──ゴーン!ゴーン!
鐘の音が鳴り響く。
ここは風化し、荒れ果て、闇と同居する罪の城。
チュートリアルを終えた後、夢の国に迷い込んだアリスのように訪れてしまった場所である。
「はぁ………ふぅ……………」
眼前には女騎士と王女。
幾度となく相対した、最凶の二人一組ボス。
この二人を倒せるまで出られない……ことは無いが、それは私のゲーマーとしてのプライドが赦さなかった。
それに、死にゲーをよくプレイする私にとって、二人一組のボスなどなんら珍しくない。
それこそ、飽きるほど戦ってきたくらいである。
が、しかし──彼女等は、別格であった。
これで何度目だろうか、数えるのをやめた。
少なくとも、両手両足の指じゃ足りない。
そのくらいに『
「……………………──っ!」
"Selarys am I."
(我が名はセラリス)
"Final sovereign of Luminous—a realm devoured by time,shattered by a sin beyond redemption."
(時の彼方──大過により失われし王国、ルミナスの最後の女王なり)
"For what do I live, and what thoughts do I bear, as one who would be queen?"
(何が為に生き、何を想い、女王たらんとするのか?)
"The answer, I—burdened with sin—know not still."
(その答えを、業を背負いし我が身は未だ知らぬ)
"Yet thus, I shall adorn myself."
(されど、故にこそ飾ろう)
"Mock me for pride, condemn me for deceit—I care not."
(傲慢と嘲られようとも、虚飾の罪を着せられようとも、構わぬ)
"Let this sullied flesh be robed in falsehood, and perish in beauty."
(この身に穢れを纏い、美しく果てよう)
"Selarys am I,the fallen queen of Luminous now lost,a fool upon a vanished throne."
(我が名はセラリス、今は無き祖国ルミナスの愚王なり)
"And thee—what shall thou adorn?"
(貴公は、何を飾る?)
漆黒の手鏡を持ち、同色のドレスとベールに身を包み込まれた── 【傲りし虚飾の淑女:セラリス】。
歪にして優美な装いをしている彼女は、女騎士を横に侍らせて並び、敵対者である私の方を見ている。
彼女の口上は、うっとりするほどに美しく、悲劇的で、それでいて何かを含み物語っている。
それこそ、初めてこれを聞いたのであれば、間違いなく私の心は感動に潤んでいたことだろう。
が、しかし。私がそうなっていないのは、既に何十回も聞いているからに他ならなく……。
何度も何度も何度も何度も──ゲームを始めて数時間で殺されている私は、血を滾らせ魂を燃やしている。
(何度も負けたままで終われない。私のプライドが赦さない。あの初見殺しさえ攻略すれば、もう負けない──)
"Ah……how lamentable."
(嗚呼……なんと嘆かわしい)
"Until this black blade turns to dust, the sins I bear shall never be redeemed."
(黒き剣が塵と果てるまで、この罪咎は決して贖われぬ)
"Countless are the corpses I have heaped, and no longer do I walk as a man."
(幾万の屍を積み上げし我は、もはや人の身にあらず)
"Yet this life, a miracle bestowed for the sake of my liege, Selarys."
(されどこの命、主君セラリスが為に与えられし奇跡)
"Even if I be drenched in sin, and fall at last into ruin……."
(例え咎に塗れ、果てようとも……)
"The glory of Luminous is eternal."
(ルミナスの栄光は不滅なれば)
"This is Melancholia, captain of the royal guard. I shall fulfill my duty."
(この近衛騎士団団長メランコリア、責務を果たそう)
"Ah……how lamentable indeed."
(嗚呼……なんと嘆かわしい)
漆黒のドレスアーマーを身に纏い、同色の錆びた直剣を手に持つ──【陰りし憂鬱の騎士:メランコリア】。
彼女は美しい相貌を晒しているが、ただの一度も表情を変えず、決して微笑まない。
ただ、忠義の剣を振るう。それだけが、彼女の存在理由に他ならないのだ──。
──荘厳な口上が、空気を震わせながら幕を下ろす。
心臓がビクッと跳ねて、瞳に炎の如き闘志が宿った。
前回は、相手のHPを数パーセント残して負けた。惜しかった。
でも、今回は違う。今までの死で得た経験──相手の攻撃パターンに動き、そして台詞、全て頭に叩き込んだ。
私は一縷の想いを胸に、剣を構える。
今回こそ、勝利を飾る為に──。
「……次は、私が勝つから」
このときの私には、まだ知る由もなかった。
まさか激戦を制した私の配信が、数十万人のプレイヤーに見られ、日本中でバズってしまうことを──。
そして私は、すっかり忘れていた。
自分が“報酬の為”だけに、「まあ誰も来ないでしょ」と配信をしていたという事実を──。
ーーー
【コメント欄】
:かっこよくて惚れた
:知らんボスと戦ってると聞いて
:ここまで大体三時間
:ワンチャン倒せるか?
:胸熱で草
:やばいドキドキするwww
:sakuちゃん頑張れー!!