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実話怪談「こそなえ」
実話怪談「こそなえ」
ワダケンイチ
ホラー怪談
2025年08月07日
公開日
6,569字
完結済
ノベルアッププラス様で開催されている「怪談コンテスト2025」にエントリー中の短編怪談です。 全6500文字程度と短めですのでお手軽にお読みいただけます。

実話怪談「こそなえ」

Rさんは三十代半ばの専業主婦。

以前住んでいた町には忘れられない出来事があったと言う。


「その家はウチから数軒先にあって……ご近所の人達は『幽霊屋敷』って呼んで怖がってましたね」


実際、その家にまつわる怪異を目撃したという人々の話を簡単にまとめると、


深夜、誰もいないはずなのに窓から明かりが漏れているのを見た。

屋根の上で青白く輝く、幼い女の子が躍っている。

庭に背広姿、片手にビジネスケースを携えた男が立ち尽くしているが誰が声をかけても一切反応しない。

高校生がキモだめしと称して家の中に侵入したが、家の奥から出現した得体の知れないモノに追い回された……等々。


その影響は「家」の敷地だけではなく、周辺の住宅街にも及んだ。

帰宅途中と思しき、学生やサラリーマン、OLなどが顔面蒼白で玄関に飛び込んで来て騒ぎ立てたことは一度や二度ではなかった。


「主人やうちの子達も例外じゃなくて……。何を見たのか、いくら尋ねても教えてくれませんでしたけど」


ひょっとしたらあの『家』を中心に霊道ができているのではないか。

住民の中には訳知り顔にそんなことを言う人もいてRさんの不安は増すばかりだったそうだ。


そんなある年の暮れのこと――。

近隣住民が恐れて近づきたがらない『家』に入居者が現われる。


仕事の関係で都会から引っ越して来たというSさん夫婦が挨拶に現れたのだ。

一ダース近くもの人数の子供をゾロゾロと引き連れて。


「何だか変わった雰囲気の人達でした。こんな言い方は失礼ですけど、お二人とも若すぎるというか未成年にしか見えなくて……」


それに子供たち……。低学年から中学生ぐらいの少年少女はみんな一様に無表情で顔色が悪く、死んだように大人しかったという。


「とにかく気味が悪くて……。その時はそれで済んだんですけど……」


それからしばらく時間を空けて――Rさんは家族やご近所の人々から一家について奇妙な噂話を聞くことになる。


見た目の若すぎる夫妻はどこかで働きに行っている様子もなければ、子供達も学校に通っている様子もないが、夜になると家族総出で近所を当てどもなくウロウロしている、と。


「一体何をしているのか、気にならない訳じゃなかったけど面倒ごとに巻き込まれるのも嫌で……。だからSさん一家と会わないよう外出も避けるようになって……」


とは言え、悪いことばかりでもなかった。


一家が『幽霊屋敷』に引っ越してきたのとほぼ同時、


「……あれほどご近所の皆さんを怖がらせた幽霊やお化けが急に現れなくなったって。うちの家族も夜道が怖くなくなったって。そう言うんです」


それから半年ほど経って、またRさん宅をSさん夫婦が訪ねて来た。

仕事の関係でまた引っ越す事になったから挨拶に来たのだと言う。


その言葉に何となく安堵を覚えたRさんだったが……。

子供たちの姿がなかった。いつもゾロゾロ引き連れて歩いていた子供たちがただの一人もいなかったのだ。


「それで……私、それとなく聞いてみたんですけど……そしたら……」


Rさんの問いに二人は顔を見合わせ、「私達子供なんていませんけど?」と不思議そうに答えたという。


「私の勝手な想像ですけど心霊現象が消えたことと突然子供たちが消えたこと、明らかに二人が惚けていることは何か関係ある気がして。……あの『幽霊屋敷』ですか? 今もまだあると思いますよ。Sさん夫婦がいなくなってすぐ、新しい人たちが越して来たけど特に悪いこともなく普通に生活されていたみたいです。あの『家』で何が行われていたのか、今となっては知りようもないし知りたくもないですね」


Rさんはそう言ってため息をついた。



Tくんは小学6年生の男の子。

田舎の親戚とは家族ぐるみで仲が良く、毎年夏は大所帯でキャンプに出かけると言う。


「従兄弟は僕と同じ歳の男の子ばかりだからいつも盛り上がるんですよね」


Tくんたちは昼間は昆虫採集や川遊び、アスレチックフィールドなどのアクティビティーで大いに暴れ、夜はバーベキューをたらふく食べ、キャンプ場の広場で花火を楽しんだ。


それから遊歩道をワイワイ言いながら宿泊予定のコテージまで戻ることになったのだが、


「山の夜空ってすごく綺麗なんです。流れ星や天の川に目を奪われてたら……」


気がつけばTくんみんなからはぐれてしまっていた。


「スマホは置いて来ちゃったし、遊歩道とは言え山の中で真っ暗だし」


思わず泣きそうになったが道は一本道で、コテージまでは20分弱。

歩いて歩けない距離でもないと判断した。


「怖かったけど、とにかく早く戻ろうとしたんです。そしたら――」


5分ほど歩いた頃だったという。背後から自分に向かって着いて来る複数の足音が聞こえて来た。


「他のお客さんが追い付いて来たのかと思いました。最初はその人たちと一緒に戻れば心強いかなって思ったんですけど……」


なぜか、鳥肌が立った。


背後から近づいて来る者たちに見つかれば絶対怖い目に遭うと確信した。

そこでTくんは飛び込むようにして、近くにあった藪の中に身を隠していた。


その集団が目の前を通りかかったのは、ほとんどタッチの差だった。


「本当に変な人達でした。あんな真っ暗闇の中、懐中電灯もなしでお互い一言も話さないんですから」


姿を現したのは二人の年若い男女と一列になってその後をゾロゾロと引き連れられた子供たちだった。子供たちは性別も年齢もまばらだったが、皆一様に無表情でどこも見ていない虚ろなまなざしをしていた。


「だから最初、幽霊が現れたのかと思って本当に怖くて……」


Tくんが息を飲んで見守っていると突然、Tくんと同じ年頃の男の子が一人、行列から飛び出し、ガバッと地面にひれ伏していた。


それから犬のようにクンクンと――Tくんもに聞こえるような鼻息を立てながら土の上を嗅ぎ回るような仕草を始める。


二人の男女も立ち止まり両手の指を複雑に絡め合わせて、


「マントラって言うんですか?その、呪文みたいなやつをブツブツ唱え始めたんです。アニメでよく見るような」


と、女の子が地面をかきむしって穿り返し、何かを引きずりだした。

青光りして、ヌメヌメとした質感の皮膚をもつそれをTくんは一瞬、蛙かと思った。


「だけど、その蛙……人間の顔をしていたんです。はげ頭の中年のおじさん」


頭の中が真っ白になるのを覚えながらTくんは女の子がその奇妙な生き物をゴクリと飲み込むのを見た。


それから何もわからなくなった。


「次に目が覚めたのはコテージの中でした。そ泣き出しそうな顔をしたお父さんとお母さんがいて……」


夜道で見た、あの男女もいた。

端正と言ってもよい顔に不自然なくらい優しい笑みを貼りつけて。


「お母さんが言うには夜道で倒れていた僕を見つけて連れて来てくれたのはあのお兄さんとお姉さんだって。だけど……」


本当のことは何も話せなかった。


親戚たちにTくんが目覚めたことを知らせてくると両親が席を開けた隙を見計らうように男女が耳打ちしてきたからだ。


「君は何も見ていない。意味は分かるよね?」


結局この出来事が何だったのか、Tくんには見当もつかないらしい。

だけど、詮索するつもりもないと言う。


「こんな話誰に聞かせたって信じてくれっこないし。おじさんは変な話を集めるのがお仕事だって言うから吐き出したけど……。あんな事1秒も早く忘れたいです」


もう夏キャンプなんか行きたくない、そう言ってTくんは何度も首を横に振った。



人気の某ラーメン店で働く強面で大男のJさんは元暴力団員。関西地方に勢力を持つ、老舗の組織の末端であったという。正確に言えば組織の一員ではなく、その使い走りだったそうだ。


「要は中途半端なチンピラやね。根性もないし実は喧嘩も弱かったけど、ガタイだけは良かったからビビるやつもいて調子に乗ってたわ」


当時のJさんには金がなく、野良犬のようなその日暮らしだった。


だから兄貴と慕っていた人物に分け前をやるからシノギを手伝えと呼び出された時は二つ返事で応じたという。


「兄貴に頼まれたんは多重債務者を指定された物件まで連行することやった。こらきっと血を見る事になるやろなぁって思ったんやけど……」


物騒な予想とは違い、その物件とは一等地に建つ新築のタワーマンションだった。


その最上階でオーナーらしき男とJさんと多重債務者を待っていた兄貴は


「ご苦労さん」


と短く労い、


「これからそいつは四十九日間、ここで暮らす。その間、一歩も外に出すな。食い物や雑誌はお前が買って来てやれ」


と素っ気なく告げた。


「わけわからんやろ?借金のカタに家取られるならわかるけど。あんなええ場所で暮らせるなら俺も借金したいって思ったわ」


とは言え兄貴分の命令は絶対服従なのが業界の掟。


差し入れも兼ねて一日に二回ほどJさんは様子見を続けた。幸いなことに債務者もタワマンが気に入ったのか、感謝こそすれ不満そうな様子は見せなかった。


「それが十日ほど経つとだんだん様子がおかしくなってきて……」


次第に債務者はボンヤリしていることが多くなった。考え事や寝ぼけている感じではない。素人目にも意識が白濁しているように見えた。


そうかと思えば突然饒舌になってケタケタ笑いだしたり、泣き出したりすることもあった。


不安を覚えたJさんは兄貴にそのことを報告したが返って来たのは問題ないの一言だけだった。


「二十日目を過ぎた頃やったかな。あのオッサン、女言葉で話すようになって……。主人はどこですかとか子供を幼稚園に迎えに行かなきゃとか、やけに具体的で」


薄気味が悪かった。このことを告げると兄貴はニヤッと笑って言った。


「それ、あの部屋で手首を切った女だよ。旦那の浮気を苦にノイローゼになってな。子供を絞め殺しちまったのは心残りだったんだろうな。あのタワマンのあちこちに化けてでるんだと」


困り果てたオーナーに相談を受けた兄貴は昔、ケツ持ちをしていた宗教団体の教祖から教わった除霊を試したのだと言う。


「除霊と言うか……要は幽霊をこれと決めた人間にとり憑かせ建物からつまみ出すねんて。一種の清掃業やって兄貴は言うてたけど……」


それから四十九日が経過し、Jさんはタワマンに債務者の身柄を引き取りに行った。

債務者は最初とは完全な別人となっていた。


虚ろな目を宙に漂わせ口から涎を垂らしながらブツブツ女言葉で訳のわからないことを呟いているオッサンを今度は宗教団体の幹部、まだ若い男女の元へと届けたJさんは


「つい聞いてしもうた。こいつ、この後どないすんのって。そしたらそいつらな、神様のお供え物になってもらいます、本当はもっと若い方が喜んでもらえるんだけどって答えよったんや」


この件をきっかけにJさんは裏の社会から足を洗った。


「あの連中が今どうしてるか?気にならんって言うたら嘘になるけど正直知りたくはないな」


青ざめた表情でJさんはため息をついた。



Mさんは御年90歳のとある神社の宮司。

失礼ながらそんなご高齢とは思えないほど、頑丈そうな体格とはきはきとした物言いをされる人。そんなMさんが表情を曇らせながら語ってくれたのは先日何者かに破壊された祠についてだ。


「ええ、それはもう驚きましたよ。うちの神社は昔から地元の方々に親しまれてきましたからね。それがまさかあんな……。絶対に許されないことだと思います」


通常、一つの神社では複数の神格が祀られている。

Mさんの務める神社でも例外ではなく、入り口が壊されていたのは主祭神ではない神様の祠だったそうだ。


「もちろんだから良いって話ではないです。ここでお預かりする神様はみんなお護ろするべき大切な方々ですから」


警察が調べたところ、賊は深夜トラックで境内に侵入。プロの仕事で祠の鍵を破壊し、中のご神体を奪って素早く立ち去ったようだ。


「ええ。ご神体は大きな天狗様のお面です。天魔波旬様。……その昔、織田信長公が生まれ変わりを自称された第六天魔王の別名です」


神社に伝わる古文書によればその神様は所謂生贄に子供の命を求める恐ろしい存在だったとMさんは教えてくれた。


「あくまでも大昔の話です。とうぜんだけれども。……平安時代の頃は既に人形を代用する習慣となっていたようです。これを<こそなえの儀>と呼んでいます」


その儀式は犠牲となった子供たちの魂を慰め、天狗の面に宿る荒ぶる神様を封じ込めるためのものだそうだ。それが執り行えなくなったということは大変ゆいしき事であり、遺憾なことだとMさんは表情を険しくする。


「都会に住む方々にとってこんな片田舎の出来事は知るに値しない事なのかもしれません。だけど、知ろうとしなかったと言っても過去に行われた凄惨な出来事はなかったことにはならないのです」


そしてこれから起きる悪いことも。

そう悲しげにつけ加えてМさんは目を伏せるのだった。



Aさんは二十代半ばの女性。現在は家事手伝いの肩書で実家暮らしだが、昨年まで都内の小学校に勤める教員だった。


「学校の先生になるのは小さい頃からの夢だったんですけど……。あんなことさえなければ……」


Aさんが教師をやめることになったきっかけはとある児童宅への家庭訪問。

とは言え、その児童は成績優秀でクラスでも人望の厚いリーダー格の男の子。取り立てて問題があるとは全く思っていなかった。


「正直、度肝を抜かれました。ご両親のお仕事が宗教関連ということはもちろん認識していましたけど、お寺とか神社とか……もっと一般的な施設を想像してたんです」


その児童宅はとある新興宗教の本部ビルだったと言う。


ビルの一階、ピカピカのエントランスで複数の職員にアポを確認してもらった後、最上階までエレベーターで向かった。


そこで迎えに現れたお手伝いさんに案内されたAさんは子供部屋に通され、


「……正直、頭の中が真っ白になってしまいました。私、兄弟が多くて六畳の部屋を姉と妹の三人で共有していたから余計にそう思ったのかも知れませんけど、それにしても」


その子供部屋はあまりにも広かった。

恐らくAさんの実家にある部屋をすべて合わせても足りないぐらい。


勉強机やベッド、衣装タンスと家具は最低限のものしかなく、一方で壁に掛けられた物体の異様なまでの大きさが否応なく目を引いた。


「天狗のお面でした。長さは二メートルぐらいかな?とてもではないけれど、人間が着用できるとは思えませんでした」


しかし、それよりもさらにAさんの気を引いたのがこの部屋の主。

巨大な天狗の面に恭しく柏手を打ち、頭を下げる児童……教え子の姿だった。


「私に気がつくと彼、パッと笑顔になって駆け寄って来てくれたんですけど……」


Aさんはどんな顔をすればいいか、わからなかった。


やがて彼の両親、というには若すぎる見た目の男女が現われ家庭訪問が始まった。


児童は両親にとって自慢の息子であるらしく、神様のためにこの子は生まれてきただの、この子は他の子供とは違って特別だの、最近ではドラマでも聞かないようなセリフが飛び出たが


「正直、私はそれどころじゃありませんでした。その、見えたんです。お面の周りだけじゃなくて……」


その時、Aさんには蛙のような奇妙な生き物が部屋中でピョンピョン跳ね回るのが目に見えていたそうだ。滑稽なことにそいつらは人間のような顔をしていたという。


学校に帰った後、Aさんは学年主任の教師や教頭、校長に自分が見聞きしたことを報告した。人面蛙のことは除いて。


Aさんの上司たちは、両親がカルト宗教とされる団体の最高幹部であることは確かに特異な環境ではあるが児童本人の学校生活には問題が見られない限りは様子を見る、つまり関わらないと結論した。


「それから……教室でいつも通りの彼を見るのが怖くて辛くて、私、教師を辞めることにしたんです」


しかし、実家に引きこもるようになってもAさんは時々、あの薄気味の悪い人面蛙の姿を見かけることがあると言う。


「ある霊能者の人が言うにはあの蛙たちは天狗のお面の霊力に引き寄せられた雑多な魑魅魍魎の類らしくて。それほど悪いものではないにしろ、全くの無害というわけでもないそうです」


近くAさんは憑き物落としで有名な神社を訪ねる予定だと言う。


「もう教師には戻ることはできないでしょうね。理由はどうであれ、私はあの子を見捨ててしまったんですから……。せめて元気でいて欲しいとは思っています」


悲しそうにAさんは微笑んでいた。


(了)

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