目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
宇津木 しろ
恋愛現代恋愛
2025年08月01日
公開日
5.3万字
連載中
28歳の派遣社員・望月陽菜。 IT企業「Corven」で地道に働く日々の中、ある朝、 完璧すぎる社長・葉山律に突然プロポーズされてしまう。 「君、俺と結婚しないか。私の理想だ」 えっ、私が!? 理由は……まさかの「体型」!? これは、恋に臆病だった派遣女子が、 溺愛されながら、愛されていい自分を知っていく物語。

第1話

「君、俺と結婚しないか。……私の理想だ」


出社早々、エレベーターの扉が開いた瞬間に、その言葉は降ってきた。


言葉を発したのは、社長・葉山律。


乗り込んできた彼は、私を見たまま、ごく当たり前のようにそう言った。


「……え?」


あまりに唐突すぎて、聞き間違いかと思った。


栗色の髪に、琥珀色の瞳。190センチ近い長身に、完璧なスーツの着こなし。

まるで映画のスクリーンから抜け出してきたような男性が、真顔で、私を見つめている。


「それって……どういう──」


うまく言葉が出てこない私に、彼はすっと手を差し出した。

そのまま、私の手を取る。

その所作があまりに自然で、咄嗟に拒むこともできなかった。


「理想の体型だ。バランスのいいフォルム。……柔らかそうな脂肪。日本では稀少だ」


「──は、はあぁっ!?」


思わず、声が裏返った。


(な、なに言ってんのこの人!)


社長なのに!? いや、社長だからこそ問題でしょ!


「セ、セクハラです!」


顔を真っ赤にして言い放ったそのとき、エレベーターがチーンと軽やかな音を立てて停止した。


律は私の手を離し、涼しい顔で降りていく。


「考えておいて。俺たち、きっと相性がいい」


ウインクまでつけて、彼はそのままフロアの奥へと消えていった。


ぽかんと立ち尽くす私の中で、さっきの言葉だけが、何度も繰り返される。


(……え、今の現実?)


エレベーターのドアが閉まり、ようやく私はひとつ深く息を吐いた。


でも、あの低く響く声は、しつこいほど頭の中でリフレインしていた。


「君、俺と結婚しないか」







私の名前は、望月陽菜(もちづき・ひな)。二十八歳。

ITベンチャー『Corven(コルヴェン)』で、派遣社員として働いている。


肩書きは「営業推進部アシスタント」。実際の仕事は、営業資料の作成や会議サポートがメイン。


前に出て話すのは苦手で、どちらかといえば、裏方のほうが性に合っている。


そんな私には、いくつかのコンプレックスがある。


ひとつは、首にぶらさげた入館証。

社員たちは顔認証でオフィスに入れるけれど、私は毎朝それをピッと機械にかざす。


──私はここに属していない。

そんな現実を、毎日、目の前に突きつけられている気がする。


もうひとつのコンプレックスは、胸。

中学でEカップ、今やH。

重くて、動きづらくて、ただただ不便な「生活の負荷」。


それなのに、「色っぽい」「派手」なんて言われても、どう反応すればいいのか分からない。


できるだけ目立たない服を選んでいても、スーツを着れば自然と強調されてしまう。


社内でも、すれ違う男性の視線を微妙に感じることがある。


──そして、あの社長の視線は、全然「微妙」じゃなかった。


(……見られてた。あのとき、本気で)


あの茶色い瞳の熱っぽさを、今でもはっきり覚えている。


(結婚、って……何?)


私の体型を褒めた真意も、わからない。


変な人。まともじゃない。

だけど──なぜだろう。


心の奥のどこかが、ふっと熱を帯びていた。


(……いったい、なんだったの)


午後の会議室で、私は資料の整形作業をしながら、頭の中でさっきのやり取りを反芻していた。


「理想の体型だ。メリハリのあるフォルム、やわらかそうな脂肪」


もう一度思い出しただけで、顔が火照る。


(セクハラ……だよね? むしろ、問題発言レベル……)


なのに、どうして。


胸の奥のどこかが、ずっとざわついている。

びっくりして、困って、戸惑って。

だけど、それだけじゃなくて。


──ちゃんと見られていた、って思ってしまったからかもしれない。


「望月さん、手、止まってますよー」


「えっ、あっ、すみません!」


声をかけてくれたのは、営業部の先輩・野崎さん。

私の隣に座ると、お弁当を広げながら言った。


「さっき、すごいの見ちゃった。社長とエレベーターで一緒にいたでしょ?」


「え……あ、はい。偶然……」


「……社長、ああ見えて女性のタイプにうるさいって噂、知ってる?」


「え?」


「外資時代からずっと、ハーバードでも社内でも“絶対に理想以外には手を出さない男”って言われてたんだって。で、めちゃくちゃ好みが細かいらしくて──」


「こ、細かい?」


「骨格、体型、肉付き、声、香り。条件がぴったり揃ってなきゃ、ビタイチ興味示さないらしいよ」


(……え)


まさか。

私のことなんて、ほんの通りすがりの、名前も覚えられていない派遣社員のはずで。


でも──

あの目は、確かに、私だけを見ていた。


(違う……よね? 何かの冗談……)


「それにしても、もしあんな人に『結婚しないか』なんて言われたら、私だったら気絶するわー」


「そ、そんなこと……っ」


言いかけて、口をつぐむ。


(言えない、絶対言えない。気絶しなかった自分、ある意味すごい)




──ただの変人。変人。変態社長。


そうラベリングして心を落ち着かせようとするのに、

エレベーターのなかで私の手をそっと握ったぬくもりだけは、

どうしても記憶から薄れてくれなかった。




それどころか、思い出すたびに。


胸の奥が、またうるさく跳ねる。



午後の雑務を片付け、ようやくひと息ついたタイミングで──

メールの通知が、画面にふわりと浮かんだ。


《送信者:葉山 律》


(えっ……)


指が、反射的に止まる。


件名:《営業資料案について》


> ユーザー層の年齢分布が甘い。

データをもう一段掘り下げて、再送してください。



──それだけの文章。


なのに、本文の冒頭にある「望月陽菜様」の文字が、やけにまぶしく見えた。


(私の……名前、ちゃんと……)


たくさんいる派遣社員のひとり。

社長にとって、私なんてただの契約番号にすぎないと思っていたのに。



名前を覚えてもらっていた。

私宛てに、直接メールが届いた。

それだけで、身体の奥がじんわりと熱くなった。


問題点を指摘する内容は、胸にずしんときたけれど。






帰宅後。

私はベッドに横たわりながら、スマホを手に取った。


開いたのは──Velvet。

最近人気急上昇中の「理想の彼氏AI」アプリ。


実は、私の働く『Corven(コルヴェン)』が開発元だ。


性格モードが選べて、

甘々モード、年上包容モード、クール毒舌モードなど、いくつかのタイプに切り替えられる。


(今日は……「現実主義クール彼氏」モードにしよう)


葉山さんに似てるのは、たぶんこのタイプ。


そっとチャット画面を開いて、ひとこと入力する。


『上司から仕事の指摘をもらいました。……少し、落ち込んでます』



数秒後、返ってきたメッセージはこうだった。


《落ち込むこと自体は、生きてる証拠。

でも──立ち直れるかどうかは、「期待されている自覚」があるかどうかだ》


思わず息をのんだ。


まるで、心を読まれたような一文。


仕事に関してはとにかく冷静だけど、冷たくなりすぎない声。


(似てる……)


「あの人」と、そっくり。


私は続けて、もうひとつだけ、そっと尋ねた。


『……見られている、って感じるのは、思い上がりでしょうか?』


画面に表示された返答は、たったひとこと。


《違う。君が「選ばれてる」から、気づいただけ》


(──えっ)


その文だけ、なぜか既読にならないまま、表示が消えた。


スクリーンをタップしても、履歴が見つからない。


(……あれ?)


本当に打たれたのか、私の幻だったのか。


でもその一文が、

私の中に、深く、静かに残っていた。 


《君が「選ばれてる」から、気づいただけ》


それはまるで、

ほんとうにあの人が言ったみたいで。


私はしばらく、画面を伏せられなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?