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第21話 「Re:Start My Love」

数か月後、桜の花が舞い散る季節。

 私は小さなカフェのテーブル席に座っていた。朝の光が大きな窓から差し込み、ラテの表面に浮かぶ泡がゆらゆらと揺れている。


「本当に、もう大丈夫なの?」

 向かいに座る友人が心配そうに尋ねる。

 私は微笑んで、指先で薬指のリングをそっとなぞった。

「大丈夫。あのときの私は弱かった。でも今は、自分の足で立てる」


 かつての涙と痛みが嘘のように、声には力が宿っていた。


 ドアが開く音がして、潮風を運ぶように陸が現れる。

 カジュアルなジャケット姿でも隠せない、凛とした存在感。視線が合うと、胸が高鳴った。


「待たせた」

「少しだけ」

 二人は自然に笑い合う。


 陸はテーブルの上に分厚い資料を置いた。

「次のプロジェクト、君にも関わってほしい。翻訳の力が必要なんだ」

「いいの? 私なんかで」

「君だからいいんだ。有栖の言葉は、人を動かすから」


 胸の奥が熱くなる。恋人としてだけでなく、パートナーとしても認められている。その事実が何よりも嬉しかった。


 窓の外では花びらが舞い、光が二人を包み込む。

 指輪は確かにそこにあり、もう返す必要はない。

 それは“所有”ではなく“選択”の証。


 ふと未来を思う。

 結婚式のこと。

 もっと遠い未来、家族のこと。

 そして——二人で歳を重ねていくこと。


「陸さん」

「ん?」

「私、この指輪……絶対に外さない」

 言葉は照れくさかったが、真っ直ぐな気持ちだった。

 陸は静かに笑い、私の手を握り返す。

「なら、俺も外さない」


 カップの中のラテが冷めていくのも忘れ、ずっと微笑み合っていた。

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