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CASE 5 廃墟の街へ。 ‐聖像と子供- 3


「双子の話を、もう少し、詳しく聞きたいんだが。帰り道に、奴らに銃で狙撃された」

 セルジュとレイスは、駐屯地を出てから、双子の姉弟に命を狙われる事になった。正確には、黄金の聖像を狙っているのだろうが……。


「…………、ほらほら、びろん、としたこれ、お前さんがブツで出たものじゃよー。ひひひっ、ひひひひひひっ」

 老人は、肛門性交のやり過ぎで、はみ出した直腸を戻す時の記憶を思い出しているみたいだった。虚ろな眼で、彼は何かを呟き続ける。


「双子が狙っている、黄金のジモーズの像。あれは薬物中毒者達の信仰の象徴らしいが。で、何故、あの双子は、俺達を銃で狙撃してくる? 駐屯地からの帰り道、坂の辺りで狙撃された。スナイパーは、あの双子だった」

 セルジュはそう言うと、手にしていた弾丸を壁に投げ捨てる。


老人は立ち上がると、何かに追い掛けられていると言って、ぼろぼろの戸棚から自動小銃を手にした。


「お爺さん?」

 レイスは訊ねる。


 老人は、いきなり外に飛び出すと、何かをけたたましく叫びながら、銃を撃ち続けていた。走り回り、自動小銃の引き金を引きながら、地雷原の辺りへと向かっていく。


 サボテンやガレキの横を、千鳥足のように走っていた。


「何をやっているの? お爺さんは?」

 レイスは、セルジュに訊ねる。

「多分、PTSDの症状。収容所で男娼をしていたんだろ? それがトラウマになっているんじゃないのか? やっぱり、あれもイカれていた」


 老人は地雷原を走り続ける。

 セルジュは、彼の家の中にあった双眼鏡を手にして、その様子を眺めていた。

「おい。身体を張って、安全地帯を教えてくれているのかもしれないぜ? あのジジイの通った道なら地雷が無いらしい。多分、症状に見舞われても、安全な脚の踏み場は覚えているんだな」

「ふうん? サーカスの大道芸人になれるわね」

 セルジュの皮肉的な口調に対して、レイスも楽しそうに皮肉を重ねる。


 老人は、猿のようにはしゃぎはじめ、いきなり飛び回り始めた。


「トラウマじゃなくて、薬物中毒者なんじゃないかなあ。……彼も……」

 レイスは、淡々と述べる。


 突然。

 老人へと、遠くから、石ころが投げ付けられた。

 老人は、石ころを投げた者の方角へと走り出す。


 すると。

 老人の全身が、地雷に吹っ飛ばされる。

 老人は、全身が粉微塵になった後、炎に焼かれていた。


 その後。

 まるで、威嚇するように、セルジュとレイスのいる老人の家の壁に、ライフルの銃弾が撃ち込まれる。セルジュは双眼鏡で狙撃者を探す。


 双子だった。

 撃ってきたのは、双子の姉の方だった。

 明らかに挑発してきている。


「奴ら、俺達を此処から逃がさないつもりらしいぜ?」

「どうしよう? 私が行こうか?」

「そうだな……。お前のその、よく分からない取り憑いている化け物に襲わせた方がいいかもしれないな…………」


 セルジュはそう言う。


 ふと。

 何か、奇妙な音が聞こえた。

 おそらくは、……ヘリのプロペラの音だ。


 双眼鏡を見ると、双子の姉の方が、なおもスナイパー・ライフルを構えている。


「おい、レイス。何か来るぞ。姉の方は、囮なんじゃないのか?」

 そう言うと、セルジュはレイスを連れ出して、外へと向かう。

 ライフルの弾丸くらい、避けるつもりでいた。


 何がやってきているのか二人は理解する。


 軍用機が、こちらに突っ込もうとしてきた。

 操縦席には双子の弟の方が載っており、彼はパラシュートを準備して、外へと飛び降りようとしていた。更に、軍用機からは、何かが垂れ流されていた。液体だった……。


「こいつらっ!」

「セルジュ、早く家を出るわよっ!」


 二人は老人の家の外へと抜け出す。


 背後からは、爆破音がする。

 そして、火の海になっていた。


 セルジュとレイスの下へと。

 スナイパーの弾丸が撃ち込まれていく。


「舐めるなっ! こんなものっ!」

 セルジュは撃ち込まれた音速を超える鉄の塊を…………。

 素手でつかみ取った。


 背後では、火の海が広がっている。

 先程、軍用機から撒かれていたのは、ガソリンみたいだった。


 双子の弟は、姉の方と合流する。

 そして、岩場を走りながら、セルジュとレイスの方へと向かってくる。


「凄いね。お姉さん達」

「ほんと、ほんと」

「素手で銃弾つかむ人、初めて見た」

「これは、もっと本気で挑まないとね」

 双子は、楽しそうだった。


「一応、聞いておく。黄金の聖像を渡したら、俺達は見逃してくれるか?」

 彼は訊ねる。


 双子は笑い合っていた。

「ははっ、何か勘違いしているよ」

「そうそう」

「闘技場をね。隠れて観戦していたの。大人達に紛れて」

「本当に二人共、凄いなあって思って」

「だから、僕達もヤッてみたいなあってねぇ」

「うんうん、とても面白そうだったから」

 そう言うと、双子は抱き合う。


「そうかよ…………。本気でブッ殺してやるよ。てめぇら」

 セルジュは、懐から刃の無い、ナイフの柄を取り出す。


「今度はもっとイイ、ライフルねっ!」

 そう言うと、双子の姉、シャリーはガムを噛み、鼻歌を歌う。どうやら、彼女の背後には、何丁かの狙撃銃が置かれているみたいだった。


 突然。

双子のシャリーの、肩に孔が開く。

バルティレース少佐だった。

少佐も、ライフルで双子を狙撃しようとしていた。


「シャリー。ポポ…………っ!」

彼は怒りに満ちた顔で双子を見ていた。

「お前ら、闘技場の観客席に隠れていただろう? 俺の部下達を何名も殺したな? わざわざ、血で文字まで書きやがって…………」


双子は、四つの眼で嬉々として、少佐を見ていた。

「少佐っ! 少佐っ! ダイナマイト、食べる芸をやってよっ!」

「ねえ、パイナップルは幾つ食べられる? 大食い? 大食いなの?」

シャリーも、ポポもはしゃいでいた。


少佐は軍用刀を抜き放つ。


セルジュは、レイスの顔を見る。

そして、来た道へと指を指して、今のうちに逃げる事を示唆する。


セルジュとレイスの二人が、岩場の陰に隠れようとしている処を、シャリーが腰から取り出した拳銃で威嚇する。弾丸は、セルジュの頬の横を飛んでいった。


「お姉さん達、逃がさないよ?」

 弟の方が、せせら笑っていた。


「三対二になるわよ?」

 レイスは懐から、スプーンとフォークを取り出す。

「それが赤い方のお姉さんの得物?」

 シャリーは孔の開いた腕を、平気で振り回しながら、赤ずきんを見据えていた。


「ええっ。これで、貴方をふふっ、すり下ろしてあげるわ?」

 レイスは、また何かの童謡のようなものを歌い始める。


 シャリーは地面にガムを吐く。


 二人は一触即発だった。


「子供を殺したくは無かった……」

 シャリーが、スナイパー・ライフルを、たった数メートル先にいる魔女(レイス)へと向けようとしている最中。


 少佐は動いていた。

 勝負は一瞬で付いていた。


 シャリーの上半身と下半身が分断される。

「ええっ?」

 彼女はなおも、引き金を引こうとしていた。

 投擲されたスプーンが、シャリーの指先に突き刺さる。

 そのまま、シャリーは二つになって、地面に転がった。


 ポポは、それを見て、躊躇なく姉を殺害した少佐へと銃を向ける。引き金が引かれる。

 バルティレース少佐は。


 軍用刀によって、発射された銃弾を全て叩き落としていた。

「お前も、姉の下へ行け」

 少佐は、ポポの両腕を、一刀の一振りによって切断する。


 ポポは苦痛で叫び始める……、事は無かった。

 彼は何かの合図をしたみたいだった。


「おい、この軍人野郎っ!」

 セルジュが、それに気付いて叫ぶ。


 シャリーはなおも、三名を殺そうとしていた。

 彼女は隠し持っていた、手榴弾のピンを外していた。彼女の手には、三つ握られていた。それが、少佐のいる脚下へと投げ付けられる。


 バルティレースは……。

 投げられた、全ての手榴弾をつかみ取っていた。

「お前らの言う、芸を見せてやろう」

 少佐は、手榴弾を三つまとめて飲み込む。

 その際に、顎の骨を一度、外したみたいだった。


 少佐は、風船のように腹が膨れ上がった後、何事も無かったように元の体型に戻り、自らの顎を戻す。


「ああああああああぁあああぁぁあああああぁっ! ちぃぃぃくしょうぉぉぉぉおぉぉぉっ!」

 シャリーは叫んでいた。


 ポポは。

 右足の脚の指先で、隠し持っていたナイフをつかんで、少佐の喉を裂こうとしていた。


 ポポの右足がつかまれる。

 セルジュだった。


「化け物共。いい加減にしろっ!」

 セルジュは、刃の無い剣をポポへと向ける。

 柄から、樹木のように刃らしきものが生えてきた。

 それは三つの頭になる。


 三つの頭の獰猛な犬だった。

 犬達が、ポポの全身を喰らっていく。


 シャリーはそれを見て、唇を震わせていた。

 瞬間。

 シャリーの喉に何かが当てられる。

「貴方も、弟と同じ場所に行きなさい」

 魔女(レイス)は、ケーキ用のナイフをノコギリのように引き始めた。



「ああっ。しかし……、あれだな。子供を殺すのは、気分が悪いんだな…………」

 セルジュは、溜め息を吐く。


「まったくだ。わたしは少年兵達を沢山、撃った。中には、六歳くらいの子供もいた。こちらの被害の方が多かった。彼らは小学校も出ていないだろう。銃火器が教科書の代わりだったんだ…………」

 バルティレースは、双子の死体を埋めた後、彼の国の宗教のものだと思われる、祈りの聖句を唱え続けていた。


「別にいいじゃない。こいつら、双子、化け物だったし」

 そう言いながら、レイスは携帯用の食糧として持っていたと思われる、リンゴ飴を齧り始める。彼女の全身は、返り血で真っ赤に染まっていた。


「そういうわけにもいかなくてな……」

「…………。そういう事だよなあ…………」

 少佐とセルジュは、それぞれ少しだけ落ち込んだ顔で、二つの墓標を眺めていた。


「レイス。首を切断したのまでは分かる。何故、頭蓋を開いた?」

 セルジュは、少しだけ気分が悪そうな顔で、魔女を見る。


「腫瘍があった事に気付いたの。シャリーって言ったのかしら? 脳……、代わりに孔のある場所もあったわ。……なんか、この子も“欠けていた”のかなあ、と思うと、とっても愛しくなって。可愛くて、その、うん……」

 魔女は、その腫瘍を瓶に詰めたと言った。

「デス・ウィングに売る。私の生活の足しにする。うふふふふふふっ」

 魔女、赤ずきんレイスは、飴の棒を投げ捨てる。


「まあいいや。バルティレース、その、世話になったな」

 セルジュはそう言って、手を振る。

「ああ。……こちらこそ……。地雷原は危険だろう? 超能力者の強靭な肉体も壊せるように仕掛けているらしい。普通の人間にはオーバー・キルだろうがな。わたしのヘリに乗っていけ。国境も越えられる」

「ああ。……もう少し、世話になるぜ」

 そう言うと、セルジュは黄昏に満ちた砂漠の荒涼を、ただただ眺めていた。

 もうすぐ、ムーン・ストーンを散りばめたような星空がカーテンを下ろす。

 自然の景色は…………、善悪や清濁を選ばずに、観る者の瞳に注がれる。



「黄金の聖像の依頼主なんだが。どうやら、ある国の首相補佐らしいんだ」

 デス・ウィングは、喫茶店の個室の中で、そう告げた。

 彼女は、魔女(レイス)から売って貰った、双子の姉の頭にあった腫瘍をホルマリン漬けにして、とてもご満悦そうにしていた。


 彼女は、喫茶店で注文した、肉パイにナイフを入れていく。


「その、首相補佐ってのは、聖像をどうするつもりなんだ?」

 セルジュは訊ねる。

「さあ? 代理人の秘書が受け取っていったし、口座に金は振り込まれていた。私はあまり興味が無いんだ。それに、守秘義務もあるし。そもそも、詮索つもりも無い」

 そう言うと、デス・ウィングは、ジャムの入った紅茶を口にする。


「たまに、俺は思うんだが。この世界自体がイカれているんじゃないかって……」

「深く考えない事だな。私は他人の悪意を楽しみたいだけだ」

「バルティレース少佐からあの後、手紙を貰った……。拳銃自殺に失敗したので、今後は転職を考えようと……。退役軍人の心の治療を手伝いたいそうだ……。地雷撤去を行っている団体にも寄付をし始めた、と…………」

「はあ……。善人にとっては生き辛い世界なんだろうな。私は魔女(レイス)の方が好きだ」

 デス・ウィングはそう言いながら、モンブランのケーキ・セットを追加注文する。


「レイスか。あの女も、最低な村の犠牲者だったな……。…………」

 セルジュは、目の前のどんよりとした真っ黒なコーヒーに映る、自らの顔を眺めていた。先程から、一口も飲む気になれない。

「セルジュ。お前は、今、どっち側か知らないが。私はシンプルだ。“他人の不幸が観たい”。“他人の悪意が観たい”。“悪意が結晶した品物をコレクション”したい。あんまり、深く考えるな。お前は多分、善や清らかさと呼ばれている部分が邪魔をするんだ。私は傍観者だから、世界の理不尽なんてどうでもいい。まあ、お前はまだ生きている。死んでない。そして、私の提供する闇のビジネスを引き受ける。そうだろう?」

 彼女は、土のような色のモンブラン・ケーキを口に運んでいた……。


「デス・ウィング……」

「なんだ?」

「次の仕事を寄越せ。あまり、考えない事にする」

 彼はそう言うと、ブラック・コーヒーを飲み干した。


「ああ。いいよ。そうだな、今度は……。売春斡旋者を大量に始末する仕事なんだが。幼い子供から搾取しているペドファイル共だ。お前の今の気分にあっているだろ? 行ってくれるか?」

「…………、すげぇ楽しそうだな。是非、やらせて貰うぜっ!」

 彼は嬉々としながら、喫茶店のメニュー票を手にして、ピロシキとケーキ・セットを新たに注文する。


 デス・ウィングは、彼のそんな表情を眺めながら、バッグに仕舞ってある、瓶詰めにされたホルマリン漬けの腫瘍を取り出すと、可愛い子猫でも愛でるように、瓶の頭を撫でるのだった。


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