【フリーテイムオンライン】
つい先日正式サービスが開始されたばかりのフルダイブ型VRMMOである。
このゲームはプレイヤーがテイマーになり、いろんなジャンルのモンスターをテイムして冒険を進めていく……よくあるファンタジーもののフルダイブゲームだ。
だが他のゲームと少し違うのは、このゲームの趣旨がモンスターとのふれあいに重きを置いていることだ。
なので冒険ばかりに特化していないのも大きいと言える。
このゲームはマップ開放型の開拓ゲームになっていた。
各地に住む住民はその環境で生きてきた人達。それが現代社会で生きてきた人達に住みよいはずが無く、プレイヤーも生産や開拓事業に関われるのが大きなポイントになっている。
これは「時間の有り余ってる学生に限らず、社会人や富裕層でも楽しめるゲームを」と、制作会社の熱い想いが込められた作品だった。その上で特色溢れるモンスターとのふれあいに注力しているのだとか。
ゲームを始めたらまずは武器選択。
剣や斧、杖や弓などの武器欄から一つを選択する。
そしてそれに合わせてアタックスキルが自動で選択される。
剣ならば剣術、斧なら斧術のように。
このゲームは選択した武器のスキルLV制で統一されている。これは選択した武器種によっては派生スキルが出る……と言う類のものではない。
やり込めばやりこむほど上位スキルが派生するものなので、あんまりあちこちに浮気すると、結果器用貧乏になってしまうのだとベータテスト時代の検証結果により発表されていた。
これはよくあるスキル制のゲームとは違い、主題はモンスターをテイムする事にあるので、テイマー自身の自由度はそこまでなかった。
僕は近距離戦が苦手なので【弓】を選択した。
剣や斧は現代社会で生活している限り、なかなか扱うことはない。
しかし弓ならば学生時代の頃にかじった弓道がある。
僕がゲームで遊ぶ場合、だいたい弓を選択するのはこう言う背景があるのだ。
そして一番大事なのが、次に選択させられるクラフトスキルにある。
このゲームは割と世知辛いので、モンスターを討伐してもお金が手に入らないのだ。
そこで活躍するのが、このクラフトスキル。
モンスターを討伐すると、素材アイテムをドロップすることがある。
これらを用いて素材を加工、生産、販売する事でお金を得ることができた。
最初の頃は素材そのものをギルドに査定してもらうテイマーが多かったが、すぐに安く買い叩かれていると掲示板で知れ渡り、今ではもっぱら#露店__バザー__#販売で日銭を稼ぐ者が多くなった。
他にもギルドで討伐クエストなどの依頼もあるが、報酬は危険度に見合わない物ばかりで誰も受けたがらず、クエストボードで埃をかぶっているのが現状である。
だから僕が選んだクラフトスキルは【調薬】だ。
武器で弓を選んだ時点でお察しだろうが、僕はあまり荒事が得意ではない。
そこで採取で素材を集めて、ポーションを作ることを選択肢に入れた。
ポーションならば冒険の必需品だし、失敗しても自分で使えば良いので腐ることはないと考えてのことだ。
従えるモンスターはそれこそ千差万別、多岐にわたる。
雑魚代表のスライムから体力自慢のゴーレムまで、序盤から多様なモンスターを選択、テイムできたのがこのゲームがそれなりに人気が出た秘訣である。
オープンβでは数多くの検証班が頑張ってくれたおかげでおおよそのモンスターデータの統計は取れている。
しかし信頼度による独自進化まであるので、枝分かれした未来を網羅する程の信頼性まではないものとされた。
それでも膨大とも呼べるデータは、このゲームを始める初心者には重宝されていた。
中でも人気があるのが獣型。
そう、もふもふだ。
中には爬虫類のすべすべ肌に魅了される者も居るので、そこは好き好き。
テイム枠は始めた当初では三つ。
そして召喚枠は一つしかない。
テイムされたモンスターにはテイマーと同じようにステータス、その他には疲労度というものが存在する。
これが100%に近くなるとモンスターは戦闘中であっても勝手にテイム枠に引っ込んでしまう困ったものだ。
なので疲労度を溜めすぎないようにするのが良いテイマーであるとチュートリアルで耳が痛くなるほど説明された。
プレイヤーの多くがスキップ機能を運営に要請してたほどだ。それほどテイマーにとって重要事項なのだと僕は捉えている。
僕のテイムしたモンスターは……内緒だ。
あまり僕は自分のテイムモンスターを自慢したり見せびらかしたくないからな。
◇
さて、そうこうゲーム概要について説明しているうちに目的地に着いてしまった。
目的地は何処かって?
それはもちろん薬草群だ。さっきも言った通り僕は調薬師だからね。
ポーションの原材料である薬草は必要不可欠なんだ。しかし一般テイマーが普通に採取しただけじゃ品質は良くても低品質。悪くて採取失敗と良いことばかりではない。
そこで僕はある情報筋から仕入れた裏技を使っている。それが生産特化と言われたモンスタースキルに頼るものだった。
「さぁ行けライム、お前の真価を見せてやれ!」
「ピキー!」
僕の呼びかけにより召喚されたのはこのゲームでも最弱と名高いカラースライム。
その中でも木属性のグリーンスライムだ。
これのどこが裏技なのかって?
まあ見ててほしい。
うちのライムの凄さはその貧弱極まりないステータスからでは分からないものになっているのだ。
ピコン!
<テイムモンスターのライムが薬草:高品質を入手しました>
<テイムモンスターのライムが薬草:高品質を入手しました>
<テイムモンスターのライムが薬草:高品質を入手しました>
そら来た! これがグリーンスライムの隠された実力、高品質採取だ!
さっきから通知音で若干耳鳴りがしてきたのでシステムから通知をOFFにする。これで良し。
僕はゆっくりと採取を行うライムから距離を取り、感知の働いたある場所に向けて弓に矢を番えて引き絞った。
弓から勢いよく放たれた矢は健気に採取を頑張るライムを遠くから邪魔しようとしていた芋虫型モンスターの額に吸い寄せられ……のたうちまわるようにその場で転倒。
数分置いてビクンビクンと痙攣して息絶えた。
僕はこうしてライムが採取中、邪魔者を弓で追い払うのが仕事になっている。
弓は攻撃力があまりないことで有名だが、命中率はそこらの武器より若干だが高い。
スキルによるシステム的サポートもあるが、しかしそれに頼りすぎるとすぐにAPが尽きてしまうのだ。
APとはアタックスキルポイントの略称。
これらを消費することによって、命中率を上げたり、矢にデバフ効果を与えることができる。しかし燃費が悪く、今みたいに数が多いとすぐにガス欠を起こす欠点があった。
そして僕がAPに頼らずとも戦える理由は命中率の他にもう一つある。
僕は調薬師だ。
調薬とは何もポーションを取り扱うだけではない。中には毒薬のような劇物だってある。そして今僕がグリーンワームに放った矢は、特定のポーションのレシピ合成の失敗判定から生まれた特殊毒。
それを矢と合成することによって生み出した窒死毒矢であった。
当たりどころによっては今のように暴れることもなく討ち取れるのだが、今のは当てた場所が悪かったのだろう。次は頭よりも口を狙うべきだろうか?
そうこう思案しているうちにライムの採取が終わったようだ。見ればストレージは高品質薬草で埋まりきっていた。
その間に討ち取ったモンスターは軽く30体を超えるが、今日は少ないぐらいだった。
もしかしたらこっちの方にプレイヤーが流れて来てるのかもしれない。
このエリアは第一の街より西に配置される通称虫エリア。
可愛くデフォルメされているとはいえ、大型の昆虫型モンスターが徘徊するマップで、特に女子から人気がない。
そしてアニマルタイプのモンスターにも毒という厄介な仕掛けが足を鈍らせる要因になっている。
誰かこの場所に相性の良いモンスターでもテイムしてきたのだろうか?
毒の効かないゴーレムか? はたまた同じ毒タイプのスネイクか?
このゲームの攻略難易度は、テイムしたモンスターによって変わる。それこそモンスターには得意分野と苦手分野がある。
うちのライムは採取以外の全ての分野が苦手であるが、それは今問題ではない。
不人気エリアに人が来たという方が問題なのだ。
それは僕の使う毒矢にある。
当たれば高確率で相手を死に至らしめる効果を持つ毒であるが、実はこれ……このゲームにおいては最悪手である。
なんとこの方法……素材が一切ドロップしなくなるのだ。
その分経験値は入ってくるのでテイマーLVは上昇するが、生活するためのお金を稼ぐ手段を絶たれる。
僕以外は、それが当たり前。
僕にはライムが居るし、そもそも調薬に使う以外の素材は要らないので僕達にはすごく相性が良かった。
しかし世間様はそれを許さない。
それは毒を浴びて殺しきれなかったモンスターを横殴りされた際にも起きうる事だった。
つまりだ。追い払う目的で振りまいた毒矢に、後からやってきて倒したのに素材を落とさないとキレるプレイヤーが後をたたない。その情報はすぐさま掲示板で拡散され、いずれ僕へと辿り着く。
僕はこのゲームのβテスターだ。
その時の噂が明るみになれば、きっとそれは僕の商売にも悪影響を及ぼすことだろう。
だがそれはそれ。要はバレなきゃ良いのだ。
僕は褒めて欲しそうにぴょんぴょこ跳ねてきたライムを抱きとめ、最近お気に入りのポジションになりつつある頭の上に乗せてやる。
「よし、帰るか」
「ピキー♪」
スライムはこのゲームに限らず、その多くは雑魚代表で使えないとされている。
でもこのゲームに限り、ライムは僕にはなくてはならない相棒だった。
見ず知らずのプレイヤーに馬鹿にされようとも、僕はライムを手放すつもりはない。
それに、このまんまるボディに日頃仕事疲れでやさぐれていた僕は癒されてもいるのだ。
◇
素材集めを終えればようやく生産開始。
調薬で覚えるレシピはあくまで入門編である。
僕はそこからある工程を組み入れ、新たなレシピを開発した。
ポーション。
このゲームではただの回復アイテムではなく、味が不味いことがよく掲示板で議論に挙げられた。
ポーションは不味い。
レシピを見ればそれは一目瞭然だった。
よくわからない葉っぱをすりつぶして、煮出した薬液を湯冷まししたものを瓶に詰めたものが一般的なレシピとして存在している。
だからポーションだけはどこで買おうと大概が不味いものと相場が決まっていた。
では調薬スキルを選んだプレイヤーは味以外で何処で勝負をするのか?
それがHPの回復量である薬効だ。
最低値の10%~中品質の15%。
それ以上は店で売っているものしかないとされ、プレイヤーでは手が届かないものとされている。
しかし僕の開発したレシピでは、美味しさを求めて、それを見事実現させていた。
その上で薬効は15%を誇る。
でもだからと言って売れるものではないというのは僕が今だに貧乏であることが証明している。
瓶代だって単価は安くとも、数を揃えるにはバカにならない金額が必要なのだ。
僕のポーションが売れない理由はいくつかあるが、その最大の理由は値段だろう。
僕は他の
一つ1000G。
武器屋に行けば初心者用の武器の一つ上の武器を買い換えるのに必要な金額である。
それを僕はポーションの値段に設定した。
僕のポーションは結構特殊だ。
薄利多売をするつもりはなかった。
それなりに手間も暇も材料費だってかかってる。
とはいえ今日も店の前は閑古鳥が鳴いている。
僕の露店を出している場所は人気のある中央通りから少し外れた場所にある。
場所が悪い……と言ってしまえばそれまでだが、僕の場合は品物がそれしかないので遠巻きに見られるか、値段を見て笑い者にされるかのどっちかだった。
まぁいつものことだ。
暇なんで掲示板を覗く。
ベータテスト時代の懐かしい名前が活躍しているという情報があった。リアルで始まって数日しか経ってないというのに、もう新しいマップを解放したようだ。
このゲームはマップ開放型。マップの奥にはボスモンスターがおり、そいつを討伐しない限り誰も奥に進めないのだ。
イカルガ。
僕がまだ普通に遊べていた頃、共に冒険をしていたチームメンバーの一人である。
もう一人のフローリアと共に、その頃は……いや、その話はやめよう。
僕はもう冒険から足を洗ったんだ。
今は調薬で食べていくってあの時ホークに誓ったじゃないか。だから……
僕は頭を振って、余計な考えを振り払った。そこで初めて僕の露店の前に客がきていたことに気づく。
誰であろうイカルガだ。あの時と同じテイムモンスターを引き連れて、再び彼は僕の前に現れた。
「久しぶりだな」
「ライト、ポーションはあるか?」
ライトとは僕のプレイヤーネームだ。
それにしても、まったくこいつと来たら。
あの当時のまま、ぶっきらぼうに言葉を告げるばかりで感傷に浸りすらしやしない。
「あるぞ。いくついる?」
「あるだけくれ。その前に一つ味見しても良いか?」
「僕の腕を疑うのか?」
「……いや、少し運動をしてきてな。喉が乾いてるんだ」
「はいはい、お前にとってはボス撃破は軽い運動だろうよ」
そう言って僕はポーション瓶を二つ、イカルガへ渡した。
「……? 一つでいいんだぞ?」
「何言ってんだ。お前のモンスターだって疲れてんだろ? 遠慮すんな、飲め」
「すまん、恩にきる。ほら、ラビっちょ飲め。大丈夫だ、これは安全だからな」
ラビっちょ……あの時と同じ名前にしたのか。
イカルガは匂いを嗅いで僕のポーションが安全か確かめようとするウサギ型モンスターを宥めては飲ませていた。
そして自分も一気に呷ると、スッキリしたような顔で僕に向き直る。
「相変わらず、いい腕だ」
空になったポーション瓶を受け取り、ありがとよ、と他愛もない返事をした。
「数はいくつある? 良ければ仲間にも回したい」
「売れ行きが悪いから50個だ」
「……売れない? これが? 冗談だろう?」
「これが現実なのさ、イカルガ。なにせ単価が高い」
「この味ならば妥当だろう? むしろ安いとさえ思うが……」
「そう言ってくれるのは前線にいるイカルガだからこそだろう。なにせ消費するペースが一般プレイヤーと段違いだ。これが普通のプレイヤーならそこまでポーションに頼った戦闘スタイルじゃない」
「そんなものか」
「そんなものなんだ」
「では全部もらおう。それとさっきの分も合わせて支払う。釣りは取っておけ」
そう言ってイカルガは僕に多目にGを支払った。僕はそれを無言で受け取る。こいつは受け取らなきゃ受け取らないでめんどくさくなる奴だからな。
でも、貧乏生活が長い僕にはその気遣いがありがたかった。
「良いのか? 今更嘘だと言っても返さないぞ?」
「言うかよ。これが持つべきものの権利だ。それにラビっちょが早速気に入ったようでな。50じゃ足りないくらいだ。次は何時頃店を出す?」
「はは、まあ時間が合えば作り置きしておくよ」
「ああ、頼んだぞ」
「フローリアにもよろしく言っといてくれ」
「ああ。じゃあな、ライト。また買いに来る」
「まいどありー」
僕は何処か寂しそうなイカルガの背中を見送り、すぐに露店を畳んだ。
売る商品がなくなれば店仕舞い。
それに定期購買してくれる見込みのある固定客のおかげで、少し生産量を増やさなくちゃいけないからな。
それに毎日頑張ってくれるライムにも何か労ってやらないと。
ここでは遠い昔、リアルでは数ヶ月前。
僕はリアルで昇進した。
しかし給料が上がると喜んだのもつかの間、それと同質の責任がのしかかり、僕はいつも通りにログイン出来なくなった。
その時からイカルガとは道を違えた。
理由はいくつかあるが、アイツは時間が自由に取れて、僕は時間に縛られた。
このゲームは加速世界だ。
現実の六倍速で流れるこの世界では、不定期ログイン勢の立場は弱いのだ。
僕は不定期ログイン勢。
毎日ログインできるイカルガとの差は離れる一方だ。
ゲームと言えば冒険はつきものだ。
でもさ……
別に冒険するだけがゲームの醍醐味じゃないだろ?
僕は頭の上のライムに呼びかけながら、そう自分に言い聞かせた。