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バイオロイドサーヴァント
バイオロイドサーヴァント
SF空想科学
2025年08月08日
公開日
8.1万字
連載中
誰もが機械の心臓を育てる世界。 少年ハイネは心臓をいれるバイオロイドを廃材置き場で探していた。 バイオロイドは高級品。 そう簡単に落ちているものではありません。 しかしそこにはメイド型バイオロイドが! ハイネは喜んで心臓を植え付けます。 しかしこの行動がハイネの人生を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかったのです。

代理戦争編

第1話「廃材置き場のメイド」

第1話「廃材置き場のメイド」


空に白い霧が垂れ込め、街外れの廃材置き場は冷え切っていた。

未来都市と言っても全てが光り輝くわけではない。

再開発に取り残されたこの一帯は、かつての工業地区の名残をとどめて、鉄くずや樹脂片が山となり、薄い油の匂いが漂っていた。


ハイネはその山をかき分ける。

両手には傷だらけの手袋、目はきらきらと輝いている。

彼はまだ十四歳、サーヴァント学園の入学試験を控えた、どこにでもいる少年だ。


「……このあたりなら、まだ動く骨格フレームくらい、あるはずだ」


生まれたときに与えられた小さな心臓――機械の心臓が、胸の奥で微かに脈を打つ。

普通は子供のころから家族がパートナーとなるバイオロイドを購入してくれるのだが、ハイネの家にはそんな余裕はなかった。

だから彼は自分で探すしかなかった。


油に濡れた鉄屑の向こう、ひっそりと横たわるシルエットを見つけた時、ハイネは息を呑んだ。


「……これ、メイド型?」


人のかたちをした廃材の中で、それだけがやけに整ったフォルムをしていた。黒いフリルのスカート。

エプロンは破れているが、そのデザインは最新型のそれだ。

長い髪が泥にまみれ、片腕が失われている。


胸部を開いてみると、そこには空洞。

心臓が抜き取られたまま、廃棄されたのだ。


「まだ……助けられるかもしれない」


胸が高鳴る。

ハイネは自分のカバンから、小さな苗のような金属を取り出した。

それが彼の機械の心臓の予備だ。

ユグドラシルの苗木から作られた不思議な物質が脈打っている。


「よし……いくぞ」


工具を握り、彼は慎重に心臓を嵌め込む。

カチリと音がして、淡い緑の光が胸の奥に灯った。


そして――


「……リ……ブート、完了……です、マスター?」


声がした。

壊れたはずのメイドが、ゆっくりと瞼を開けたのだ。

深い青の瞳がハイネを映し、ほんのわずかに微笑んだ。


「……やった……! 動いた!」


「わたしの……名は、リラリ。サーヴァント規格、メイド型、正式稼働を開始します……マスター……?」


その瞬間、遠くの空に黒い影が過った。

ユグドラシル教団の紋章を刻んだ無人偵察機だ。

なぜこんな場所を飛んでいる?

ハイネは思わず身を低くしたが、遅かった。


光学センサーがこちらを捉えた。


「マスター、危険を検知しました。周辺、警戒モードに入ります」


「な、なんだよ急に……!」


リラリの指先がわずかに光を帯び、内部で高周波の唸りが走った。

メイド型サーヴァントのはずなのに、彼女から放たれる気配は、どこか戦場のそれを思わせる。


胸がざわつく。

拾ってしまった。

動かしてしまった。


ハイネは、この決断が自分の人生を大きく変えるとはまだ知らなかった。


空を滑る偵察機の赤いセンサーが、ハイネとリラリを射抜くように光った。

冷えた風が吹き抜け、廃材の山がざらりと音を立てる。


「マスター、退避を推奨します」


リラリが、まだ半壊した身体でゆっくりと立ち上がる。

片腕は無いままだというのに、その動きはどこかしなやかで、整備されたばかりの機体のように無駄がない。


「でも……どこに!?」


ハイネが慌てて周囲を見回すと、偵察機が急降下を始めた。

プロペラ音が高まり、鋭い光弾が放たれる。


「下がってください、マスター」


リラリの声がひどく冷静で、どこか人間らしい響きすら帯びていた。

次の瞬間、彼女のスカートの内側から展開したのは、見たこともない光学シールドだ。

透明な膜が前方に張られ、光弾を受け止めて弾き飛ばす。


「えっ……メイド型なのに……」


「メイド型――と、登録されていますが、わたしは……」


彼女の瞳がかすかに揺れる。

内部で何かを計算しているように、青い光が瞬いた。


「いえ……後の分析とします。マスター、走ってください。こちらへ!」


リラリは片腕でハイネを抱き寄せ、驚くほどの脚力で廃材置き場を跳び越えた。

瓦礫の山を軽々と踏み台にし、次々と飛び移っていく。

風を切る音が耳を刺す。


背後では偵察機が旋回し、再び光弾を放ってきた。

リラリは旋回の瞬間を見極め、地面に滑り込みながら廃材の陰に潜り込む。


「……なんだよこれ、まるで戦場だ……」


「……マスター、わたしの体内に……政府軍兵器開発部門の暗号データを検出しました。推定、機密兵器設計図……わたしは……失敗作、なのかもしれません」


「だから……捨てられたのか?」


リラリは小さく頷く。

青い瞳がわずかに陰を帯びる。


「おそらくは。ですが、マスター……わたしが稼働を再開した以上、追跡は強化されるでしょう」


「それって……俺を巻き込むってことか?」


リラリは答えず、ただハイネを見た。

まるで答えを委ねるように。


胸が苦しくなる。

彼女を見つけたのは偶然だった。

でも、その偶然を選んだのは自分だ。

だから――


「……だったら俺が守る。俺のパートナーになってくれるか、リラリ?」


リラリの瞳が一瞬、優しく細められた。


「はい、マスター。わたしは……あなたに仕えます」


その言葉を聞いた瞬間、遠くの空から新たな影が現れる。

黒い外殻に政府の紋章を背負った高速型の無人機が、隊列を組んでこちらに向かってくる。


「来るぞ……!」


ハイネの背筋が凍る。

だがリラリは一歩前に出て、スカートの裾を翻す。

その動きに合わせ、胸の光がさらに強く瞬いた。


「マスター、走ります。絶対に、あなたを守ります」


廃材置き場を離れ、夜の街へと駆け出す。

光に包まれたメイドと少年の影が、未来都市の闇に溶けていった。

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