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ドン・ドンキ・ドンキホーテ
ドン・ドンキ・ドンキホーテ
冬不純黄昏
現代ファンタジー異能バトル
2025年08月15日
公開日
11.5万字
連載中
 中学生の三千代は、ある日 喋る剣を拾ってしまった。ビニール風船のような刃に、プラスチックでできた鍔と柄。ディスカウントストア「ドン・キホーテ」で売られている安っぽいおもちゃのような外見から、彼女はその剣を「ドンキ」と呼ぶことにした。勝手に “新しい主” 認定をされてしまった三千代は、「学校を巣食っている怪物がいる」というドンキの妄言に押され、渋々 いるわけもない怪物の退治に赴くことになった。  同じ頃、彼女の同級生であるスイもまた、剣を拾っていた。それは、赤く輝く、銅でできた剣だった。

おもちゃの剣 上

海辺で剣を拾った。

赤く輝く銅の、

黒く沈む鉄の、

新雪のように輝く白銀の、

太陽のように輝く黄金の、

……とか、そういったすばらしき類のものではなく、ビニールで作られたやつだ。ドン・キホーテにでも売っていそうな。おもちゃの。ガワがビニールっぽい材質で作られている、空気で膨らませるタイプの、おもいきし当てられてもちっとも痛くなくてせいぜいプニリと弾力を感じる程度の、おもちゃの、剣。

 なぜこんなものが海辺に落ちているのか。


……海開きしたからか?



……



 三千代みちよは中学三年生である。ボブほどに短く切られた黒髪に、褐色の肌。ババアみたいな自分の名前を気に入っていない、ごく普通の中学三年生、女子である。あだ名は「みっちょん」。こちらは気に入っている。かわいいからだ。

「じゃーねー、みっちょん」

「うん。ばいばい」

 友人のスイが向こうを向いて振り返らずに走り出したのを確認する。振っていた手がぐったり垂れ、ぶはぁと熱のこもった息を吐く。

 スイのことが嫌いだからではない。ただ、暑すぎるのだ。手を上げて手を振る、というだけのことさえも億劫に感じるほどに。この日、気温は30を超えていた。

「元気だなぁ」

スイへの評価である。こんの糞暑い中、玉のように白い肌に健康的な汗を煌めかせ、彼女は飛ぶようにして帰ってしまった。

 顎をぬぐうと、褐色の手の甲は汗でぐっしょりして、ナメクジが通った跡みたいに大きく濡れた。それでいて顎からはいまだ、ぱたぱた汗が滴り落ちる。透明な、塩っぽい体液。灰色の地面に落ちて、一瞬の黒点ができたかと思うと次の瞬間には跡形もなく消えている。蒸発したのか。耳を近づけると「ジュッ!」とでも聞こえそうである。嫌になる。


 肌がちりちりする。ボブほど短く切った髪から、盆を被ったように液体がぼたぼた垂れる。たまらず、ついさっき学校の水道で汲んだばかりの水筒を取り出す。じゅっ。

「アツっ」

 水筒が熱い。黒い艶の中に、大きな太陽がぎらぎら輝く様が見えた。


 7月。

 海が開いた。と言うとまるで預言者モーセの奇蹟のようだが、そうではなく。ここアジア、ここ日本の、日本海側、関西の、近畿の、兵庫の一番上の方の、この小さな街では、毎年 夏が始まって海水浴場が開設されることを「海開き」と言うのだ。(どこでもそう言うかもしれない。)

 といっても、すぐ隣に近頃SNSで大人気のビーチがあり、その反動か、こちらは全く人気がない。海が開いたところでほとんど誰も来ない。

ともかく。

7月、夏が始まって、海水浴場が開設された。この小さな街でも。


 先述のとおり、近年若者を中心に主にインターネットで話題大沸騰のビーチが、隣の街にある。そのため、「高い建物のふもとは日が当たらない」とでもいうのか、隣まちの人気に反比例するみたくこの街は人気にんきがなかった。似たような海がある似たような街だというのに、なぜなのか。

……なんてことを気にしているのは、町長とほか数人の老人くらいである。「騒がしくなくてむしろよいではないか」というのが民意だ。


 人気にんきがないといっても、海があるのだから、宿屋くらいはある。誰も来ない海が一面に見える、誰も来ない宿屋が。三千代みちよの実家である。

「ただいまー」

 一家の者は、裏口を玄関として使用している。一応、声を落として静かに、がらがら、戸を引いて開ける。静かだ。しばらく進むと階段が見えた。彼女の部屋は2階にある。もう少し進んで、冷蔵庫から冷えた炭酸飲料を取り出す。その場で開けて飲んでしまう。


 歩くことすらはばかられる。際限なく垂れる汗が、体の振動に合わせて滴り落ち、廊下に水滴の点描ができてしまう。これが実に不快である。


 階段は、律儀に一段ずつみしみし音を立ててくれた。そろそろリフォームとやらが必要なのでは、と三千代は思う。

 ふすまを引いて、どこに何が置いてあるかとかも確認せずに、肩から下ろした通学鞄を放り投げる。鞄は低空の上弦を描き、見事、ベッドの上に着地した。ぼふん。無数のほこりが立って、カーテンの隙間から差す白い光の筋にライトアップされてきらきら煌めいている。ぷいと見ないふりをして、結露まみれのペットボトルを机の上に置く。容器の構造に乱反射して、花のような光の紋が机に映し出される。それをちょっと眺めたのち、ふすまを閉める。

「あついなあ!」

 半袖白色の制服を乱暴に脱ぎ捨てる。さっさと風呂に入ってしまおう。そう考えてスカートに手をひっかけたとき、ふと、

「みちよ」

背後から声がした。


 ばっ。振り返るが誰もいない。いや、の向こうにいるのか。中年の、痩せた女性の声。

「母さん」

「おかえり、みちよ」

「あ…ただいま」

「今日、海辺の掃除、頼むわね」

 そうだった。今日は海辺の掃除があるのだった。

 三千代の家に限った話ではなく、そういう伝統でもあるのか、ここらでは海の近くに住む家の子が、海開きに合わせて砂浜のゴミ拾いなどに駆り出される。具体的には中学から高校にかけての子どもだ。「地域のおにいさん・おねえさん」として、小さい子が安心して遊べるように、砂浜を綺麗にしてやれということだった。

「はぁ……い」

 ため息を途中でシフトチェンジしたような返事。

 ただ、やらないわけにもいかない。三千代は真面目な子だった。それに、海辺の清掃をすると、多くの家庭と同じように、多めにお小遣いが貰えた。


「とりあえずシャワーだけ浴びてから行くね、」

 がらら。ふすまを開けると、母は既にいなかった。一体何がそこまで忙しいのだ、と思う。この誰も来ない宿の何がそこまで。


 シャワーは、汗を流すことを目的としたものだったので10分とかからなかった。しかし上がった瞬間から、もう体に付着している液体が水なのか汗なのか分からない感覚に襲われる。異常な暑さだ。しばらく熱を逃がしてから、緑のジャージを着る。


 家から飛び出して一分後には海の水に足を入れることができる。それくらい近くにあると、もはや海というものは全く魅力がない。

 観光客はこぞって隣まちに行く。かといって地元の人々にとっても幼少期から見続けている海は既に誰も興味を示しておらず、こんな糞暑い日に海に行こうとしているのは、お小遣いのボーナス目当ての中高生だけである。

 にしたって、今日は本当に全く人がいない。向こうの向こうのあのゴマ粒2つみたいなのは、もしかすると遊びに来た人間の親子かもしれないが、それくらいだ。それ以外には全く人の気配がない。

「おかしいな、」

 いつもならもう少し、中学生や高校生の姿が見えるのだが。

「まあ、いっか。さっさと始めよう」


 サンタクロースのように白くて丈夫で大きなゴミ袋を、肩から後ろへ垂らす。それとは別に背中には網目の小さな籠が背負ってあり、ガラスや金属やらの硬くて危険なゴミはこちらへ入れる。

 耳の隣でザザン、ザザンと絶え間なく波の音がする。何十万、何百万回と聞いた音だ。特に感想はない。


 海辺の掃除といってもいい加減なものである。うろちょろ数十分、海辺を歩いてゴミを見つけたら拾う。それだけである。

 拾うゴミの量や労働時間を目標として設けることはできない。ゴミの量をノルマにしてしまえば、例えばどっかの公園のゴミ箱をひっくり返して自分のゴミ袋につめ、それを自分の働きということにしてしまえばよいということになってしまう。ゴミのロンダリングである。労働時間で縛るのは、より意味がないことだ。時間いっぱいサボればいいのだけだから。「なら“監視の目”をつければよいではないか」と考える方もいそうだが、誰もその仕事をやりたがらなかった。結局、掃除を担当する当人の良心に委ねようというところに落ち着いた。


 きらりと──緑に光るものが見えた。近づくと、酒瓶の底だった。トングで挟んで、後ろの籠に投げ入れる。

 投げ入れてから思い浮かべる。

「(そういや今拾った緑の瓶底。周りが削れて、分厚い丸底の部分だけになっていた。完全にレンズみたいな状態で、ちょっと面白い)」

 もはや綺麗な海だとか綺麗な空だとかよりも、珍しいゴミの方が面白い。三千代が過去拾ったゴミの中で一番の大物だったのは、婚約指輪である。あれを拾ったときの感動は忘れられない。近くの交番に届けた後日、持ち主が菓子折りを持って宿に現れた。なんと良い話だろうか。

 友人のスイは、ボトルメールを拾ったことがあったという。しかしそれは、海の向こうから漂流してきたものではなく、どうも近所に住む高校2年生のおねえさんの投げたものが波に押し返されて戻って来たものらしかった。

「お、」

 眼鏡のフレームだけが落ちていた。なにかストーリーを感じさせる。他に、ペットボトルのキャップ、サンダルの紐、アイスの棒、くしゃくしゃに丸められた紙、


 なぜか落ちていたキーボードのコントロールキーを最後に、他に心が動くようなゴミは落ちていなくなった。三千代はやり始めると興が乗ってどんどん続けてしまうタイプで結局1時間ちょっともゴミを拾い続けたのだけど、収穫は、固形物1つを大小区別せずそのまま1つとしてカウントしても10個ほどだ。まあもう充分だろう。「よし」額の汗をぬぐって腰左側についているペットボトルホルダーから飲料を取り出す。かわいくない擬音を立てながら、流し込むように水分を補給する。ごっ、きゅっ、がきゅっ。

 集めたゴミは、近くの救護所のようなところで回収される。


その、道中である。ゴミの回収場所に向かうまでの道も、ゴミが落ちていればついでに拾ってやるのが人の道というものだ。下をぼっと見ながら歩いていると、ひとつ、不自然な落し物が目に入った。

「なんだ?」

なぜこんなものが海辺に落ちているのか。

「うー、ん?」

三千代は手っ取り早いところにあった思考をとりあえず推測されるケースその1として、口から取り出した。つまり、なぜこんなものが海辺に落ちているのか、それは、

「……海開きしたからか?」

それは、


おもちゃの剣である。


 とりあえず、トングでつついてみる。……拾い上げてみる。数回分だけ心臓が僅かに強く跳ねたが、それもすぐに収まる。

「あー私、なに考えてんだろ。まさかこれが爆弾だとか危険物なわけ、ないのに」

 ええい、と、ついに素手で掴んだ。やはりなんの変哲もない。おもちゃの剣である。つかの部分は赤いプラスチックで、刃の部分は硬めのビニール。トングを握っていない左手で掴んで、太ももに刃の部分があたるように振ってみる。ばいん!ばいん!なかなかの弾力である。そして、ちいとも痛くない。正真正銘のおもちゃである。おもちゃの剣である。

「なーんだ」

 ぽいっ。「つまんないの」とでも言いたげに、放り投げた。

……なんてことはなく。丁寧に握ったままだ。こういうのも、救護所に持っていく。ゴミではなく「おとしもの」扱いである。三千代は、その豊かというか花咲き乱れるというかハッピーな頭で、このお気に入りの剣を失くして今頃泣いているであろう幼い男の子を思い浮かべた。ああ、かわいそうに。「おとしもの」は早く持ち主のところに帰してあげるべきだ。

三千代は心優しき少女なのである。


小生ショーセイを、そのような汚れたトングで拾われたのは……まさか、そなたか?」


「ん?」

「このような卑しき女子ヲナゴが、小生のアルジたるとは――あぁ、なんたることか!」

 剣は、明らかに喋っていた。ただあまり三千代が驚かなかったのは、喋っているというのが、電子音的な人工音声だったからだ。ああ、なるほど。すぐ気づく。

「コレ、つかの部分にちょっとしたAIとスピーカー、あとマイクが埋め込まれてるのか」

 つかの尻の部分を顔に近づけ、じっと眺める。ほらやはり。小さなシャワーヘッドのような放射状に広がる点々の穴がある。ここがスピーカーになっているわけである。

「“此れコレ”、とは無礼千万。小生には、慟哭どうこく風纏ふうてんという立派な名があるのだ。」

「ドーコクフーテン?」

 剣に、それもおもちゃの剣に、個人名みたいなものがあるのか?まあなんでもいいや。少し暇してきたところである。救護所へ着くまで、喋り相手にでもなってもらおう。しかし、最近のAIはよくできてるなあ。こんな安っぽいおもちゃに搭載されているものでも、なかなか会話が成立するほどのモノではないか。なんだか偉そうで、口調も少しおかしいけれど。

三千代はそうのんきに考えて、足を止めもしなかった。

当然である、もう帰ろうと決めたからには、既に体は「帰る体」(「カレーの口」のようなもの)になっているのだから。


 剣は、ずっと絶え間なくべらべら喋りかけてきた。似非えせサムライとでもいうべき奇怪な口調で。内容も奇怪である。

「(なんでこの喋り方で、刀じゃなくて西洋っぽいロングソードなんだろう)」


「小生は、ある使命を胸に抱き、世界を巡る流浪の剣なり。」

 そういう設定なのかな?原作となったアニメや小説があるわけでもないのに妙に凝った設定があるオリジナルのおもちゃって、あるよなあ、たまに。三千代はとりあえずノッてみた。

「ある使命って?」

「うむ。使命とは、世の不正を正すことに他ならぬ。“暗黒あんこくりゅう”、“辻斬つじきり”、“魔王まおう”、“泥棒どろぼう”、そして“凛厳りんごん”――これらを筆頭として、世には裁かれるべき悪しき者どもが跋扈しておる。」

「ずいぶん、めちゃくちゃだなあ。辻斬りっていうのは、今風に言うと無差別殺人鬼ってことかな。泥棒は泥棒だとして、それらを暗黒竜?とか魔王?とかと並べて言うってのはどうなの?」

 炎天下、歩きながら喋っているものだから息継ぎというか間というか、句読点が多くなる。ぽろぽろ言葉をこぼすように話しかける。「無差別殺人」と「泥棒」の間にも罪の重さに大きな開きがあるが、「魔王」やら「暗黒竜」やらのなんだか無法に強そうなモノと並べられると、どうもショボく聞こえる。ピンからキリまで「悪」は全て裁く、ってことなのだろうか?それに、

「ん?リンゴン?……リンゴンって何?」

 魔王、暗黒竜。当然こいつらは現実にはいない存在だが、ファンタジーな小説やアニメ・ゲームで一度は目にするワードだ。しかしリンゴンとは何なのか。マイナーな神話に登場する化物かなにかの名だろうか。

凛厳りんごん――それは小生が今、最も警戒している存在である。なぜならば、そやつこそ、小生がこの地へと流れ着く折にこの眼で捉えた、異形にして巨大なる怪物にほかならぬからだ。しかも、奴は今もこの近くに潜んでおる。油断は禁物なり。」

「は?この近く、って……」

 おもちゃの剣は……慟哭どうこく風纏ふうてんは「オウ」と言ったのち、この、ビーチを含むの具体的地名を告げた。

「……」

「――」

「……ちょっと、おもちゃの設定にしては悪質だな。ここに……まさに私の住むこの街に、化物がいるって?」

「ゆえに、小生がこの地へと流されたのも、天の導きかもしれぬな。そして、そなたこそが――小生を振るうにふさわしき、アルジとして選ばれたのだ。」

 三千代はつかの部分を覗き込んで「GPSでもついてるのかな……」と考えた。なぜここがどこなのか分かったのだろう。そして考えても仕方ないので、「今どきのおもちゃってすごいなあ」と思うことにし、これについて思考をめにした。三千代が考えるのを止めたタイミングを見計らったかのように、今どきのおもちゃとやらは再び口を開く。

「さればこそ、教えてくれぬか――」


「そなたの御名は、いかなるものか?」

「え……教えていいものなのかな。一応個人情報だしなあ」

 三千代みちよはAIだとかSNSだとかFPSだとかPSPだとか、JOCだとかCIAだとか……そういうものにうとかった。なんだか難しそうでよくわからない。だから、「AIに自分の名前を教える」というのは、なんだか良くないことのように思えた。

「どうしようかなあ」

「早う教え申せ。」


「うーん。そもそも、名前を教えたとして、覚えてくれるの?」

「小生、一度耳にしたことは決して忘れ申さぬ。」

「それはすごいね」

 剣を右手に移動させる。トングと剣、両方を一つの手で無理やり一緒に握る。空いた左手で腰付近の太ももからペットボトルを抜く。歩きながら、被るように水を飲むので、ばたばた沢山こぼれた。ひとつひとつの水滴が一瞬砂浜に茶色い点を描き、次の一瞬で消えてゆく。


 少しAIに興味が湧いてきた。再び剣を左手に戻す。右にはトング、左には剣……地獄の帝王エスターク状態である。

「例えばね?」三千代が歩みを緩める。「例えば、私が私の名前を君に教えたとして。その後に他の人……私のお母さんが、私のお母さん自身の名前を君に教えたとすると」

「うむ。」

「すると、私と、私のお母さんの区別が、君にはできるの?」

 このおもちゃから、鼻など無いのに「はん」と鼻で笑ったような音がした。

「当然のことだ。今まさに小生は、名も知らぬそなたの声、寄せ来る波の音、そよ吹く風の音――それぞれを明確に聞き分け、心に刻んでおるのだ。」


 三千代は正直言って驚いた。そして素直にその旨を言った。

「えー驚いたな!こんな、驚安の殿堂ドン・キホーテに売ってそうなおもちゃに、こんな高性能っぽいAIが搭載されてるなんて!はー…今の技術ってすごいんだねぇー……」

 ドン・キホーテ。「驚安の」という未知の形容を謳うディスカウントストアのことである。ミラクルショッピングセンターである。

 そうそう、言ってみて思い出した。このおもちゃの剣にどこか見覚えがあったが、そうだ。やはりコレはドン・キホーテで見かけたものだ。この前隣まちのドンキにスイと遊びに行ったとき、店頭で見かけたおもちゃと同じだ。浮き輪や水鉄砲の隣に並べられていた、あのおもちゃの剣!あれと一緒だ!

「あ、やっぱそうじゃん!君、ドンキで売られてるやつだよね。店頭で。浮き輪とかの隣で」

「何を言う。小生のような伝説の剣が、そんな安っぽいディスカウントストアの店頭に、ぽんぽんと並べられているはずがなかろう。」

「えーそうだと思うけどなあ」


 そろそろペットボトルの水が尽きてきた。救護所に置いてあるお茶を貰おう。高校生以下の子どもは、あそこで600ミリリットルサイズのお茶か、紙パックのジュースが貰えるのだ。


「あっ、そうだ」

 白い、豆腐のような建物が見えてきた。と同時に立ち止まり、砂に落ちていたガラス片を拾い上げる。尖っている箇所はなく、長いこと地表に晒されてどんどん削られてついにはツルンと丸くなった様子である。ようは、シーグラスだ。青色のシーグラス。粉っぽく薄い白で表面が霞んで見えるが、ひとたび水につければキラキラ輝くことだろう。これはいいものを拾ったと思い、ポケットにしまっておく。救護所までもうすぐだ。

「えーと。でね?」

オウ

「(ホントかわかんないけど)一度聞いたものを忘れないんでしょ。だったら、君の持ち主の名前とか分かる?教えてくれれば、その子のところに君を返しやすくなるのだけど」

 この前「おとしもの」としてサンダルを拾ったときは、ちゃんと側面に油性ペンで「あさひな」と書いてあったおかげで、すぐに持ち主の「あさひな」ちゃんのもとへ返すことができた。救護所の「おとしもの」コーナーに陳列しているメンツを見ればすぐ分かるが、やはりきちんと持ち主の名が書かれているものはすぐに持ち主のもとへ帰ることができ、いつまでもコーナーに居座るのは無名のものばかりである。

 例えばこのおもちゃの持ち主が第二小学校3年生の「ようすけ」君のものだとする。すると、例えば海に遊びに来た同じく小学3年生「ありす」ちゃんが、ジュースを飲みに救護所に行ったとする。そこで見つけるわけだ。「あ、これ よーすけ君のだ」と。心優しきありすちゃんは次の日学校で、ようすけ君に教えてあげるわけだ。「よーすけ君の剣 きゅうごしょ救護所に置いてあったよ」と。ほら、すぐ持ち主のもとへ帰ることができる道理である。

「そういうわけで、君の持ち主の名前教えて。てか、きっと小学生だよね?よくドーコクフーテンなんて渋そうな名前を君につけたね~」

 次の3秒、静寂が訪れた。ざざんと波が弾ける。風が頭頂をなでて抜けていった。どうしたのか、剣のおもちゃのAIが沈黙したようだった。3秒がやけに長く感じ、沈黙を打開するために三千代は剣に「どうかしたの?」と声をかけようとした。そのとき、ようやく剣は再び口を開いた。


「いや、この名は誰かに与えられたものではない。正真正銘、小生自身が選んだ名だ。それに、小生には、そなたの前にアルジなど一人としておらぬ。」

 ぽかんとして聞いていると、剣のおもちゃは

「一時的に小生の力を貸してやったことなら、何度もあるがな。」

と付け加えた。


 怒涛、人工音声が息継ぎせずまくし立てる。

「何度も申させぬでほしい。小生の主は、そなただ。そなたに決めたのだ。ゆえに、早う名を明かしてもらいたい。小生は己の名を、ちゃんとそなたに伝えたではないか。」

 あれ?この剣のおもちゃは、誰かの「おとしもの」じゃないの?私が拾う以前に持ち主はいなかったの?確かに本体のどこにも誰かの名前は書かれていないけど。うん?三千代は首をちょっとだけ横に倒した。

 なんだかよく分からなくなってきた。もともとなにも分かっていなかったが、どうやら不思議ななにかに巻き込まれている、かもしれなかった。それすら分からない。が、とにかく、救護所の真っ白な扉に手をかけたときには、

三千代みちよ、だよ」

既に決めていた。

この剣が誰かの「おとしもの」でないのなら、もうちょっと付き合ってやってもいいか、と。

 さっき言っていた、この近くにいるという化物「リンゴン」とは何なのか気になるところでもあった。


 がらら。豆腐を側面からスプーンで抉り掬ったように、扉が開く。瞬間、クーラーの冷たい風が体を包む。

「数字の“三”に数字の“千”、それに年代の“代”で、三千代みちよ。これが私の名前っ」


「ほう。三千代ミチヨ、か。よい名だな。親しみを込めて、小生 これからは、そなたを“ミンチョ”と呼ぶことにしよう。」

「ええ?」どういうセンスだ?「……ま、いいか。よろしくね。ドンキ」

 ドンキに売ってそうだから、ドンキ。

 3秒の沈黙ののち、

「は? それが小生の呼び名だと? 冗談も大概にしてもらいたい。小生には慟哭どうこく風纏ふうてんという立派な名が……」



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