「夜は特別な場所で夕食にしよう。ちょうど予約も取れたしね」
「楽しみにしてますね」
特別な場所? 夜のレストランで食事とか? ロマンチックだなぁ~。
一度でいいから恋人とそういう場所で食事してみたかったんだよね。でも、そういう特別な場所って当日に予約出来るものなのね。知らなかった。
「それと出かける前に少し時間いいかな」
「出かける前に何かあるんですか?」
「せっかくなら千夏に魔法をかけようかなって。千夏は今のままでも十分すぎるくらい美人だけど、ね」
「っ……ま、魔法?」
最後にさりげなく褒められて顔が熱くなった。
「千夏は化粧して荒れた経験とかある? アレルギーとかないよね?」
「それは大丈夫です」
魔法と化粧がどう関係あるんだろう? 未だに理解してない私は藤堂さんに促されながら、目の前に大きな鏡があるソファーに座った。わっ。このソファーもフワフワだ。
藤堂さんの部屋にある家具は一つ一つが高級品で庶民の私じゃ手が届かない代物ばかり。
「俺が藤堂ブランド化粧品の社長だってことは昨日話したよね」
「はい」
「そんな俺が千夏を今よりももっと輝かせてあげる。さぁ、目を閉じて」
「は、はいっ」
「肩の力は抜いて。楽にしていいよ」
頬に藤堂さんの手が触れた瞬間、思わず力が入ってしまった。恐怖からじゃなく、緊張からだ。あまり化粧をしない私にとって、誰かに化粧をしてもらうだなんて貴重な体験だ。それがまさかブランドの化粧品を売っている社長自らの手で綺麗にしてもらえるだなんて。
いつも藤堂ブランドを愛用しているファンからしたら失神レベルで喜ぶに違いない。
私は藤堂ブランドなんて使ったことないのに。少しだけ愛用しているファンに罪悪感を感じてしまった。だが、これは藤堂さんの恋人だからこその特権だと思うと落ち込んでいた心が一瞬にして踊った。
◇ ◇ ◇
「終わったよ。ゆっくりと目を開けていいよ」
「うそ、これが私?」
鏡に映されたのは別人と見間違うほどの美少女がいた。本当に私なの? と疑うほどだ。だから思わず口に出てしまった。
「千夏お嬢様。魔法をかけられた気分はどうですか? なんてね」
「綺麗になってびっくりしました。まるで変身したみたいですっ」
「満足してくれて良かったよ」
「お世辞じゃなくて本当に凄いと思いました! 藤堂さんは本当の魔法使いみたいです」
「ははっ。そこまで褒められると照れるな」
「可愛い……」
「え?」
「あ、すみません。社長に失礼なことを言ってしまって」
でも、耳まで赤くなっていた藤堂さんは不覚にも可愛いと思ってしまった。普段が完璧で男らしいから、こういう可愛いところを見せられると、ますます好きになってしまう。藤堂さんは本当にズルい人……。
「いいよ。だけど千夏には社長としてじゃなく、一人の男として見てほしいな」
「わ、わかりました」
「まぁでも本当に可愛いのは千夏のほうだよ」
「うっ」
あっという間に心臓を掴まれた。
「化粧って落とすのが面倒であんまりしなかったんですけど悪くないですね」
恥ずかしい空気に耐えきれず、咄嗟に話題を変えた。
「洗顔をしっかりしないと肌荒れするから気をつけるんだよ?」
「それが嫌で化粧サボってたんですけど、やっぱりしたほうがいいですよね」
「千夏がしたくないなら無理強いはしないよ。だけど洗顔のあとのスキンケアが面倒ならコレを使って」
「これはなんですか?」
目の前に置かれたのは一つの化粧品? らしきもの。
「これ一つに乳液や化粧水が入ってるんだ。洗顔のあとにこれを塗ればスキンケアも簡単。どうかな?」
「そんな魔法みたいなのがあるんですね」
「宣伝みたいになるけど、実は俺の会社のやつなんだ」
「凄いですね。女性の悩みを解決出来るなんて。藤堂さんはやっぱり魔法使いです」
「こういうのは俺の会社以外からも出てるけどね。でも、この商品は女性からの評判も良いから。千夏がもし良かったら今日の夜から使ってみて」
「はい! 化粧もしてもらって、私でも簡単にできるスキンケアまで教えていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。俺は藤堂ブランドを昔から愛用してくれる人には綺麗になってほしいと心から思ってる。化粧に興味がない人にも興味を持ってもらえるように頑張ってるから、千夏にそう言われると励みになるよ」
「……」
ふと、ホームレス時代だった藤堂さんを思い出す。あの時も自分だって飢えに困っているはずなのに、他のホームレスを心配して食べ物を分けてあげてたっけ。
藤堂さんは昔から自分よりも他人に優しくて。そんな藤堂さんだからこそ私は惹かれて好きになったんだ。
化粧品の社長になるにはそれなりの知識や才能も必要だけど、人の上に立つなら人柄も大事だと私は思う。
そういう意味では藤堂さんは社長の器に相応しいし、藤堂さんが藤堂ブランドの社長だからこそ愛用してる人が増えていくんだ。
目の前で本物の魔法を見た私ならわかる。藤堂さんなら今よりもずっと上にいける。化粧品の社長をしてるなら愛用者は女性なのは頭で理解してるつもりだけど、少し複雑な気持ちになってしまうのは何故だろう?
これは嫉妬なのだろうか。見えもしないファンにヤキモチ妬いてどうするのよ。ホストにハマる女性が推しホストをNO1にするため貢ぐ理由が今ならわかる。