「マーダーズインシデント」は退廃した近代都市ソドムを舞台としたVRアクションゲームである。
プレイヤーは殺し屋となり依頼をこなすことを目的とするわけであるが、驚くべきはその自由度、そしてリアリティであった。
NPC全てに個別のAIが割り振られ現実さながらの人間関係、社会構造を構築している世界にわずかな初期資金のみを持たされ放り出されたプレイヤーキャラクターは大抵は非合法な手段によって成り上がっていく。
ステータスなどの補正は一切無い。死=キャラロスト。ログアウト中すらキャラクターはゲーム内で睡眠中として無防備で存在する為、安全な根城の確保が必須。
病的に突き詰められたリアリティが熱狂的なファンを産み、多くのプレイヤーがその退廃的魅力に溢れた世界に挑みあえなく散っては、また挑むということを繰り返す。
それでも血と暴力に支配された世界の常識に順応した上澄みの“マーダー”達は確かに一定数存在していて、天才的な狙撃者、報酬など気にしない快楽殺人鬼、実際の科学知識による毒物の専門家で毒ガス博士、メカマニアの爆弾魔というような名プレイヤー達が跳梁跋扈する。
さらに自由度の高さと近年発展したAIによる処理能力はNPCをも魅力的な存在とし、NPCマーダーは当然、傭兵NPCを雇いPMCを運営するようなシュミレーションゲーム的側面を産み出し、さらにはNPCのお株を奪いゲーム内で情報屋や武器商人までを営むプレイヤーすら現れた。
そんな『マーダーズインシデント』はシステム的なアップデートなどはほとんど無いにもかかわらず、長年絶大的な人気を博していたが、悲しいかな所詮はゲームか、あるいは社会の縮図か。トップ層の固定化、後発プレイヤーの不利、その他諸々の要因があわさりマンネリ……よく言えば、奇妙な秩序の発生が発生した。
運営チームはその秩序に混沌をもたらさんと、巨大キャンペーンをぶちあげる。
「新規マップ、新機能の追加を前に一度世界をリセットする。全てのプレイヤーはそのプレイデータは無かったことになる」
そんな反感しか買わないような発表は続くイベントの詳細により一気にひっくり返される。
とある、このゲームに熱を上げる資産家や企業経営者による出資により実現した賞金付き対人イベント。
賞金総額1000万ドル超、ラスト・ワン・スタンド。
リアルマネーを懸けた未曾有のバトルロワイヤルの開幕だった。
各プレイヤーにはプレイの経歴から各々に賞金が割り当てられる。当然ベテラン程賞金額は莫大になった。
またイベント中の活躍度合いにより賞金額は上積みされる。
イベント期間中の新規キャラクターの作成は不可となり、プレイヤーキャラが最後の1人になるまでイベントは続く。
キャラロストでゲームオーバー。ただしゲーム内の特定施設でリタイアを宣言すればそれまでに期間中に稼いだ賞金を取得可能である。
そんな告知がされたものだから、世界中から新規プレイヤーが集まりに集まった。一攫千金を狙うか、少額を稼いでリタイアか。あるいは徒党を組み有名プレイヤーを狙い打ちしようという募集までする者も現れたがそんなあまっちょろくないのもまたこのゲーム。
ほとんどがまとめて爆殺されたか、毒殺されたか、あるいは徒党を上回る組織力に擂り潰されることになった。
結局、ベテランが勝ち残るのかと思われたが……それは運営も予測しており、別のFPSゲームのプロチームなども招かれなかなかなに逼迫した戦局を見せる。
途中、爆弾魔と毒ガス野郎が相討ちし退廃都市ソドムの三割が人間の住めない汚染地域になるなどの撮れ高もしっかりと産まれたイベントはついに開催から実に180日。ようやく残るプレイヤーはただ2名となる。
そしてその2名の決着はゲーム史に残るインシデントとなるわけだが……。
▽
「危ないところだった……本当にね」
キャラクター名、モンタナ。プレイヤー、モンティ・ヴァレンタインはゲーム内外でも投資家だった。
もっともゲーム内では表向きはという前置きがつくわけだが。
モンティはいわゆる商人プレイを楽しんでいたベテランプレイヤーで、現実でも奮われる商才を遺憾なく発揮していた。実のところ賞金付きイベントの立役者の1人でもある。
投資により得た資産で違法薬物を売買しさらに資産を増やす。優秀な私兵を雇い、ライバルを消したり、誘拐や殺人、破壊工作で株価を操作するという現実では道義的に不可能な方法で私腹を肥やすといったゲームライフを満喫していた。
ゲーム内社会でも顔が利き、さらには件の爆弾魔や毒ガス野郎に薬品の格安提供までしていたのも彼であり、唯一天才的なスナイパーの女性プレイヤーとはついぞ馬が合わず常に互いを狙い合うような関係だったが。
そのスナイパーが倒されて残り2名になったことはモンティに少なくない驚きをもたらした。
おそらく最終決戦は彼女とになると思っていたからだ。
手に入れた情報によると倒したのも女性プレイヤー……しかも古参では無く別ゲームからの招待プレイヤーらしく情報は少ない。
とはいえ既にイベント開始から半年。そのプレイヤーの手の内も明らかで、ナイフ等の近接武器によるバリバリの戦闘タイプというところまでは掴んでいた。
ハッキリ言って相性は限りなくこちらに有利だ。
多少削られたがNPCの私兵はまだ数十名、完全武装で残っている。
おしむらくは地下シェルター付きのセーフハウスは汚染地域にある為逃げ込めず、次点として堅牢な防弾ガラスに囲まれた高層ビルのオフィスを根城として決戦に備えていた。
高層ビルの80階、地上300mにやってきたのは鬼神だった。
機関銃を構えた私兵をものともせず、一体いかな身体能力か、壁を、調度品を、天井すらを足場とし跳ねては銃弾を躱す。
それどころか弾丸を得物で弾き、肉薄する白フードの暗殺者に危機感を抱き、かろうじて一回直通のエレベーターでなんとか逃げおおせたのがつい先程。
閉まるエレベーター扉の隙間から投げナイフが飛び込んできたのには本当に肝を冷やした。
自身を餌に最後の敵を引き込んだとはいえ、まさか防弾ガラスを外側から指向性の爆薬でぶち抜いて飛び込んでくるとは夢にも思わなかった。
とはいえ袋の鼠なのは間違いない。
全身を覆うプロテクターを装備した私兵への有効打に乏しい暗殺者が倒されるのは時間の問題。
安堵を滲ませ、迎えの車……これまた防弾仕様に乗り込む間際、パラっという小さな小さな衝突音にふと嫌な予感がして足を止めた一歩前。
完全武装の私兵がその割増された質量でもって迎えの車を押し潰すゴシャアっという轟音に声も出せない程に驚愕させられる。
腰が抜けかけたモンティが咄嗟に上を、落下物として利用された私兵がやってきた方向を見てしまったのは無理もない話で、それがキャラクター、モンタナの見る最後の光景になる。
見開いた目と目が合う。
方や恐怖に、方や狂喜に彩られた目だ。
流石に無傷とはいかなかったのだろう。
真白のフードは流れ出た鮮血に染まって、風を切ってはためいていた。
長銃身の機関銃を杭のように構えモンティを貫かんとして、アハハハハははと狂ったように大口を開けて嗤い、少女の姿をした怪物がモンティの真上に落ちてきた。