「お袋さんよ~。面白いログあるかい?」
『ONLY ONE ONLINE 』運営メンバー、伊達政宗は管理者用VR空間にログインするや否や何故か母親に対する砕けた呼び方をした。
伊達はサイクロプスドラゴンな武将とは同姓同名なだけで無関係な、無精髭を生やした45歳の中年男性である。
お袋さん呼びに、「了解しました」と機械的に返事をしたのはモチロン伊達の母ではなくゲームシステムを管理するマザーAIだ。
ゲームの通称が「おっさん」なせいで運営メンバーからは「お袋さん」、「おっかさん」と親愛を込めて呼ばれているのである。
昨今のゲーム運営事情はAIの超進化により伊達がゲーム業界に足を踏み入れた数十年前とは別物だ。
爆発的に拡張するVR空間というデータの魔境は、最早人間の処理能力では追い付かず、同じく進化を続けるAIとゲーム演算専用のスパコンに託された。
とはいえ、AI任せというわけでもなく世界観構築やスキル提案、イベント考案など人間が関わる領域もちゃんと残されていて、運営チームからしてみればAIは一番仕事としてきついバランス面、システム面のアレコレを担ってくれる頼りになる同僚のような存在だった。
それはさておき、伊達の頼みにより「面白いログ」を見つけてきたマザーは早速それを提示してみせた。
「おっさん」ではプレイヤーの行動によりスキルを取得する……Skill TRial Yield system. 通称『STRY(ストーリー)』を採用している。
STRYはいわば試練と報酬とも言うべきシステムで、ゲーム内クエストは勿論、プレイヤーの行動が“試練”に該当するとマザーが判断し、成功したなら報酬としてスキルを得る。
スキルもプレイングに応じたスキルをマザーが取捨選択……場合に寄れば新スキルをその場で創り取得させることすらある。
ようするに、努力は報われるし、あるいはマザーにウケれば風変わりなスキルが貰えるかもしれない。
プレイヤー達はシステムの通称の通り自分だけの物語を創り出すのだ。
公表こそしていないがゲームプレイを通してそれを肌で感じたプレイヤーは試行錯誤をし、それは「面白いログ」として顕れることになる。
そんなプレイヤーの頑張りを見るのが伊達の……きっとマザーの……運営チームの楽しみなのだ。
「どれどれ……ん? ゴブリンに……8kダメージ? オーバーキル過ぎるだろ、ブハハハ」
たかだかHP30しかないLv.1 ゴブリンに8000ダメージという馬鹿げたログに伊達は腹を抱えて笑う。
「詳細ログはっと……プレイヤー名:落葉、Lv.1か。えー……最高品質改造小型手投げ爆弾がLv.1ゴブリンにHit。“不意打ち”が発生、ダメージ2倍。“バックアタック”が発生、ダメージ2倍。“急所攻撃”……爆弾って急所攻撃発生したか? あぁ、それで収束と指向化、爆風形状変化か。製作者は……あー、ボンさんの作品か。アイテム名「ネックチョッパー」……やってんなぁあの人も。基礎ダメージ200の強力爆弾が収束と指向化でさらに1000まで伸びて倍倍倍の8000と。無駄が過ぎるだろ!」
かなり暴れている見知った生産系プレイヤー名に苦笑しつつ、また別のログをと思い伊達は一覧をスクロールしていく。
するとズラズラズラと同じようにゴブリンに8kダメージというログが並んでいる。開くまでもなく同じプレイヤー、落葉の仕業だろう。
しかし、ある一点を境にログのダメージ表記が跳ね上がった。
「ん? ダメージが……256k? おいおいこりゃあ」
何が起こったか、長く運営を勤めている伊達にはすぐに判った。STRYによりスキルを取得し、それによりダメージが跳ね上がったのだ。
「スキル取得ログを。やっぱりか……不意打ち、バックアタック、急所攻撃……それぞれ連続100回成功。各マスタリーで全部倍かよ。さらに先制攻撃連続100回……一撃必殺連続100回で“先手必勝”、“ニノウチイラズ”……どっちも倍増パッシヴ……パッシヴ厨極まりって感じだな」
この時点で、伊達はこの落葉なるLv.1プレイヤーの狙いにある程度気づいてたが、並び続けるゴブリンオーバーキルのログのダメージ表記が一定間隔で跳ね上がっていくことに徐々に笑みが消え、代わりに背を冷や汗が伝っていく。
「……900B……ゴブリンに900億ダメージ……し、詳細ログを」
恐る恐る詳細ログを表示した伊達は夥しい量のログにヒクッと頬をひきつらせた。
“ネックチョッパー”がゴブリンにHit。
“先手必勝”が発動しました。ダメージ倍化。
“初手完遂”が発動しました。ダメージ倍化。
“先手必殺”が発動しました。会心率+50%。
“不意打ち”が発生しました。ダメージ倍化。
“不意打ちマスタリー”によりダメージ倍化。
“極意:不意打ち”によりダメージ倍化。
“バックアタック”が発生しました。ダメージ倍化。
“バックアタックマスタリー”によりダメージ倍化。
“極意:バックアタック”によりダメージ倍化。
“急所攻撃”が発生しました。ダメージ倍化。
“急所攻撃マスタリー”によりダメージ倍化。
“極意:急所攻撃”によりダメージ倍化。
“急所特効”により会心率+50%。
“会心”が発生しました。ダメージ倍化。
“会心強化”によりダメージ倍化。
“会心極化”によりダメージ倍化。
“会心貫通”により防御貫通。
“ニノウチイラズ”によりダメージ倍化。
“一撃必滅”によりダメージ倍化。
“死神”によりダメージ倍化。
“死神”により耐性無視。
“死神”により抵抗スキル無視。
“マスターアサシン”によりバックアタック、不意打ち系スキルを超強化。
“疾風迅雷”により先手系スキルを超強化。
“アイテムマスタリー”によりアイテムダメージ倍化。
“ボムマスタリー”により爆発ダメージ倍化。
“投擲マスタリー”により投擲ダメージ倍化。
最終ダメージ、90,000,000,000ダメージ。
“オーバーキルボーナス”が発生。経験値増加。
“経験値取得不可”により経験値は取得されませんでした。
「お、お袋!? コイツは、コイツは一体……な、何なんだあああああ!? チートか? チートだと言ってくれ!」
『確認中……問題ありません。通常のスキルログです』
「んなワケあるかああああ!?」
スパコンを介したマザーAIがチートを許すはずもなく。ゲームバランスの決定権を持つマザーにとっては問題が無いか、あるいは試練を潜り抜けた結果であるとは伊達としても認めざるを得なかったが、余りにも異常なログにとにかくコイツは要注意だと、運営チームに行き渡らせるべくメッセージを打つことにした。
しかし、今日の伊達の驚愕も、今後この落葉によって巻き起こされる嵐からすれば、甚だ小さいものでしかなかったが。