波音に交じって、声がする。
――ん? 週末のブライダルフェア? そりゃもちろん忘れてないけど……でもその前に、
そう二人で冗談めいて笑う時間は
永遠だった。
薬指の指輪とともに
永遠は、未来へと繋がるはずだった。
それなのに――
それなのに、あの日
世界は――
止まない雨。
消えない硝煙。
血と涙の先に沈んだ……
最後の、"あいしてる"
――やだ……いやだ……! いかないで……ねぇ、あたしをひとりにしないで……っ!
*
「……!」
頬に触れる砂の感触にハッと目を覚ますと、暗闇の中、まるで酸素に触れた血のような赤雲が空を覆っていた。
目線を向けた左手の指輪から浮かび上がるのは、"銀河ネットワーク圏外地域"の警告表示。
それを見てヒナタは即座に立ち上がる。
「ルーク! リア!」
どれだけ名前を呼んでも、答える声は聞こえない。周囲を見渡したヒナタの心がひゅっと凍りつくのが分かった。
(子供たちとはぐれるなんて……!)
そう考えるより早く、
「……И#、∝Δ?」
気配に気づかないくらいに動揺していたのだろう。ふいにかけられた声に操作が途絶え、GPSは宙から消えてしまう。
ヒナタが声の方向に目を向ければ、そこには二人の人間が立っていた。
投げかけられた言葉は、
何せここは、銀河ネットワークの外側――
そんな場所で言葉が通じないことなど至極当然で、ヒナタは反射的に紡ぐよう
「《~♮♪》」
ガチャリと歯車が噛み合うような感覚。
先ほどよりも近づいてきた彼らは、問いに応えぬヒナタに再度尋ねる。
「きみ、大丈夫かい?」
「――えぇ、ごめんなさい。大丈夫」
長い髪をゆるりと肩に流した男の問いに、ヒナタは外交的な笑みを浮かべ答えた。
体格的に見て男であろう二人組は、青色の長衣を身に纏い、どこか東方風の装いだ。
だろうというわずかな疑問が残るのは、一人はフードを被って完全に顔が見えないからである。
「こんな夜更けに女人が一人でいるのは危ないよ。最近は人さらいの件もあるし、なにより……珍しい衣だ」
ランタン代わりの
蒸し暑さの残る夜でも長衣を着る彼らを見て、肌を露出することを良しとしない保守的な文化圏なのだと直感した。
だが、今のヒナタにそれを説明している時間はない。
「子供たちを探しているんです。三歳くらいの男の子と女の子。どこかで見ませんでした?」
「……子供?」
そう口にした青年は、目線を隣に並ぶフード姿の人物へと向ける。
「……この周辺を見回ったが、子供は見ていない」
「だよね。私もだ」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
少しの沈黙ののちに返ってきた返答に礼を告げると、ヒナタは二人に背を向けた。
再度GPSを起動させれば、そう遠くない場所に小さな反応が二つある。
「ちょ、ちょっときみ……!」
「ごめんなさい。子供たちのところに行かなきゃ」
背中に青年の声が届くが、ヒナタは迷うことなく走り出した。
表示によれば距離にして三百メートル。GPSを頼りに最短距離で子供たちを目指せば、赤黒い闇に紛れる数人の影が見え、さらに男たちの手には大きな麻袋が
「誰だ……っぎゃぁッ!」
ヒナタの眼光が鋭く光る。
態勢を低くしたまま一直線に駆け抜け、振り返った男の手を容赦なく捻り上げて腕の関節を外せば絶叫が響いた。
それとほぼ同時に崩れた男のみぞおちに膝蹴りを叩き込んで、無表情で地面に打ち捨てる。
(あと、四人)
ヒナタの存在に気付いた残りの男たちが一斉に反応したが、時すでに遅し。
一番近い男の腹部に掌底を叩き込んだ勢いのまま、反動で背後の敵の顔面を蹴り上げ、脳天に踵を振りおろせばその顔はあっけなく地面に沈みこむ。
「ま、まずい……っ!」
残った二人が麻袋を手に逃げようとしたが、ヒナタがそれを許さない。
その襟首を掴んで強引に態勢を崩させると、二人まとめて流れるような回し蹴りで壁に吹き飛ばした。
「ぐ……ぅ……うぅっ」
砂埃と戦闘の残響だけがわずかに残り、静寂が訪れる。
男たちの呻き声を冷めた目で見下ろしたヒナタは、落とされた麻袋へと近付き、そっと手を伸ばした。
ゆるく縛られたその中身を確認して、ようやく鋭い眼光が和らぐ。
「……ルーク……アステ
温かな体温と繰り返される寝息。
ぎゅっと幼い二人を抱きしめると、こちらに向かってくる複数の足音が耳に届いた。
「これ、は……?!」
血を流し、痛みに呻く男たち。そして麻袋の中の幼い子供たちを抱きしめるヒナタを見て、砂浜で会った男の声が困惑に揺れる。
どうやら今日は、とても長い夜になりそうだ。