そいつの第一声は『からふと?』だった。
オレの名前は『樺 大地(かんば だいち)』。
ノートに名前を書いていたのだが、オレの字が
あまりにも汚かった為に『樺太(からふと)』と読んでしまったらしい。
それからオレのアダ名は『カラフト』になった。
『おい、ちょっと待て』と止める間もなく、新学期の空気に
浮かれ騒いでいたクラスメイトは嬉々として
『カラフト』コールを始めた。
『カーラフト!』
『カーラフト!!』
『カーラフト!!!』
ノリが良過ぎだろお前ら!
樺太じゃねーよ! サハリンじゃねーよ! と否定した所為で
『別名・サハリン』と、悪化した。
『カーラフト!』
『サハリン♪』
『カーラフト!!』
『サーハリン♪♪』
もうこのクラスはダメだ…… と思った。
だが一ヶ月も過ぎた頃には……
『おーい、カラフトー、教科書貸してー』
『おー。いいぞー』
『サハリン、次の体育、マラソンだってー』
『まじかよー?』
定着していた。
いや、何かおかしい。
誰だよカラフトって! オレは樺 大地だよ!
こんなハズじゃなかったのに……。
高校に入学したら、クールで渋い学生になるんだと意気込み、
筆箱とか全部ブラックで揃えてみた厨二心。
ちなみに、オレの名前を読み間違えたヤツは
『千島 鳥居(ちしま とりい)』という男だった。
これがまた、クラスの中でも異彩を放つヤツだった。
とにかく、背がデカい!
決してチビではないオレが見上げるくらいのデカさだった。
多分、190cmくらいあるんじゃないか?
どういう超進化をしたら、そこまで伸びんだよ!? と
初対面で口にしてしまったのを思い出す。
しかも爺さんがロシア人だとかで、なんか銀髪みたいな金髪
っぽい茶髪? みたいな頭だった。
それで据わった目を片目隠しな前髪で、襟足が肩まで
伸びてて、いわゆるイケメンとかナイスガイな部類に入る男前だった。
自分をイケメンと認識してないと、こんな髪型出来ねーだろと
思ったら、後日に鳥居曰く『ぜんぶ寝癖』との事だった……。
当然というか、鳥居は女子にモテた。
バレンタインとか、机の上にチョコが、こんもり乗ってた。
オレは義理で3個貰えたくらいだったのに。(しかも1個はオカン)
だが、鳥居は究極的に無愛想だった。
とにかく無口で無表情。何を考えてるかわからない。
愛想が無いからホワイトデーが来ても、女子にお返しを
ひとっつもしてなかった。鬼だ。
手紙を貰っても、一度目を通しただけで終わり。返事とかナシ。
それ所か、女子に校舎の裏とか屋上に呼び出されても
余裕ですっぽかすし、面と向かって告白されても
『無理』
の一言でバッサリぐっさりフッていた。鬼畜だ。
成績もいいし、スポーツも出来るのに、鳥居は性格がアレなので
浮きがちで、よくぼっちになってた。
それでも鳥居は休み時間は本を読んで過ごしていた。
しかし『宇宙の果て』『すてきな奥様~愛妻弁当編~』
『殺戮の宴』『プリティーでキュアッキュアな二人はトモダチ☆』
とか、ジャンルが節操無くて、読書家な女子すら引いていた。
エロ本を堂々と教室で読むなよ とツッコミを入れた事もある。
オレは入学早々、こいつにヘンなアダ名をつけられていた為、いつか
鳥居に逆襲してやりたいなーと、フワッと考えていた。
だから『鳥居! サッカーしようぜ!』とか
『鳥居! バスケしようぜ!』とか
『鳥居! 弁当早食い競争しようぜ!』とかウザくからんでいた。
てっきり『無理』って言われると思ったのに、何故か鳥居は
オレが誘った時は無言で付いてきた。
そしてオレはサッカーでもバスケでも弁当早食いでも
鳥居に負け続けた。
やがてオレは『ホモ』と呼ばれるようになった。
誰もが放置している奇人・鳥居に構いまくる姿から、
女子の間でホモ説が流布されてしまったらしい……。
それがイヤでイヤで、登校拒否したいくらいにイヤで、
(余談だが、当時オレが好きだった女子からもホモ扱いされていた)
でも皆勤賞を狙っていたから我慢して登校していた。
そうしたら鳥居は登校して直ぐ、下駄箱置き場で
『すまん。おれの所為で』とか言ってきた。
あれ? なんかしおらしい事言ってる……? と、思いつつ
『別に気にしてねーよ』と器の広い所を魅せようとした。
上履きを下駄箱から取り出しつつ、何気なく答えていたものだ。
そうしたら、鳥居は安堵したように溜息をついた。
『そうか。良かった』
『おう! 別に良くはねーけどな!』
『いや、おれ、ホモみたいなんだ』
『……え?』
『おれ、ホモみたいなんだ』
大事な事なので2回言われました。
『……ほも?』
指差すと、相手は『うん』と頷いた。
『……マジで?』
『……割りとマジで』
それから、見事にドン引きしたオレは鳥居を避けまくった。
下校時も鳥居に背後から襲われないかとか考えて
忍者並に気配に敏感になったりもした。
鳥居の体格で襲われたら確実にオレ、オワル(カタコト)
けれど、鳥居はオレにアプローチするとか、舐めるような
イヤらしい目で見てくるとか、そういう事は一切無かった。
いつもと変わらずに図書室に通い、謎のチョイスの本を読み、
昼食も一人で食べて、帰宅も一人だった。
そんな鳥居を目で追っていたけれど、あいつは目が合っても
何も無かったように視線を逸らしていた。
オレは水泳部に所属していたから、部活部活で忙しくて、
いつしか鳥居のあの台詞は『鳥居の一世一代の
冗談だったんじゃないか』と思うようになった。
だとしたら、オレ……自意識過剰すぎたかな? と。
いつもぼっちで窓の外を見てる鳥居の背中が寂しげに見えた。
勘違いだったら怖いので声はかけなかったが。←
そうしていると、3年生の秋頃、廊下で鳥居とばったり逢った。
1、2年の頃は同じクラスだった鳥居とは3年のクラス替えで
別々になっていたのだ。
鳥居からの接触が無かった事で、オレは安心しきっていた。
『よう! 久しぶり!』
『……久しぶり』
相変わらずの据わった目と無表情。
恋する男の眼差しとかいうものでは無かった。
ああ、やっぱりアレは鳥居の冗談だったんだ。
そうだ、そう思おう。オレの精神衛生的な意味でも。
……とか思っていた時だった。
鳥居から『よく考えてみたんだが』と切り出された。
何を? と考えていると、鳥居はオレを指差した。
『樺以外の男は、別に好きじゃなかった』
はあ!!??
『樺だけが好きみたいだ』
ちょっと何言ってるの!? 何その範囲限定攻撃は!?
『だからおれはホモじゃなかったみたいだ』
ホモだよ! 何処に出しても恥ずかしくないホモだよ!!!
とセカンドドン引きしていると、鳥居はペコリと頭を下げた。
『結婚を前提に、おれとお付き合いしてください』
と、ド低音のエエ声で言い出した。
オレの意識は宇宙の果てまで㌧だ。
オレにお前の『すてきな奥様』になれと!? と
何故か脳裏を走馬灯がよぎる。オレの両親はオレを男の嫁に
出す為に育ててくれたわけじゃねー!
しかし鳥居は頷いた。
『驚かせてすまない。でも本気だ』
正気が殺戮の宴状態だよ! お前とプリティーでキュアッキュアな
関係になれるわけねーだろ! オレ達、友達じゃん!?
(『友達』という言葉で距離感を表現してみた) と
散々断ってみた所、鳥居は『……そうか』と呟いた。
わかってくれたか……と安心していると、鳥居は
フラフラと歩き出した。
そして廊下の窓を開けた。ついでに窓の桟に長い足をかける。
え。何するんだよ? まさか……!? と考えていると、
『死のう』と言い出した。そして一寸の迷いも無く
飛び降りようとし……
『死ぬなーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
慌てて鳥居の胴体にしがみつく。
Love Or Die って、重すぎるだろ!!!
それに今、お前がここからダイブしたりしたら、
『死因・カラフト』になるだろーが! カンベンしてくれよ!!
と保身に走った言葉で説得していた気がするが、
正直よく覚えていない。
鳥居は驚いていた。が、無表情の癖に僅かに頬を染めていた。
キモッ! と更に引いてしまっていたのに、鳥居は
『……すまない』と恥ずかしそうに頬を指で掻いていた。
『……死のうと思ったが、樺が格好いいから止めにした』
オレのカッコ良さが、一人のバカの命を救った瞬間だった。
いや、本当にお前バカだよ! フラれたくらいで死ぬなよ! と
散々ボロクソに言ったのに、鳥居は『それぐらい、心臓にキた』と
淡々と語る。
『お前、結構繊細だったんだな……』
『今気づいた。おれは繊細だったのか……』
いや、よく考えたら、お前、女子に非道な振る舞いの数々を
平然と行っていたじゃねーか。どこが繊細なんだよ。
『お前、非道だよ。それでいいじゃん』
『そうか……。樺が言うなら、それでいい』
と、鳥居に見つめられた。
てか、いやいやいやいや、男と付き合うとかムリだから! と
ボロボロのオブラートに包んだ言葉を投げかけるも、鳥居は
『……なら、惚れさせてみせる』とか、謎の男気を魅せた。
オレが女の子だったら『やだ……鳥居クン、ステキ……☆』とか
胸どっきゅんするんだろうが、あいにくオレはドン引きを
重ねるだけで、鳥居に萌える事はなかった。
だが、このまま鳥居を放置しておくと、今度は
学校の前にある『ちまき川』にダイブするかも知れない。
川の水質を保全する為にも、とりあえず
何でオレを獲物にしたのかと問うてみた。
お前、頭を冷やせ と取調室の刑事の気分で話しかける。
すると鳥居は少し考えた後、呟いた。
『……いや、おれも何で樺を好きになったのか、よく分からん』
分からんのかよ!
『気づいたら、樺の事ばかり考えていた』
やめろ! J-POPの歌詞かよ!
『樺と浜辺で追いかけっことかしたらどうだろうと
妄想してみたら、ものすごい楽しかった。色々と』
色々と!? オレを妄想のターゲットにして
愉しんでたのかよ! とツッコミを入れていると、鳥居が、笑った。
『ふふっ』
ほんの一瞬だった。が、オレは鳥居が笑った所など
見た事が無い。
呆然としていると、鳥居は『……樺と居ると、面白い』と言い出した。
『樺と居ると、心臓の鼓動が早くなる』
ああ!? こっちはお前と居ると心臓がイヤな意味で
ドキドキするわ! と、トゲトゲしく言い放つも、相手は
『樺と一緒がいい』と真っ直ぐ目を見て告白してきた。
ちょ、こっち見んな!
否定するも、鳥居は『諦めきれそうにない』と、
恐ろしい宣言をしてくる。
諦めろ! オレは剛力 彩芽ちゃんみたいなタイプが
好みなんだ! お前、腕力が剛力なだけじゃねーか!! と
鳥居の砲丸投げの記録を思い出しながら断るも、
鳥居は諦めなかった。