(三)
テスターたちの脳波をチェックしていても、彼らがゲームの中で何をしているのかは、外からでは分からない。そのため俺は定期的に新作VRMMO内に入って、テスターたちの様子を確認している。
なお俺のキャラクターは俺自身の外見そのものに設定した。テスターとの無用な争いを避けるためだ。
「リーダー君、『漆黒の翼』の調子はどうですか?」
「縦川さん、おつかれさまです」
俺は毎回、このゲーム内で一番規模の大きいパーティー『漆黒の翼』の様子を最初に見に行く。このパーティーが一番小娘を見つける可能性が高いからだ。
「調子はぼちぼちですかね。まだエンジョウジサエコは見つかってませんが、新人はたくさん入りましたから」
「……で、その新人はどこにいるんですか」
『漆黒の翼』のリーダーの周りに新人の姿は見えない。いるのはベテランメンバーばかりだ。
「新人は落とし穴を掘ってますよ。地味ですが、これが意外と効くんですよね」
以前も彼らは、落とし穴に他パーティーのプレイヤーたちを落として、捕まえたプレイヤーを『漆黒の翼』の駒にしていた。今回も同じことをするつもりなのだろう。
「社員としては、パーティー同士の潰し合いは控えて頂きたいのですが……」
「バラバラの小さなパーティーでエンジョウジサエコを探すより、大きな一つのパーティーで探した方が、勝率が高いとは思いませんか?」
「……まあ、成果を出してくれるなら何でもいいですが。きちんと成果は出してくださいね?」
俺の言葉を聞いたリーダーの男は、口の端を上げてニヤリと笑った。
「成果は近々出せると思います。なにしろ瘴気を無効化できると噂の女が『漆黒の翼』に入りましたからね」
「ああ、あのプレイヤーですか」
無効化……もどきの魔法が使えるプレイヤーは一人しかいない。
「あのプレイヤーの使う魔法、瘴気を無効化すると言うとすごい魔法のようですが、単に混乱魔法を掛けて瘴気の影響よりも混乱魔法の影響を強く出しているだけですよね?」
「えっ。そうなんですか!? 俺はてっきり……」
どうやらリーダーの男は事実を知らなかったようだ。無効化魔法もどきを使うプレイヤーにしてやられている。
「無効化魔法が使えるという噂は、本人が流したのでしょうね。自分の評価を上げるために策を弄したというところでしょう」
その結果、この世界で最大のパーティー『漆黒の翼』に、捕虜でも新人でもなく、無効化魔法の使える特別なプレイヤーとして潜り込むことに成功している。
「クソッ、あの女!」
「待ってください、リーダー君。無効化魔法というのは言いすぎですが、混乱魔法で瘴気を誤魔化せるなら、何も無い状態で瘴気を浴びるよりも症状がマシになるかもしれませんよ」
もちろん、その代わりに混乱をするから手放しでは喜べないが。
「言われてみると、そうですね。それなら、混乱魔法でどのくらい瘴気を防げるか実験してみます」
「ちょっと、リーダー君。無闇にプレイヤーを減らすような真似はしないでくださいよ」
どうせこの男は、自分では試さないはずだ。新人か捕虜を使って試すに決まっている。
「大丈夫ですよ。実験には、弱みを握ってるプレイヤーを使いますから。この世界が嫌になったとしても、プラントワールドに来るしかないようなやつを、ね」
「怖いですね。私としては、例の彼女が見つかるなら何でもいいですが」
俺はそう言って、男の肩に手を置いた。
「『漆黒の翼』には期待をしていますよ。この世界で一番大きいパーティーですから。早く彼女を見つけてくださいね」
「まかせてください。人数を活かしたローラー作戦で、必ずエンジョウジサエコを見つけてみせます!」
男は自信満々に胸を張った。
この様子なら、これからも精力的に活動してくれるだろう。『漆黒の翼』に関しては問題無しだ。成果も無しだが。
「頑張ってくださいね。それでは私は、次のテスターを見に行きますので」
俺は手を振りながら、『漆黒の翼』と別れた。
「チッ。一番有望とはいえ、『漆黒の翼』はまだ何も掴んでいないみたいだな……このあとは時間の限り、優先順位の高いパーティーから現状確認をしていくか」
どこかのパーティーが小娘の尻尾でも掴んでくれているといいのだが……というか、いい加減に見つけてもらわないと困る。どいつもこいつも、本当に使えない。
俺は腹いせに近くにいたモンスターを蹴っ飛ばして、次の目的地へと向かった。