ、入所時に預けられていた携帯とダイヤモンドのネックレスだけを持って出た。ネックレスの主石には、血のような深紅の染みが残っている。それはあの日、祖母がくれた物で、祖母が階段から転落した時に飛び散った血が付着していた。
事件当日、彼女は竹内清美と口論し、清美が手を出した拍子に祖母を階段から突き落としてしまった。警察に通報した後、家族の打算によって理子が身代わりにされた。あの時は深く考えずに、警察に従い、そのまま三年の刑を言い渡されることになるとは思いもしなかった。
二年が過ぎ、鉄格子の外に出た時、まるで別世界にいるような気分だった。
刑務所の外には、普通のセダンが一台停まっていた。彼女が出てくると、運転手の森さんがすぐに降りてきた。
「奥様、お迎えに参りました。」
「森さん、この車は……?」
早瀬家も黒沢家も、ガレージには高級車が並んでいるのに、どうして森さんの自家用車?
「ご主人様が、この車は目立たないし、ご自宅の車は派手すぎる。何より、刑務所に来るのは縁起が悪いから、とおっしゃったのです。」
縁起が悪い?この二年、誰も面会に来なかったのも、そのせいか。
車中で、森さんは黒沢家と早瀬家が「仮釈放」の手続きを手配し、彼女を早く出所させたと話した。理子自身が病気で申請した本当の仮釈放は、何度も却下されたのに、彼らの手配だとあっさり通った。そんな力があるなら、なぜもっと早く助けてくれなかったのか?なぜ今さらなのか?
早瀬家の屋敷。
懐かしい家を見つめ、理子の心は波立った。ここは彼女と早瀬深の新婚の家であり、息子・早瀬優もここで生まれた。深の仕事を支えるために忙しく、妊娠中も自分の体を省みなかったせいで、優も体が弱く、彼女は専業主婦になった。
玄関を開けると、リビングの様子が目に入った。
早瀬深、父の黒沢牧夫、兄の黒沢青峰が談笑していて、彼女には気づいていない。
早瀬優は背中を向けていた。
二年ぶりに成長した息子の後ろ姿も、理子は一目で分かった。思わず目頭が熱くなる。刑務所で何度も子供に会いたいと願い出たが、「子供をそんな所へ連れて行けるか」と断られてきた。
涙をこらえていると、早瀬優が振り返った。なんと大きなアイスクリームの箱を抱えて食べている!理子の顔色が変わる——優は喘息持ちで、冷たいものは絶対ダメなのだ!すぐに駆け寄ろうとしたその時、優しい女の声が響いた。
「優也くん、アイスクリーム美味しい?」
竹内清美が、お茶を持って出てきた。
理子の目が鋭くなる。二年前、祖母を死なせた張本人が、どうして堂々と家に上がり込んで、息子のそばにいるのか?
理子が怒りを押し殺していると、早瀬優が素直に答えた。
「清美お姉ちゃんが買ってくれるアイスが一番美味しいよ。」
どうして、この女のことを、息子がそんなに親しげに「清美お姉ちゃん」と呼んでいる?
疑問に思っていると、キッチンから中年の女性が果物の盛り合わせを持って出てきた。理子は一目で分かった——10歳の時、母が父の浮気現場を押さえに連れて行った。そのとき父(黒沢牧夫)が花瓶で母の頭を殴り、母は精神を病んだ。あの時の女——竹内文子。
17年後、竹内文子がまたこの家に現れた!
竹内文子、竹内清美……両方とも「竹内」。偶然なはずがない。
やはり、竹内清美が声をかけた。
「お母さん……」
この「お母さん」の一言が、理子の常識を粉々に打ち砕いた。父の愛人と、夫の愛人が、母娘だったのか?胸が激しく波打つ。家族はそれを当たり前のように受け入れている。兄たちはなぜ許せる?母がこの女のせいで精神病院に入ったのに、父が彼女を家に連れてきても見て見ぬふり?
理子が思考を巡らせている間に、竹内清美は果物を早瀬優に差し出して言った。
「優也くん、ママすぐ帰ってくるから、会いたい?」
優也はすぐに不機嫌になり、清美の手を握った。
「僕、清美お姉ちゃんにママになってほしい!」
理子は玄関に立ったまま、その言葉をはっきり聞いた。自分の息子が、仇を母と呼びたいだなんて!
黒沢牧夫が口を挟む。
「清美お姉ちゃんをママにしたい?それはパパに聞かないとな。」
竹内清美はちょうどよく顔を赤らめる。
「黒沢さん、冗談言わないでください。」
二番目の兄・黒沢青峰も茶化す。
「深さんと清美さん、お似合いだよな。」
竹内清美は照れたように言う。
「もう、青峰兄さんったら……」
兄呼びまでしているのか?
理子の視線は早瀬深に向かう。二年ぶりに会う彼は、さらに成熟し威厳を増したが、相変わらずの美貌。しかし、彼は始終黙っていて、竹内清美と息の合った、しかしどこか親密なやりとりをしている。彼女がいない二年で、家の中はこんな日常になっていたのか!
心臓が締め付けられるような痛みの中、背後から長兄・黒沢悟の声がした。
「理子?もう出てきたのか?」
家の中の人々が、その声に気づいて一斉に立ち上がった。