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二章 二人の想い

第26話 登山部体験


「山へ行こう!」


 お昼休憩時、僕の友達でありイケメンの「月見里やまなし和樹かずき」、通称『カズ』はそんなことを言い出した。


「えと、なんでまた急に?」

「五月の中旬下旬は、絶好の登山日和なのだ! まぁあんまり高いところじゃなくて初心者でも簡単に行けそうなところでだけどなー」

「ま、まぁタイミングが良いのは分かったけど、なんで僕に持ち出してきたの?」

「うちの登山部でさー、『どうしたら部員数を増やせるのだろう』って話題が出てな。どうせなら一回だけでも、山の素晴らしさをその目と心と体で溢れるぐらいに受け止めてしまえば、『あっ、山って良いところなんだな……』と再認識されるはずなのだぁ!」

 微妙にテンションのおかしいカズの話を隣で聞いていた白刃さんからはこんな言葉が。


「良いのではないですか? 登山部の月見里やまなし君がおすすめしてくれる場所というなら、私も気になります」

「ヨッシャー! 白刃ゲッツ!」

「トントン拍子だなぁ……」

 不安が無いわけでは無い。僕とカズの男二人の間に女の子が白刃さん一人だけというのはなぁ。


「お、姫。今日はカロリーマーク6か。夜まで持つのか?」

 かと思えばカズは窓際の席で小動物みたいにもそもそと黄色のエナジーバーを食べている「神来社からいと奈津姫なつき

 通称『眠り姫』の席に近づき、問いかける。


「これで意外と持つものよ。んで、山に行くだとか叫んでいたけど」

「ああ!」

「その期待に満ちた顔……あたしも来いと?」

「うむ! 頂上付近は静かで、人もごったかえしていないはず! つまり昼寝ポイントにはうってつけじゃないか? 騒がしくないぞ!」

「お前がうるさそうなんだよなぁ……」

「あっ、分かった! 静かにする!」

 カズは両手で口を隠すように押さえる。そんな仕草を「ふっ」と鼻で笑い、眠り姫は続ける。

「良いよ別に。あんたはあたしが雑音あっても気にしないこと、知ってるでしょ」

「あっ、そうだったそうだった。じゃあ姫も参加ってことで良いな!」

「はいはい、お好きにどうぞー」


 遠目に二人のやり取りを見ながら、あっという間に話が進んでいってる事に驚きを隠せなかった。これが陽キャの行動力なのだろうか、空恐そらおそろしい。

「あきと君?」

 ふと澄んだ声で名前を呼ばれ、隣の席の白刃さんへ向き直る。

「もしかして、予定があまりよろしくないですか?」

「えっ、なんで?」

「いえ、こう言ってしまうのはいけない気もしますが、あまり乗り気では無いように見えてしまったので」

「あ、いやいやそんな事は無いよ? この四人で遊びに行きたいとは思っていたからさ。ただ……」

「ただ?」

 カズと姫は窓際で盛り上がって話しているから、声を落とせば僕らの会話はきっと聞こえない。少しだけトーンを落として、白刃さんに胸中を打ち明ける。


「カズはさ、『部員を募集したい』っていう理念を持っているわけじゃん?」

「そうですね」

「けど僕はまだ兼部を本格的に考えていないから、山の魅力を教えてもらってもすぐ良い返事を返せないかもしれないと思っちゃってね……」

「月見里君がせっかく誘ってくれているのに、いえ、だからこそ後ろめたさがあるのですね?」

「うん……そんな感じ……」

「ふふふ、あきと君はですね」

 優しく笑いながら、褒められたのか貶されたのか分からない単語で僕を表現される。

「え? えっ?」

「考えすぎなくてもいいのです。今回は『月見里君が山の魅力を教えてくれる』だけなのですから。『入部してくれ』とは彼、言ってませんよ?」

「あっ、たしかに……」

「四人で遊びに行く、ただそれだけで良いと思います。けれどせっかくのピクニックなわけですから、は腕の鳴らしどころかもしれませんよ?」

 彼女の言う私達とはつまり、僕ら二人のこと。僕らができる事と言えば、それはもちろん料理。ピクニックや登山には忘れてはならない、お弁当作りだ。


 白刃さんの提案ににやりと笑みが浮かんできた。「良い意味で驚かせよう」という意思を言葉の節から感じたからだ。そんな彼女のお茶目な遊び心に示し合わせるよう、内緒話をする。

「言葉が出ないぐらい驚かせたくない?」

「良いですね。作戦会議は今日の夜そちらに伺った時に」

「了解、楽しみだ……!」

 こそこそと話していた僕らの所に戻ってきたカズが尋ねてくる。


「おー? あきとに白刃、なんだか楽しそうだなー?」

「ああカズ、山が楽しみなんだよ」

「ええそうです月見里君。登山が楽しみなのです」

「マジか! じゃあ俺も期待に応えられるよう天気やら条件の良い日を見繕わないとな!」


 カズは『わくわく』と表現できる楽しそうな笑い方で。

 僕と白刃さんは『にやにや』に近い不敵な笑い方で。

 眠り姫はそんな僕らを見て『やれやれ』と呆れたような笑い方で。

 お昼休憩は、ちょっとだけ不自然な笑顔が混じる空間になっていたのだった。

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