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第3話 『一緒にゲームしない?』


 朝ご飯を食べ、歯磨きをして──いつもと同じナチュラルの薄いメイクと、お下げの髪型にメガネをかけて。

 制服に身を包んだ私は、玄関の前に立っていた。


「お母さんお父さん、行ってきま~す」


 黒の靴に足を添え、トントンと軽く爪先を叩く。

 と、玄関の後ろ──リビングの方向から、私の挨拶に呼応するように両親の声が届いてきた。


「行ってらっしゃ~い!」


「学校、楽しんで来いよー!」


 それはエプロン姿の母親と、今から出勤するスーツ姿の父親の返事であった。

 私はこれに、愛されているなとしみじみ思う。

 が、そんな恥ずかしいことは言葉にできない。

 なので悲しい心の私は、「はーい」と少し微笑みを漏らすだけに留めて、玄関の扉から外へ飛び出した。


「りょーちゃん、起きてるかな……?」


 右腕に垂らしているブラウンのカバンを揺らし、スグ隣にある幼馴染の家へと直行した。

 私の眼前には今、彼の家が屹立している。

 そこに私は、何処か彼の持ち得ている自信の様なものを感じつつ、制服の袖を通した華奢な腕を呼び鈴に伸ばす。


 ──ピンポーン!


 来訪を告げる音が家中に鳴り響くと同時に、ドタドタとした忙しない足音もまた聞こえてきた。


(やっぱり寝てた……)


 内心でくすっと微笑みつつ、肌の冷える朝の薫風にそっと白の吐息を漏らして──なんの気なく、ボンヤリと空中に霧散していく気霜に、儚い人生というものを写し見た。

 が、それは刹那の無意識のことで、夢から醒ますアラーム音のようにガチャりと開いた扉に呼び戻される。


「おはようっ!咲!」


「……ん、うん。おはよう、りょーちゃん」


 それは幼馴染の声だった。

 私の視線は一瞬だけ空を過ぎるが、すぐさまに彼の姿を捉えては、この瞳が掴んで離さない。


「今日も元気、だね」


「そうか?」


「うん。そして今日も今日とて寝坊」


「くっ……それはマジでゴメン……」


「ふふ。じょーだん……冗談、だよ?」


 私の冗談に対して、申し訳なさそうにガクッと項垂れ、頬をポリポリとかくりょーちゃん。

 私が下から彼の顔を覗き込むように微笑むと、彼は二ヘラとした優しい笑みを浮かべて──。


「早く行こーぜ!」


 私の手を取った。


「うんっ!」


 黒縁のメガネとお下げの髪──そして、ひらりと紺色の制服を揺らして。

 私達は二人で、学校への道を辿って行く。


 清々しい青空と、照らす太陽。

 薫風にざわめく木々の列。

 色や形など、それぞれの個性が見える家々。

 塀の上で丸くなって欠伸をする子猫。

 パン屋の美味しい匂い。

 登校途中の他の生徒の笑い声。


 全ての普遍が、この日常を彩っている。

 私達はそれらを肌で感じながら、さりとて考えず、いつも通りと言ったところか。

 二人で他愛も無い会話を弾ませながら登校している。


「昨夜さ、AGsのみんなと配信したんだけどさ。なんか、妙に盛り上がっちゃってさ……ぜーんぜん寝れてない!」


「いつも通り定期、だね……ふふ」


「ま、確かに。それはそうとさ咲……今日めっちゃ眠そうだけど何かしてたの?」


「──っ!!」


 ──ハッとした。

 私は思い出したのだ。徹夜で何をしていたのかを。

 そして、朝会ったら彼に何をしようとしたのかを。


 突如として蘇ってきた高揚に、私は機能的なシンデレラ胸を高鳴らして、上目遣いで彼に詰め寄る。


「なになになに?どしたん?」


 頬を赤らめた彼は、私の眼を捉えるでもなくその瞳を右往左往へと挙動不審に動かして、しまいには後退り──。

 しかし。そんな彼の気持ちなど、平然ではない今の私にはどうでもよくて。

 ただ単に自慢がしたいだけの私は、フンスと意気揚々に鼻を鳴らしながら、ギュッと握った拳を前に詰め寄った。


「私! ──防具無し、レベル一、武器縛り、バク無しのトロコンRTAで、デモエクのワーレコ取ったよ!!」


「……………………──ええええええええええ!!??」


 あまりに甘美──最高である。

 私は、この反応を待っていた。


「それマジ!?」


「マジマジ大マジ!!」


「なんか動画とか合ったりする?」


 ドヤ顔サムズアップ。


「マジかあ!見して見して! あーもー!もっとはやくに教えてよ!そんな面白いことさ!!」


 カバンからスマホを取り出し、彼に見せる。


「えへへ……実はさっきまで忘れてた。はい、これ」


「うおおおおおお!!!楽しみ過ぎんだろ!!!」


 道路側を歩く彼は右手で私のスマホを持ち、空いている左側の手で私をリードする。

 それがものすっごく照れ臭くて恥ずかしいのだが、子どものように燥ぐ彼が可愛くて、それどころではなかった。


「なあなあ。これさ、後で俺に送ってよ! 授業中に寝ながら見るわ!」


「寝ながらって、器用か!」


 ツッコミを入れる私に、彼は一笑を漏らし──そして、真面目な表情で動画を見ながら言葉を紡ぐ。


「にしても、やっぱりすげぇなぁ……。俺、絶対こんなん出来ないもん」


「そ、そうかなあ……? りょーちゃんなら、割とすぐに出来そうな気もするけど」


「いやいやいや。これを達成するのに、どんだけの時間と熱意を費やしたのかって……。俺には出来んて」


「へへ……えへへ……もっと褒めてくれても良いよ?」


 調子に乗り、グングンと花を伸ばし、無い胸を張る私。

 そんな私に彼は制裁を与えるが如く、あまりにあまりな天然の女誑しを発動させて。


「よく頑張ったね。流石は我がライバルだ!」


 ──頭を優しく撫でてきた。


「ひゃいっ!? ああ……あぁ……ぁ…………~っ!」


 火照り湯気の出ている真っ赤な顔を隠す様に、モヤのかかったメガネをクイッとかけ直し、涙目で彼を見つめる。


「えっ?え……?ど、どうした……っ!?」


 情けない自分の姿に、我ながらクソザコだと思う。

 だが、それはそれとして。りょーちゃんはもう少し、自分がイケメンであることを理解した方がいいと思う。

 あんなの、陰キャで恋愛経験ゼロの私でなくても、心がドキドキしすぎて死んでしまう……。

 ま、私はこれを小さい頃から何回も食らっているから、すぐに心の体調を治すことができるけどね。


「ひっひっふぅ……もう大丈夫、だよ」


「そ、そうか……」


 私達は止まっていた歩を再度進める。


「そうだ。そういえばさ、咲」


「ん?どったの?」


「次やるゲームとか決めてるの?」


「んーん。別に? なんなら、ちょっと悩んでたとこ」


「じゃあさ、久しぶりに同じゲームやらね? 最近さ、全然一緒にゲームしてないじゃん? だからさ……ね?」


 まるで構って欲しい子犬の様な……。


「カワイイ(ボソッ)」


「ん?なんか言った?」


「んーん。なんにも? 私も久しぶりに二人でゲームしたいなあって思ってたから全然いーよ?」


「やったあ!絶対、咲もハマる!!」


 無邪気に喜ぶ彼を微笑ましく眺めつつ、話を続ける。


「それで?やるゲームって?」


「あー、それはね……」


 彼はカバンを漁ったかと思うと、一つのゲームを取り出して見せてきた。

 ファンタジー要素強めのパッケージには、デカデカとゲームのタイトルが描かれており──。

 私は目で追うように、それを言葉にしていた。


「ファンタジー・クロニクル?」


「そうそう。最近ネットで話題になっててさ……俺も少しだけ遊んでみたんだけど、マジで面白かったよ」


「へえ……。私も噂程度には聞いてたけど、結構王道一直線って感じのMMORPGなんでしょ?」


「めっちゃ王道。だけどね?映像面でもそうなんだけど、動きの感覚がすっごくリアルだったよ。それに王道っていっても、従来の王道って感じがして。職業からスキルまで結構なボリュームがあったし、ストーリーも作り込まれている感じだった。咲、そういうの好きでしょ?」


 流石はイケメンとは言えど、プロになるほどのゲームオタクだ。私に負けず劣らずの早口だぜ……。

 と、それはいいとして。

 りょーちゃんの言い分が本当なら、私みたいなバトルスキーは結構好きかもしれない。


「う、うん……。結構──どストライク、かも?」


「だよな! じゃあさ、じゃあさ。これあげるから、今日は用事があって出来ないけど、明日にでもやろーよ!」


 ──キーンコーンカーンコーン。

 彼が私の手を取るが早いか、私達の耳に登校の時間を報せる音が鳴り響いて聞こえて。

 私の手を取った彼は、一気に校門の方へと駆け出した。


「え、ええええ──っ!? も、貰えないってぇえ!!」


 色々と翻弄され、置いていかれた私であった。


◆◆◆


 ちなみにだがこの後は、いつも通り、りょーちゃん以外の誰とも話さず関われず──。

 授業中は寝て、体育では何も出来ず目立たず──。

 見るも無惨な青春の一時を送っていた。


「お金は私が……」


「んーん、いいよいいよ。大会の賞金と配信の収入で、何気にお金持ってるからね。だから、いつも一緒に遊んでくれるお礼的な、ね?」


 イケメンがよぉ……くそぉ……。


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