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第9話


「話を戻すけれど。カメリアがアリスの教科書を切り裂く現場を見てた生徒がいるの?」


 カメリアはやっていないのだから目撃者がいるわけはないと思いつつ、一応聞いてみた。

 するとディータは、美化委員会の仕事をするアリスに視線をロックオンしながら、私の質問に答えてくれた。


「目撃者はいねえが、カメリアがやった証拠があったんだと」


「どんな証拠?」


「体育の時間で二年一組の生徒たちは校庭にいたが、カメリアだけは途中で倒れて保健室へ行ったらしい。倒れた際に手に怪我をしたから、傷の応急処置をした後ベッドで寝てたと証言したそうだ」


 寝ていた……もしかして「眠りのリンゴ」だろうか。

 『アリスと七人の悪女たち』は不思議の国のアリスだけではなく、白雪姫もモチーフになっているため、ゲーム内でたびたび「眠りのリンゴ」が登場する。

 このリンゴは白雪姫の話に出てくるような毒リンゴではなく、毒性の無い、いわゆる睡眠薬のようなものだ。

 起きる際に王子様のキスは必要なく、時間が経てば勝手に目覚める。


 カメリアは眠りのリンゴを口にしたせいで、体育の最中に眠ってしまったのかもしれない。

 そして急に眠ったことで転倒し、手に怪我を負う羽目になったのだろう。


「でもそれで、どうしてカメリアがアリスをいじめたことになるの?」


「体育の授業が終わった二年一組の生徒たちが教室に戻ると、教科書がズタズタに切り裂かれてたんだと」


「え? それならカメリアは犯人じゃないわよね? 保健室で寝てたんだから。カメリアの姿を保険医が見てるでしょ?」


 私の言葉を聞いたディータが首を横に振った。


「いいや。その時間、保険医は会議で席を外してたんだ。だからカメリアが保健室で寝てたことを証明する人間はいない」


 ……なるほど。

 カメリアを陥れた犯人は、ゲーム内で保険医の出る会議の時間を正確に覚えていたから、この時間にカメリアを眠らせたのだろう。


「ちなみに体育の時間が終わる頃にはカメリアが保健室で寝てるところを、会議から戻ってきた保険医が目撃してるらしいが……カメリアが一度保健室を抜け出して教室で教科書を切り裂いてから、また保健室に戻ってきた可能性もある」


「確かにその可能性は否定できないけれど……でも犯行が可能だったからと言って、犯人と決めつけるのはどうなの? 今の話を証拠とは言えないと思うわ」


 それにこれを証拠とするなら、カメリア以外にも犯行が可能だった悪女はいるはずだ。

 たとえば授業中にトイレへ行くと嘘を吐いたり、そもそも今日学園を欠席していれば、誰もいない二年一組の教室に忍び込める。


 私がカメリア犯人説に否定的な意見を出したため、ディータはさらに情報を付け加えた。


「もちろんそれだけじゃねえ。切り裂かれた教科書には血痕が付いてたんだ。そしてカメリアは手に怪我をしてた」


「DNA鑑定はしたの?」


「DNA? 何だそれ?」


 どうやらこの世界にDNA鑑定は無いらしい。

 考えてみると普通は乙女ゲームでDNA鑑定なんて単語は出てこないから、世界設定に無いのは当然かもしれない。


「なんでもないわ。DNA鑑定のことは忘れて。それなら、ええと……何らかの方法で、その血痕が誰のものかは調べたの?」


「ああ。教科書に付いてた血の血液型がカメリアのものと一致したらしい。急いでレオナルドが調べさせたんだと」


「レオナルド? ……ああ、レイモンド王子ね」


「どっちでもいいだろ。アリス以外のことはよく覚えてねえんだよ」


 アリスしか眼中に無いのはディータらしいけれど、情報は正確に伝えてくれるとありがたい。

 情報が間違っていたせいで窮地に陥ることだってあるのだから。


 それにしても血液型か。カメリアの血液型は何だったっけ。

 『アリスと七人の悪女たち』の設定資料集の中のキャラクタープロフィールに、登場キャラクター全員分の血液型が載っていたような気がするけれど、誰が何の血液型かなんて覚えていない。

 現在の私、デイジーの血液型も分からない。


 そもそも血液型が一致した理由は、カメリアと同じ血液型の犯人が自分の血を残していったのか、それとも保健室で寝ているカメリアの血を採取して現場に残したのか、どちらだろう。

 保健室でカメリアの血を採取した後に二年一組でアリスの教科書をズタズタにして現場にカメリアの血を残すことは、所要時間的に可能なのだろうか。

 時間のことを考えると、DNA鑑定が無い世界観を理解していて、かつ悪女たちの血液型まで把握している『アリスと七人の悪女たち』マニアが犯人の可能性が高い。

 ……悪女の中の誰が『アリスと七人の悪女たち』マニアなのかは分かりようがないけれど。


「ってか、どうしてそんなことを俺に聞くんだよ。まさかお前もアリスにいじめをするつもりなのか!?」


「そんなわけないでしょ。私は絶対にアリスをいじめたりしないわ」


 処刑も暗殺も絶対にごめんだから。

 そもそも私は元の世界でもいじめに加担したことなんてない。

 誰もがアリスをいじめるとは思わないでほしい。

 ……って、それを言い出したらこのゲームの世界観を否定しているようなものか。


「軽く言ってるが、絶対にいじめねえって誓えるか!? 信じていいんだな!?」


「私、友人の恋は応援する性質なの」


「……分かった。今は信じてやるよ。だが、いじめたら容赦はしねえから」


 ディータが容赦をしないことはよく知っている。

 ディータがアリスをいじめた相手を殺す場面は、原作ゲームで嫌というほど見てきたから。


「でもよ、じゃあ何でアリスのいじめについて聞くんだよ」


「今、学園内はその話題で持ちきりじゃない。カメリアは処刑だもの。私だって気にもなるわ」


 明日は我が身なのだから。




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【キャラクター情報】

◆ポピー……『アリスと七人の悪女たち』に登場する悪女。

       ポピーの花を思わせる、オレンジ色の髪と赤い目が特徴的。

       前のポピーがピエロに殺されたため、今のポピーは二代目。

       私立ワンダー学園一年一組、演劇部所属の生徒。

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