――薄く黄色い空。
目の前には川と草木が広がり、川岸には“魂”のような存在がずらりと並んでいた。彼らは順番にイカダへ乗り込み、向こう岸へ渡っていく。
(これ……漫画やアニメでよく見るやつ。まさかの死後の世界!?)
周りを見渡しても、人間の姿は私だけ。
「ほら、早く並べ」
怒った魂に促され、しぶしぶ列に加わる。三途の川――その単語が脳裏をよぎった瞬間、背筋が凍った。
(あぁ……私、死んじゃったんだ。昨日の給料、散財しておけばよかった……)
後悔に浸っているうちに順番が回ってくる。
「えっと……あなた、死亡者リストにありませんけど?」
イカダの管理人が困惑顔。
(え? 死んでないのに来ちゃった!?)
「少々お待ちください。死神に確認します」
管理人はスマホを取り出し、苛立った声で電話をかけた。
「ねぇ、生きてる人来てるんだけど? ……はぁ? ちゃんと仕事してよ!」
電話を切り、わざとらしく咳払いする。
「……失礼しました。担当の死神が間違って連れてきたようです。蘇生の手配をしますので、あちらでお待ちください。サービス券もどうぞ」
渡されたのは、手書きで〈ドリンク無料券〉と書かれた紙切れ。近くのサービスエリア風の建物へ向かう。
「いらっしゃいませ」
店員は爽やかイケメン。頭には天使の輪っか。死人確定。
「ここで待てって言われたんだけど」
「かしこまりました。こちらでどうぞ」
券を渡すと、ペットボトルが手渡された。
「三途の天然水でございます」
(ぜんっぜん飲みたくない……)
仕方なく受け取り、椅子に腰を下ろしたその瞬間――
「申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!! 私は新人死神のクロエと申します!!」
ゴスロリメイド服に大鎌を背負った少女が、床を滑り込む勢いで土下座してきた。どうやら、私を間違えて連れてきた張本人らしい。
「全く。どこの誰と私を間違えたのよ」
「……隣の家のゴキブリですぅぅぅ!!」
「そんなのと間違えるなぁぁぁ!!」
「閻魔大王様からお詫びのハンカチで許してもらえって……ささっ、どうぞ!」
いや、ハンカチで涙拭けってか。
「まぁ夢だったことにしていいから、蘇生させて。私、明日も仕事あるのよね」
「いいですけど、生き返ってどうするんです?」
「え?」
「だって、45歳独身パートタイマー。実家暮らしで親の年金なしじゃ生きてけない。貯金ゼロ、友達ゼロ、家事ゼロ。趣味は結婚相談所の往復だけ。未来、詰んでますよ?」
「……確かに。でも、いつかきっと!」
「いつかなんて来ませんよ。ほら、あきらめてこのまま死にましょう。私も始末書書かされずに済むし」
「ちなみに、死んだら天国?」
「いやー、地獄行きですね」
「生きても死んでも地獄じゃない!」
ちょうどその時、死神のスマホが鳴った。
「ちょっと失礼します」
そう言って外に出ていく。待ち時間が長くなりそうなので、私はカウンターへ。
「おすすめは?」
「プリンセスプリンでございます。お支払いは?」
「あの死神が払ってくれるかと」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
おお、美味しそう。
テーブルに戻ってひと口。
「……ほんとに美味しいわ、これ」
その瞬間、店員がにこりと笑う。
「お気に召しましたか? そちらの《プリンセスプリン》。召し上がった方は――」
体の奥から熱がこみ上げ、背中に黒い羽の幻影が広がった。瞳が紅に染まり、魔力のようなものが全身に湧き出してくる。
「ちょっ……なにこれ!? ただのデザートじゃないの!?」
「当店に普通のデザートはございません」
そこへ戻ってきたクロエが、顔をこわばらせながら聞く。
「お待たせ致しました。プリン食べてたんですか?」
「そそ。暇だったから。あんたの支払いにしたからサインちょうだい」
「まったく食い意地が汚いですね」
クロエはしぶしぶサインをしてから、ピタリと止まり、震える声で聞く。
「ところでそのプリン、いくらですか?」
「日本円にして一兆円でございます」
「たっか!!! い、一兆円!? なんてものを注文したんですか!!!」
「おすすめされたから普通に食べただけだけど? おいしかったよ?」
「美味しいじゃないんですよ! しかも、数千年に一度しか提供されない幻のプリンセスプリン! これ食べたら古の悪魔姫に生まれ変わるんですよ!?」
腕を見ると、赤い紋章が浮かび上がっている。
「これシールじゃないの?」
「そんなノベルティ感覚で済むわけないでしょーーー!!!」
「そもそもなんでこんな危ない食べ物扱ってるのよ」
私は店員に文句を言うと、店員は笑顔でこうかえす?
「ここ何屋か知って入ってました?」
「サービスエリア。もしくは喫茶店らしきもの」
「お客様。当店は転生屋でございます。異世界行き、現世リセマラ、若返りプランなど、多数取り揃えております」
「ちなみに私をどうしようとしてたの?」
私はクロエに聞くと、
「このまま死んでくれるか、ゴキブリ転生ですね。安いから」
「受け入れるわけないでしょ!」
「そんなことより支払い方法を探さないと! 私の給料じゃとても無理です!!」
クロエは泣き崩れ、スマホを操作する。やがて画面を突きつけてきた。
【指名手配:魔王サタニアス】
【賞金:一兆円】
「……これしかない」
「ちょっと待て」
「これしかないんです! 魔王を討伐すれば、一兆円ぽーんと入る! 今なら討伐キャンペーンで景品つき!」
「通販みたいに言うな!」
「プリンを食べたのはあなた! つまり共犯! 悪魔姫の力も得たんですから、私と一緒に魔王を倒してください!」
「え、待って。明日パートあるんだけど? 運命の出会いもあるかもだし」
「運命の相手は魔王です!」
「……じゃあ賞金は?」
「返済に回します! あんたのせいで借金背負っちゃったんですから!」
「いや、そもそも私を間違えて連れてきたのが原因でしょ!」
「その件はもう謝りましたぁぁぁ!」
こうして、借金返済のため、独身パートタイマー(悪魔姫)と新人死神クロエの魔王討伐が幕を開けたのであった。