第1話「廃材置き場のメイド」
空に白い霧が垂れ込め、街外れの廃材置き場は冷え切っていた。
未来都市と言っても全てが光り輝くわけではない。
再開発に取り残されたこの一帯は、かつての工業地区の名残をとどめて、鉄くずや樹脂片が山となり、薄い油の匂いが漂っていた。
ハイネはその山をかき分ける。
両手には傷だらけの手袋、目はきらきらと輝いている。
彼はまだ十四歳、サーヴァント学園の入学試験を控えた、どこにでもいる少年だ。
「……このあたりなら、まだ動く骨格フレームくらい、あるはずだ」
生まれたときに与えられた小さな心臓――機械の心臓が、胸の奥で微かに脈を打つ。
普通は子供のころから家族がパートナーとなるバイオロイドを購入してくれるのだが、ハイネの家にはそんな余裕はなかった。
だから彼は自分で探すしかなかった。
油に濡れた鉄屑の向こう、ひっそりと横たわるシルエットを見つけた時、ハイネは息を呑んだ。
「……これ、メイド型?」
人のかたちをした廃材の中で、それだけがやけに整ったフォルムをしていた。黒いフリルのスカート。
エプロンは破れているが、そのデザインは最新型のそれだ。
長い髪が泥にまみれ、片腕が失われている。
胸部を開いてみると、そこには空洞。
心臓が抜き取られたまま、廃棄されたのだ。
「まだ……助けられるかもしれない」
胸が高鳴る。
ハイネは自分のカバンから、小さな苗のような金属を取り出した。
それが彼の機械の心臓の予備だ。
ユグドラシルの苗木から作られた不思議な物質が脈打っている。
「よし……いくぞ」
工具を握り、彼は慎重に心臓を嵌め込む。
カチリと音がして、淡い緑の光が胸の奥に灯った。
そして――
「……リ……ブート、完了……です、マスター?」
声がした。
壊れたはずのメイドが、ゆっくりと瞼を開けたのだ。
深い青の瞳がハイネを映し、ほんのわずかに微笑んだ。
「……やった……! 動いた!」
「わたしの……名は、リラリ。サーヴァント規格、メイド型、正式稼働を開始します……マスター……?」
その瞬間、遠くの空に黒い影が過った。
ユグドラシル教団の紋章を刻んだ無人偵察機だ。
なぜこんな場所を飛んでいる?
ハイネは思わず身を低くしたが、遅かった。
光学センサーがこちらを捉えた。
「マスター、危険を検知しました。周辺、警戒モードに入ります」
「な、なんだよ急に……!」
リラリの指先がわずかに光を帯び、内部で高周波の唸りが走った。
メイド型サーヴァントのはずなのに、彼女から放たれる気配は、どこか戦場のそれを思わせる。
胸がざわつく。
拾ってしまった。
動かしてしまった。
ハイネは、この決断が自分の人生を大きく変えるとはまだ知らなかった。
空を滑る偵察機の赤いセンサーが、ハイネとリラリを射抜くように光った。
冷えた風が吹き抜け、廃材の山がざらりと音を立てる。
「マスター、退避を推奨します」
リラリが、まだ半壊した身体でゆっくりと立ち上がる。
片腕は無いままだというのに、その動きはどこかしなやかで、整備されたばかりの機体のように無駄がない。
「でも……どこに!?」
ハイネが慌てて周囲を見回すと、偵察機が急降下を始めた。
プロペラ音が高まり、鋭い光弾が放たれる。
「下がってください、マスター」
リラリの声がひどく冷静で、どこか人間らしい響きすら帯びていた。
次の瞬間、彼女のスカートの内側から展開したのは、見たこともない光学シールドだ。
透明な膜が前方に張られ、光弾を受け止めて弾き飛ばす。
「えっ……メイド型なのに……」
「メイド型――と、登録されていますが、わたしは……」
彼女の瞳がかすかに揺れる。
内部で何かを計算しているように、青い光が瞬いた。
「いえ……後の分析とします。マスター、走ってください。こちらへ!」
リラリは片腕でハイネを抱き寄せ、驚くほどの脚力で廃材置き場を跳び越えた。
瓦礫の山を軽々と踏み台にし、次々と飛び移っていく。
風を切る音が耳を刺す。
背後では偵察機が旋回し、再び光弾を放ってきた。
リラリは旋回の瞬間を見極め、地面に滑り込みながら廃材の陰に潜り込む。
「……なんだよこれ、まるで戦場だ……」
「……マスター、わたしの体内に……政府軍兵器開発部門の暗号データを検出しました。推定、機密兵器設計図……わたしは……失敗作、なのかもしれません」
「だから……捨てられたのか?」
リラリは小さく頷く。
青い瞳がわずかに陰を帯びる。
「おそらくは。ですが、マスター……わたしが稼働を再開した以上、追跡は強化されるでしょう」
「それって……俺を巻き込むってことか?」
リラリは答えず、ただハイネを見た。
まるで答えを委ねるように。
胸が苦しくなる。
彼女を見つけたのは偶然だった。
でも、その偶然を選んだのは自分だ。
だから――
「……だったら俺が守る。俺のパートナーになってくれるか、リラリ?」
リラリの瞳が一瞬、優しく細められた。
「はい、マスター。わたしは……あなたに仕えます」
その言葉を聞いた瞬間、遠くの空から新たな影が現れる。
黒い外殻に政府の紋章を背負った高速型の無人機が、隊列を組んでこちらに向かってくる。
「来るぞ……!」
ハイネの背筋が凍る。
だがリラリは一歩前に出て、スカートの裾を翻す。
その動きに合わせ、胸の光がさらに強く瞬いた。
「マスター、走ります。絶対に、あなたを守ります」
廃材置き場を離れ、夜の街へと駆け出す。
光に包まれたメイドと少年の影が、未来都市の闇に溶けていった。